マッチングアプリやSNSで近づいてくる「投資の話」「副業の話」。その多くが、中国語圏(必ずしも中国本土とは限らない。東南アジアを拠点とした組織もあり)の犯罪組織によって細かくマニュアル化されたものだということは、少しずつ知られるようになってきました。
Xで相互フォローしているユーザーさんとのやり取りで出てきたので、調べを進めるなかで、私は背筋が凍るような思いをしました。
彼らは、被害者となる人間を「豚」「鳥」「羊」「魚」と呼び分けているのです。人としての尊厳を剥ぎ取り、ただの獲物として処理していく。その言葉づかいには、手口の本質がそのまま表れていました。
今回は、その隠語をひとつずつ紐解いていきます。中国語がわからなくても読めるように書きましたので、どうか最後までお付き合いください。
そもそも「盤(パン)」とは何か
隠語の多くは「〇〇盤」という形をしています。
「盤」はもともと、お盆・皿・たらいといった器を意味する漢字です。ここでは仕掛け・筋書きくらいの意味だと考えるとわかりやすいでしょう。将棋や囲碁の「盤上」を思い浮かべてもいいかもしれません。つまり彼らにとって詐欺とは、あらかじめ用意された盤の上に、こちらを乗せる作業なのです。
そして、その盤には獲物の種類ごとに名前がついています。
時間をかけて信じ込ませ、一気に奪う ──「豚を太らせる」詐欺
最も有名なのが、国際的なロマンス投資詐欺を指す 杀猪盘/殺豬盤(シャージューパン)。直訳すれば「豚を殺す仕掛け」です。英語圏では Pig Butchering と呼ばれています。
手順はこうです。
まず、SNSやマッチングアプリでターゲットに近づきます。これを豚を探す(找猪)といいます。
次に、数か月かけて甘い言葉を注ぎ込み、恋愛感情や絶対的な信頼関係を築き上げます。これが豚を養い、太らせる(養猪)。
そして相手の警戒心が完全にゼロになったところで、偽の投資サイトや暗号資産への入金を促します。全財産を、ときには借金までさせて注ぎ込ませ、一瞬で資金ごと消える。この最終段階が豚を殺す(殺猪)です。
人の好意や寂しさにつけ込み、じっくり育ててから屠る。そのプロセスを養豚に例える感覚に、私は吐き気に近いものを覚えます。
「カゴの中の鳥」を狙う ── 在宅ワーク・タスク詐欺
主に在宅ワーク詐欺やタスク詐欺を指すのが 杀鸟盘/殺鳥盤(シャーニャオパン)、鳥を殺す仕掛けです。
ここでいう鳥とは、空を自由に飛ぶ鳥ではありません。カゴの中の鳥、つまり在宅時間が長い人々を指しています。主婦・主夫の方、行動範囲が限られた学生、求職中の方など。外との接触が限られていて、オンラインで収入を得たいと考えている層です。
「スマホで動画にいいねを押すだけで月10万円」「指定の商品を代理購入すれば報酬を上乗せ」。そんな誘い文句でカゴの鳥を呼び寄せます。
最初は本当に少額の報酬が振り込まれます。ここで信じ込ませたうえで、「より高額なタスクに挑戦するには保証金(システム利用料)が必要です」と要求を段階的に引き上げていく。大金を振り込ませた瞬間にアカウントごと消える。それが「鳥を殺す」瞬間です。
狙いは外国人 ── 日本人も「羊」として数えられている
杀羊盘/殺羊盤(シャーヤンパン)、「羊を殺す仕掛け」。手口は1の「豚」とほぼ同じですが、狙う相手が中国国外の人間に限定されている点が違います。
なぜ羊なのか。ここには中国語特有の言葉遊びがあります。
「羊」は中国語で yáng(ヤン) と発音します。そして「外国の、海外の」を意味する「洋」も、まったく同じ yáng。この同じ音の漢字を掛ける言葉遊びを、中国語では**諧音(シエイン)**と呼びます。
