近年の暗号資産詐欺につながる、以前からある古典的な国際ロマンス詐欺の手口!

1.概要

新川てるえの「国際ロマンス詐欺被害者実態調査──なぜだまされる?! 国際ロマンス詐欺のマインドコントロール」では2019年に実施された国際ロマンス詐欺被害者510名ほどの方々から寄せられたデータを集計して報告をしました。このデータをさらに分析してゆくと、日本の被害者の状況についていろいろ分かってきます。少し古いデータではありますが、現在でも投資アプリなどは使わない層を狙った国際詐欺にはこれらの手口が今でも使われており、有効な情報となります。

国際ロマンス詐欺の手口というのは、それが報告される件数が多いから金融被害まで至る人が多いとは限りません。特に2019年で報告が多かったのは「小包詐欺」「休暇申請詐欺」「医療費詐欺」と分類できるものです。本書で集計した510名分のデータから、さらに年齢や性別、既婚かどうか、仕事をしているかといった回答をいただけていた424名分のデータからどのような手口が送金にまで至ってしまっているのかを再分析しました。その結果、相手に会いたい」という気持ちに訴える「休暇や退役などの申請に関連して金銭が要求される「休暇申請詐欺」よりも、緊急性が煽られる「小包」「医療費」や、当時は日本人狙いでは少なかったと考えられる「その他」に分類された偽銀行や出張先でのトラブルといった「事例として十分に注意喚起されていない」種類の手口のほうが送金にまで至ってしまう危険が大きいということがわかりました。

2.定義

被害者とは:

 この調査では、国際ロマンス詐欺に遭遇した方々からの回答をいただいています。この中には送金被害にまで至らなかった方々も含まれております。送金被害はなくとも、相手に抱いた恋愛感情などから、精神的にダメージを受けるケースも少なくありません。また特にダメージがなくとも、どこかの段階で気が付くことがなければ、被害者になっていた可能性があることを認識されて、被害防止に役立てればという思いからご回答くださった方々が多数おられます。この調査でいうところの「被害者」とは広義の被害者として、「金銭被害のあった方」「金銭被害はないが精神的ダメージを受けた方」「被害の意識はないが、国際ロマンス詐欺に遭遇した方」をすべて包含します。

手口とは:

2.1  小包詐欺 

 使用したデータセットでは回答者の54%が遭遇している手口です。場面は様々ですが、何らかの理由で高価なものや巨額の資金(戦地で手に入れた資金、親の莫大な遺産、被害者へのプレゼント、開業資金など)を被害者に送ると言ってきます。それを受け入れることにすると、積み替え港の税関職員や配送会社、届け先の空港の税関職員、荷物を運ぶ「外交官」など様々なキャラクターが登場し、通関料や保険料・保証金・送料・運んでいる人の保釈金などが要求されるというものです。そしてその荷物が解放されないと、すべての資金が失われてしまうなどの「危機感」を煽られます。そしてその荷物に含まれるお金が巨額であるため、荷物が届けば元が取れると言われ、被害者が送金してしまう結果になります。

2.2  休暇申請詐欺

 詐欺師の相手役が被害者に会いに行くための休暇や退役・退職などの申請、上官(上司)などへの危険任務から外してほしいという嘆願書をリクエストされるのが休暇申請詐欺です。今回使用するデータセットでは20%ほどがこの手口に遭遇していました。2020年10月に報道された「ロシア人宇宙飛行士」を自称する人物から440万円をだまし取られた事件も、この種類に含まれます。休暇などの申請を相手役の上司や申請用サイトなどを通して行うと、「休暇」「退役」等の申請費用や、埋め合わせ要員の給料、旅費など様々な名目で次々とお金が請求されます。最終的に相手が被害者に会いに来ることはありません。

2.3  医療費詐欺

相手役もしくはその子供や老親などが負傷したり病気にかかり、その医療費が請求されるというものです。被害者は戦地の惨状や、集中治療室で横たわる相手役や子供(合成写真であるケースが多いですが、動転している被害者には気が付かないレベルの精巧さ)が送られきます。医師や病院のスタッフなどを名乗る人物から連絡を受け、医療費を支払わないと治療・手術などができず、病人は虫の息の状態であると告げられます。そして医師などから連絡を受けるまでは相手役との連絡が途絶えたままになったり、その後治療が終わるまでは連絡がつかない等と言った巧妙な演出も行われます。被害者は緊急感にあおられて送金します。回答者の3%ほどがこの手口に遭遇しています。

2.4 子供を使った手口

 子供を使った手口は回答者の8%が遭遇しています。相手役は下準備として、あらかじめ被害者と「子供役」との接点を持たせたり、子供のかわいらしい写真などを見せてきます。子供の写真は多くの場合俳優やモデルの写真を盗んだり、過去の被害者が送ってきた子供の写真を使ったりしています。場合によっては、子供役と電話やチャットなどで声だけの会話を交わし、子供は被害者に対してパパとかママとか(被害者の性別による)呼び、親の再婚を歓迎しているようなことを言います。そのようなやり取りが行なわれた後で、子供の生活費や学費、渡航費、誕生日やクリスマスのプレゼントなどとして相手役や子供役からリクエストされます。

