SNS型投資詐欺~「被害者」が「加害者」になるとき

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Victim-offender overlap: the identity transformations experienced by trafficked Chinese workers escaping from pig-butchering scam syndicate
Fangzhou Wang

要約

北ミャンマーの「豚殺し(pig-butchering)詐欺」拠点では、だまされて渡航した人が監禁され、暴力・脅迫でオンライン詐欺の実行を強制されます。本論文は知乎(Zhihu)とWeChat公式アカウントにある証言36件を分析し、被害者が加害者役割へ追い込まれる過程を4段階モデルで整理。脱出後の罪悪感や社会復帰の課題、政策対応まで示します。

データと手法

この研究は米国テキサス大学のWang Fangzhou先生による、公開されているオンライン証言36件(知乎16件、WeChat公式アカウント20件)を使った質的研究です。
集め方もわりと“地道”で、検索語(例:「缅北诈骗」など)で候補を広く拾い、内容が薄い・短すぎる・啓発だけ等の投稿を除外して絞り込みます。さらにWeChat側は、Google検索で複数の公式ニュースソースに載っているかを突き合わせ、見つからないものは外しています。

分析はテーマ分析(thematic analysis)。ざっくり言うと「証言の中で何度も出てくる出来事や感情のパターンを、ラベル(テーマ)として整理していく」方法です。研究者は証言を中国語→英語に翻訳し、NVivoでコーディング(分類)しました。
1人研究の弱点(思い込みで分類が偏る)を減らす工夫として、最初の18件と残り18件を“別プロジェクト”で独立に整理し、最後に不整合を見直しています。

理論の芯は**被害者‐加害者オーバーラップ(Victim-Offender overlap)**です。「被害者」と「加害者」が別世界の人ではなく、環境や状況によって同じ人が両方の立場に置かれうる、という視点で読み解きます。

被害者⇒加害者に変化する4段階モデル

結論の柱は、被害者が“詐欺実行者(加害者役割)”へ変わらざるを得なくなる4段階モデルです(onset→acculturation→turning point→escape)。

1) 入口(だましの勧誘)

最初は「高収入・好待遇の海外求人」などで誘われます。月5万元(約7,000USD)といった魅力的な条件も出てきます。
特徴的なのは、“信頼”を踏み台にする点。オンライン広告だけでなく、対面で“まともな会社”に見せるケースや、友人・知人経由で紹介されるケースも語られます。

2) 同化(被害者→詐欺要員へ)

拠点に入った後、管理側は5つの戦略で従わせ、役割を“詐欺の実行者”へと変えようとします。
**隔離/金銭的強制/身体的暴力/薬物の影響/心理操作(洗脳)**の5点です。

  • 隔離:スマホ等を没収、外部連絡を断つ。会話できても監視付き・内容指定などで“助けを求められない形”にします。
  • 金銭的強制:家族に身代金(例:数万USD)を要求し、払えないことで労働を強制する流れが語られます。
  • 心理操作(洗脳):抵抗しても、隙を作って逃げるために“従順なふり”をするなど、現場は心理戦になります。

ここで重要なのは、「加害行為をした=最初から加害者だった」と単純化できないこと。詐欺をやらされる側は、同時に強制労働の被害者でもあります。

3) ターニングポイント(成績査定と転売)

次に来るのが“査定”です。稼げるかどうかで、同じ拠点に残れる組と、別の詐欺組織へ転売される組に分けられます。そして転売は、精神を折る装置として強烈です。転売のたびに1万USD以上の借金が上乗せされ、回数が増えるほど一生返せない水準になり、逃げる意欲が削られていく、と記述されています。
結果として“被害者としての自己認識が薄れ、組織に従って犯罪に加担する状態”へ押し流される可能性が示唆されます。

4) 脱出(または縛られ続ける)

脱出できた人の語りでは、帰還後に「恥・後悔・屈辱」といった感情が強く、詐欺を強制された経験が長期のトラウマになると述べられます。
一方で、帰国後に警察へ出頭する人もいれば、SNSで注意喚起・救助活動に関わる人もいる(自分を救い直す行為に近い)と描かれています。


政策と支援策

この研究の社会的な価値は、大きく3つあります。

1つ目は、“オンライン詐欺が人身取引と結びつく”という現実を、被害者の声から構造化した点です。豚殺し詐欺は恋愛×投資の説得を使うサイバー犯罪として知られてきましたが、本論文はその背後に強制労働・暴力的支配があることを正面から扱い、国際的な枠組みで議論できる形にしています。

2つ目は、政策提言です。北ミャンマーで横行する犯罪(人身取引、薬物、マネロン、豚殺し詐欺等)に対し、国際社会の認識と連携強化、国連などが協力枠組みや実行計画(制裁・福祉施策等を含む)を後押しすべきだと述べます。
さらに、強制されて詐欺に関わった人の取り扱い(量刑・減免)について、現行法の定義が十分か再検討の余地がある、という論点も提示しています。

3つ目は、支援と予防の視点です。帰還者は社会との断絶や対人不信に陥りうるため、政府・地域・企業・教育機関が回復と再統合の仕組みを作る必要がある、と述べています。
加えて、会話型AIやディープフェイク等が、少ない人員でも多言語で詐欺を拡大できる“追い風”になり得るとして、社会・法制度側が技術進化に備えるべきだと警鐘を鳴らします。

※限界として、未救出者が多く証言が偏り得る点、オンライン投稿ゆえの信頼性課題、トラウマによる記憶のゆらぎなどを挙げ、今後は面接調査や(可能なら)加害側データとの突合が望ましいとしています。


タイトルVictim-offender overlap: the identity transformations experienced by trafficked Chinese workers escaping from pig-butchering scam syndicate
類別Journal Article
筆者Fangzhou Wang
Department of Criminology and Criminal Justice, University of Texas at Arlington, Arlington, TX, USA
雑誌名Trends in Organized Crime
発行者Springer Science and Business Media LLC
発行日05 February 2024
巻数・ページ
言語英語
URLhttps://link.springer.com/article/10.1007/s12117-024-09525-5
CiteWang, F. Victim-offender overlap: the identity transformations experienced by trafficked Chinese workers escaping from pig-butchering scam syndicate. Trends Organ Crim (2024). https://doi.org/10.1007/s12117-024-09525-5

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