「暗号資産で送って」は止められるのか──金融庁・警察庁が出した11項目の要請を読み解く

「暗号資産で送って」は止められるのか──金融庁・警察庁が出した11項目の要請を読み解く ニュース解説
「暗号資産で送って」は止められるのか──金融庁・警察庁が出した11項目の要請を読み解く

2026年8月6日、金融庁と警察庁が連名で、一般社団法人日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)に対して、暗号資産を用いた詐欺被害の防止に向けた11項目の対策強化を要請しました。

出庫(送付)の一定期間の制限、出庫先の事前登録制、限度額の適切な設定、モニタリングの強化、警察との連携強化——並んでいる項目を見ると、なかなか踏み込んだ内容です。ニュースでは「規制強化」と報じられましたが、実際にはどこまでが強制で、どこからが各社の判断に委ねられているのでしょうか。そして、これらの措置は詐欺被害のうち何を防ぎ、何を防げないのでしょうか。

本稿では、要請文書の中身を整理したうえで、この対策が持つ意味と、その限界について考えてみたいと思います。最後には、少し苦い話も書きます。


なぜ今、暗号資産だったのか

数字が示す「送金手段のシフト」

まず、この要請が出てきた背景を数字で確認しておきます。

警察庁が2026年6月に公表した令和7年(2025年)の確定値によると、特殊詐欺の認知件数は27,832件、被害額は約1,423.1億円で、前年から98.0%増と倍近くに膨らみました。SNS型投資詐欺は9,523件・1,288.0億円、SNS型ロマンス詐欺は5,645件・546.4億円で、いずれも前年より増えています。

注目したいのは、被害金の「渡し方」の内訳です。SNS型ロマンス詐欺では、暗号資産送信型の認知件数が2,177件(前年比+177.0%)、被害額が247.7億円(同+189.7%)と、3倍近くに急増しました。さらに、銀行振込で暗号資産を購入させるケースを合わせると、一次的な被害金の交付形態が実質的に暗号資産であるものは、認知件数の40.4%、被害総額の48.6%に達します。

ロマンス詐欺の被害額の、およそ半分が暗号資産で流出している——これが要請の直接の背景です。

この要請は「突然」ではない

今回の要請文には「改めて要請しました」という表現が使われています。これは形式的な言い回しではなく、実際にこの数年、同じ発想の対策が段階的に積み上げられてきた経緯があります。

  • 2024年2月6日:金融庁・警察庁が連名で、銀行など金融機関に対し、暗号資産交換業者宛て送金への対策強化を要請(送金依頼人名と口座名義人名が異なる振込の拒否など)
  • 2025年4月:政府の「国民を詐欺から守るための総合対策2.0」に、暗号資産交換業者による送金モニタリング等が新規項目として盛り込まれる
  • 2025年9月12日:金融庁・警察庁が連名で、預貯金口座の不正利用防止に向けた対策強化を金融機関に要請
  • 2026年8月6日:今回の要請(暗号資産交換業者向け)

つまり今回のものは、これまで銀行に求めてきた対策を、暗号資産交換業者に対して体系的に移植したものと位置づけられます。項目の並び方(口座開設時の対策→取引中のモニタリング→検知後の措置→情報連携)が銀行向け要請とほぼ同じ構造になっているのは、そのためです。

要請文自体も、対策が不十分な交換業者は犯罪者に狙われやすいこと、暗号資産取引は非対面が一般的であることを指摘したうえで、**「以下の対策は規模によらず必要」**として、大手・中小を問わず全ての暗号資産交換業者を対象としています。


11項目は何をしようとしているのか

11項目は一見バラバラに見えますが、詐欺の進行段階に沿って並べ直すと、4つの機能に整理できます。

① 入口を締める(項目1・2)

項目1:口座開設時における不正防止及び実態把握の強化

口座売買が犯罪であることの顧客への周知、本人確認書類の真正性を確認する仕組みの構築、そして疑わしい取引の届出対象や警察からの凍結依頼対象となった口座の傾向を分析し、その特徴に合致する顧客については口座開設時により厳格に実態や利用目的を確認すること、が求められています。

項目2:詐欺被害等防止のための確認及び注意喚起

第三者からの指示による口座開設や暗号資産の購入・出庫は詐欺のおそれが高い、という注意喚起です。

この2つが狙っているのは、「他人名義の口座」と「指示されて作らされた口座」の入口を塞ぐことです。SNS型詐欺では、被害者自身が犯人に手取り足取り指示されて口座を開設し、自分の名義で暗号資産を買い、犯人のウォレットに送る、という形が典型です。この場合、口座名義は本人で、本人確認も本人が行っているため、従来のKYC(本人確認)ではまったく引っかかりません。だからこそ「利用目的の確認」と「注意喚起」が入っているわけです。

② 時間差をつくる(項目3・4・5)──今回の核心

ここが今回の要請の中心です。

項目3:法定通貨入金後又は暗号資産購入後の一定期間の出庫制限

日本円を入金した直後、あるいは暗号資産を買った直後は、一定期間その暗号資産を外部に送れないようにする、というものです。加えて、制限が解除された直後に多額・高頻度の出庫を行う顧客には取引背景を確認することも求められています。