2.5 その他の手口

 数的に非常に少ないものを「その他」でまとめました。このデータの回答者の10%ほどが「その他」の手口に遭遇しています。その中には偽銀行に大金があり、それを引き出せない。引き出すためには手数料などが必要という、最近増えている暗号資産詐欺のベースとなっているものも含まれます。この他、出張中のトラブル(機械の故障や事故、労働者の事故死で責任を負わされるなど)なども報告されています。

 3. 分析方法と結果

 まず、この424人分のデータを使って各変数単独でのオッズ比とリスク比を算出しました。その結果を表1に示します。オッズ比とは、簡単に言うと、あることの起こりやすさを「起こった数」と「起こらなかった数」で比較したものです。例えばある疾病が起きるのが喫煙者と非喫煙者で差があるかを比較するといったことに用いられます。オッズ比が大きいほど、差が大きいということがわかりますが、それ以上のことを表すものではありません。もう一つ重要なのがリスク比です。リスク比というのは、医療の分野で言うとある傷病について観測した対象のサンプルの中で発症が見られた割合のことで、例えば「喫煙者の発症は非喫煙者に比べて〇倍といった表現をします。つまり、単に「大きい」ということではなく「何倍リスクがあるか」を示す数字です。

 この考え方をもとに、小包詐欺、休暇申請詐欺、医療費詐欺、子供を使った詐欺、その他の5つについて比較すると以下のようになります。

 小包詐欺、医療費詐欺、子供を使った詐欺、その他の手口に遭遇した被害者は送金してしまう人が多いのに比べて、休暇申請詐欺の場合は少ない。休暇申請詐欺についてはオッズ比のp値が0.798なので、送金被害に遭った人とそうでない人の比率に有意差があるとは言えない。リスク比で見ると、医療費詐欺が2.7倍と高く、次いでその他(1.9倍)、小包(1.9倍)、子供を使った手口(1.7倍)という順番になる。

表1: 変数単独でのオッズ比とリスク比の算出

 とはいえ、例えば小包詐欺で金銭被害に遭っていないということはほかの手口で騙されている人とそうでない人がいるわけで、手口をそれぞれ単体として計算することはおおよその目安にはなりますが手口の強さ・弱さを知るには不十分です。そこでロジスティック回帰分析をおこないます。被害者プロファイルとして年齢・性別・既婚/未婚の別、仕事をしているかどうかといった変数と、詐欺の手口として小包・休暇申請・医療費・子供・その他を説明変数として使用します。そしてこれらの変数に対して目的変数を「送金した」「しない」のデータを使います。回帰分析にはRという統計処理に使うプログラム言語を使用しました。その結果が表2です。

回帰分析では、一般的にp値が0.05未満であればその説明変数は目的変数に対して関係性があると判断します。したがって、送金被害と関係性のある手口というのは、小包、医療費、子供、その他の4つで、休暇申請詐欺は関係性が見られないということができます。

表2 ロジスティック回帰分析

4.結論

 この分析結果から、国際ロマンス詐欺で被害者が送金に至ってしまう危険性の高い手口は、小包詐欺・医療費詐欺・子供を使った手口・その他(多くはない手口)の4つです。もちろん、休暇申請の手口で送金に至ってしまっている被害者の方もおられますので、決して休暇申請で騙される人はいないというのではなく、送金被害と手口の間に関係性が見られるとは言えないということです。

 この結果から言えることは、「会いたい」という気持ちを煽る「休暇申請詐欺」よりも、被害者に「すぐにお金を払わなければならない」という緊急性を訴える手口(小包、医療費、子供)や、その他に分類した日本人狙いではあまり報告されてこなかったレアな手口のほうが送金被害との関連性が見られるということです。

「その他」に分類されている中には、近年増加している「暗号資産詐欺」の源流ともいえる「偽銀行詐欺」も含まれています。これは、詐欺師が何らかの理由で被害者に巨額の資金をアづけていると称する銀行口座のアカウントとパスワードを共有してきます。この銀行のオンラインバンキングサイトはもちろん偽物であり、被害者は相手役からその口座から日本の被害者の口座にお金を移すように言われますができません。そこで偽銀行サイトのカスタマーサービスに連絡をすると、その銀行に入っている貯金を自分の口座に移すには、その巨額の預金額に見合った税金や、マネーロンダリング防止のための手数料などと称して様々なお金が請求されます。しかしどれだけお金を払っても、その偽銀行にある貯金を自分の口座に移すことはできません。近年の手口は詐欺の筋書きが「巨額のお金がある偽銀行の口座」から「暗号資産」に代わっただけで、以前からあり、日本人の被害も出ているのですが、あまり多く報告がありませんでした。あまり知られていない手口であると、ある程度国際オンライン詐欺についての知識のある人でも「この筋書きは違う」と判断してしまう可能性はあります。

国際ロマンス詐欺被害から身を守るには、緊急性を煽られたら、そこで慌てずに立ち止まって考えることです。例えば積み替え港で荷物の受け手に税金を請求することはありませんし、緊急搬送された患者を医療費が支払われるまで治療しないということはありません。また、荷物を送るという話や休暇申請や医療費といった「国際ロマンス詐欺の手口」としてインターネットで検索するとよく出てくるものではなければ安全だとも言えません。今まで誰も言及していない筋書きであれば詐欺ではないと判断するべきではありません。

投稿者:武部理花