日本語の「洋服」「洋食」のような西洋限定の語感ではなく、中国語の「洋」は広く「外国・舶来」を指します。つまり彼らにとって「羊を殺す」とは、そのまま「殺洋=外国人をハメる」という意味なのです。
近年は翻訳ツールを駆使して、日本在住者をピンポイントで狙うグループが増えています。私たちはすでに、毛を刈られ肉を食われる「羊」として、彼らの名簿に載っているということです。
エサをまいて食いついた分だけ回収する ── スピード勝負の詐欺
じっくり時間をかける「豚」とは対照的に、短期決戦型の詐欺が 杀鱼盘/殺魚盤(シャーユーパン)、「魚を殺す仕掛け」です。
イメージは、エサを撒いて網を投げる漁。「絶対に儲かる銘柄」「表に出ない裏情報」といった偽広告をネット上にばらまき、リンクをクリックして食いついてきた不特定多数を、まとめて捕獲する。主に偽広告を介した融資詐欺や株式投資詐欺がこの型にあたります。
そしてもうひとつ、二次被害もここに含まれます。一度詐欺に遭って絶望している人に対し、「ハッカーの技術で取り戻せます」「弁護士です、あなたを助けます」と近づき、さらに手数料を騙し取る手口です。
溺れかけて藁をも掴もうとしている魚を、網ですくい上げてとどめを刺す。極めて悪質な型だと言わざるを得ません。
4つの「盤」を整理すると
| 隠語 | 標的にされる人 | 主な手口 | 時間軸 |
|---|---|---|---|
| 殺豬盤(豚) | 恋愛感情・孤独を抱えた人 | 恋愛感情を育ててから投資詐欺 | 数か月かける |
| 殺鳥盤(鳥) | 在宅時間の長い人 | 在宅副業・タスク詐欺 | 数週間〜 |
| 殺羊盤(羊) | 中国国外の人(日本人含む) | 手口は「豚」と同じ | 数か月かける |
| 殺魚盤(魚) | 不特定多数/被害経験者 | 投資広告・融資詐欺・二次被害 | 短期決戦 |

なぜ、こんな言葉が生まれたのか
もともとこれらの隠語は、中国の警察によるサイバー監視(検知ワード)をかいくぐるために、詐欺師たち自身が生み出した隠語でした。
ところが皮肉なことに、手口の本質をあまりにも的確に言い当てていたため、現在では中国側の公式な防犯啓発用語としても使われるようになっています。加害者の隠語が、そのまま注意喚起の言葉に転じたわけです。
いちばん危ないのは「自分は騙されない」という自信
ここまで読んで、言葉の強烈さと、被害者を人間として扱わない冷酷さに不快感を抱いた方も多いと思います。
そのうえで、私たちが最も持ってはいけない感情があります。それは、「こんな非道な連中に、自分が騙されるわけがない」という自信です。
なぜなら、彼らは騙しのプロだからです。心理学を徹底的に悪用した精緻なマニュアルを持ち、組織内でサクラ役(クラゲ)、資金洗浄役(ワニ)と役割を分担し、何千人もの人間が24時間シフト制で仕掛けてくる。いわば詐欺の巨大企業です。
「ロマンス詐欺には気をつけよう」と一つの入り口だけを警戒していても、ある日「魅力的な在宅副業」の顔をして近づいてこられたら、あっさり罠にかかってしまうかもしれません。
彼らは常に、こちらの「寂しさ」「焦り」「欲」「困窮」を観察しています。そのうえで、豚・鳥・羊・魚、どの檻に追い込むかを決めているのです。
必要なのは、根拠のない自信ではありません。「彼らはこれほど多様な仕掛け(盤)を用意している」という事実を知っておくこと。そして、どんなに甘い誘いに対しても、一歩引いて眺める習慣を持ち続けることです。
いま、あなたの日常に現れているその「うまい話」は、どの生き物の罠でしょうか。
どうか、彼らの用意した盤の上に乗らないでください。
参考 贵州省反诈中心(2023年8月4日)「四种骗局揭秘:杀猪盘、杀鱼盘、杀鸟盘、杀羊盘」環球網 https://society.huanqiu.com/article/4DzRIZjcbNA