項目4:出庫先の事前登録制及び登録後一定期間の出庫制限

送付先のウォレットアドレスをあらかじめ登録させ、詐欺等との関連性を確認する。関連性が認められれば出庫を防止する。さらに、新規に登録された出庫先への送付は一定期間制限する、という二段構えです。

項目5:出庫限度額の適切な設定

顧客リスク評価・属性・保有資産額・取引目的・過去の取引内容に応じて限度額を設定し、引き上げ時にも利用目的を勘案する。引き上げ直後に多額・多頻度の出庫がある場合は背景を確認し、詐欺の発生状況に応じて機動的に制限・見直しを行う、とされています。

この3項目に共通しているのは、「お金と犯人の間に、意図的に時間を挟む」という発想です。

詐欺の心理的な仕組みを考えると、これは理に適っています。SNS型投資詐欺でもロマンス詐欺でも、犯人はほぼ例外なく被害者を急かします。「この投資枠は今日まで」「送金が遅れると口座が凍結される」「私が困っているのは今なんだ」。急かすことによって、被害者が誰かに相談したり、自分で調べたりする余地を潰すのです。

出庫までに数日の待ち時間が入るということは、その心理的な圧力に制度側から物理的なブレーキをかけるということです。銀行がATMの振込限度額を制限したり、口座開設直後の振込上限を低く設定したりしているのと、まったく同じ考え方です。

③ 見つけて止める(項目6・7・8・9)

項目6:取引モニタリング及びアクセス環境モニタリングの強化

足下で発生している詐欺のパターンに着目した検知シナリオの適用、口座の利用目的に見合わない取引の検知、不正利用が確認された口座と同一の端末・アクセス環境からの取引の検知、顧客の申告情報や過去のアクセス情報と整合しない接続の検知、などが挙げられています。

「アクセス環境モニタリング」というのは要するに、誰が、どこから、どの端末で操作しているかを見るということです。犯人が被害者のアカウントを直接操作している場合や、同一犯行グループが複数の口座を同じ環境から操作している場合を捕捉する狙いがあります。

項目7:疑わしい取引検知後の顧客への確認、取引制限及び口座凍結等の措置の迅速化

ここでは対応が二段階に分けられています。不正の確証が得られる場合は「リスク遮断措置」(入出金・入出庫の停止・凍結等)、確証が得られない場合は「リスク低減措置」(取引の一時保留・顧客への確認等)。加えて、夜間・休日にも速やかに取引制限を行える態勢の構築、犯罪収益移転防止法上の義務である疑わしい取引の届出の確実な実施が求められています。

夜間・休日の言及は重要です。暗号資産は24時間365日動きますが、業者の人的な監視体制は必ずしもそうではありません。犯人がその時間帯を狙うのは、当然の帰結です。

項目8:なりすまし等が疑われる場合の認証強化

厳格な取引時確認に加え、利用者が顧客本人であることの確認。そして、重要な操作時におけるフィッシングに耐性のある多要素認証の実装及び必須化

「フィッシングに耐性のある」という限定に注意してください。SMSで送られてくるワンタイムパスワードは、偽サイトに入力させてリアルタイムで転送する手口(中間者攻撃)に対して脆弱です。ここで想定されているのは、パスキーやFIDO2のような、偽サイトでは動作しない仕組みだと考えられます。

項目9:送金依頼人名と暗号資産口座の名義人名の一致確認等

銀行から交換業者の口座へ入金される際、振込依頼人名と交換業者側の口座名義が一致しているかを確認し、不一致の場合は適切に対応する、というものです。これは2024年2月に銀行側へ要請された「異名義送金の拒否」と対になる措置で、銀行側と交換業者側の両方から同じ抜け道を塞ぐ構図になっています。

④ 情報を回す(項目10・11)

項目10は暗号資産交換業者間での手口・対応事例の共有、項目11は都道府県警察への迅速な情報提供と、そのための連携体制の構築に向けた具体的協議です。

詐欺グループは複数の交換業者を横断的に使います。A社で弾かれればB社に移るだけなので、業者間で「この手口が来ている」「このアドレスが怪しい」という情報が回らなければ、対策の効果は大きく削がれます。地味な項目ですが、実効性を左右する部分です。


どこまでが強制で、どこからが任意なのか

ここが本稿でもっとも丁寧に説明したい部分です。報道では「規制強化」とまとめられがちですが、この文書の法的性格を正しく理解しておくと、期待値の設定が変わってきます。

結論から言えば、3つの層に分けて考えるのが実態に近いと思います。

層1:法律で既に義務になっていること(守らなければ違法)

11項目の中には、実は既存の法令上の義務を「確実に実施せよ」と再確認しているだけのものが含まれています。

  • 疑わしい取引の届出(項目7):犯罪収益移転防止法(犯収法)上の明確な義務です。要請文自身が「犯罪収益移転防止法上の義務である」と明記しています。
  • 取引時確認(本人確認)(項目1・8):同じく犯収法上の義務です。しかも、2026年3月6日に公布された改正犯収法施行規則により、2027年4月1日からは非対面の本人確認について、本人確認書類の画像送信によるいわゆる「ホ方式」が廃止され、マイナンバーカードのICチップ読み取り(公的個人認証/JPKI)を中心とした方式に原則一本化されます。項目1の「本人確認書類の真正性を確認する仕組みの構築」は、この法改正への地ならしという側面もあります。
  • トラベルルール:暗号資産の移転時に送付人・受取人の情報を通知する義務は、既に法制化されています。項目4の出庫先確認は、この仕組みの上に乗る形になります。

これらは要請があろうとなかろうと、やらなければ法令違反です。

層2:要請そのもの(法的な強制力はない。ただし——)

残りの大部分、すなわち出庫制限、出庫先の事前登録制、限度額設定、モニタリング強化、夜間休日の対応態勢、業者間の情報共有などは、法令に直接の根拠を持つ義務ではありません。これは行政手続法上の行政指導にあたり、従わなかったからといって直ちに罰則が科されるものではありません。

ただし、「法的強制力がない=無視できる」わけではないのが、日本の金融行政の特徴です。実効性を担保する経路が少なくとも3つあります。

  1. 自主規制規則への転化:要請の宛先であるJVCEAは、資金決済法上の認定資金決済事業者協会(認定協会)で、国内の登録業者が加盟しています。協会が定める自主規制規則は会員を拘束し、違反すれば協会による制裁の対象になります。過去にも、金融庁からの要請を受けて協会が自主規制規則の改正等を検討・実施した例があります。今回の11項目も、相当部分が今後この経路で「規則」になっていく可能性が高いと考えられます。
  2. 監督上の対応:金融庁は登録業者に対し、資金決済法に基づく報告徴求や業務改善命令といった監督権限を持ちます。要請への対応状況は、当然ながら検査・監督の際の着眼点になります。
  3. 民事上の意味:業界標準となった対策を講じていなかった業者は、被害者から損害賠償を求められた際に、注意義務違反を問われるリスクが高まります。

したがって実務的には、**「法律ではないが、事実上やらざるを得ない」**という位置づけになります。

層3:各社の裁量に完全に委ねられている部分

ここが利用者にとって、おそらく一番重要な点です。

今回の要請文を通読して気づくのは、具体的な数字がひとつも書かれていないということです。

  • 出庫制限は「一定期間」——何日間なのかは書かれていない
  • 出庫限度額は「適切な設定」——いくらなのかは書かれていない
  • モニタリングは「頻度・即時性を高めた」——どの程度かは書かれていない

しかも要請文は、これを意図的にそうしていると明言しています。冒頭のポイント部分には、こう書かれています。

システム上の対応が必要など、直ちに対策を講じることが困難な場合、計画的に対応することが重要
対策の方法・深度は各暗号資産交換業者の業務・サービス内容や不正利用の発生状況に応じて判断

つまり、「何を」やるかは共通だが、「どの水準で」「いつまでに」やるかは各社判断なのです。

これはリスクベース・アプローチ(リスクの大きさに応じて資源を配分する考え方)として合理的であり、一律の数値規制が生む硬直性や過剰な利便性低下を避ける知恵でもあります。金融犯罪対策の国際標準(FATFの勧告等)も、この考え方を採っています。

一方で、利用者から見ると次のような帰結を生みます。

  • A社では止まる送金が、B社では通る可能性がある
  • 出庫できるまでの待ち時間は、業者によって数時間から数日まで幅が出うる
  • 対応時期にも差が出るため、「日本の登録業者ならどこも同じ守りがある」とは考えないほうがよい

「登録業者だから安全」ではなく、「登録業者の中でも守りの厚さには差がある」というのが、当面の現実的な理解になると思います。

補足:制度そのものも動いている

なお、2026年7月15日に「金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律」が成立し、暗号資産の規制の中心は資金決済法から金融商品取引法へ移管されることが決まりました。施行は2027年度が見込まれています。今回の要請は現行の資金決済法の枠組みの下で出されたものですが、規制の土台そのものが数年内に大きく組み替わる過渡期にある、という点は押さえておく価値があります。


これで何が防げて、何が防げないのか

防げる可能性が高いもの

(1)「今すぐ送金しろ」という時間的圧力の効果

これが最大の効果だと考えます。項目3〜5が挿入する数時間から数日の待ち時間は、犯人にとっては致命的な障害になりえます。詐欺の説得は、被害者が冷静になったり第三者に相談したりする前に完結させる必要があるからです。時間が空けば、家族が気づく、ニュースを目にする、自分で検索してみる——そうした「気づきの窓」が開きます。

(2)売られた口座・借名口座を使った資金の回収

項目1と項目9は、犯人グループが用意した他人名義の受け皿を潰す方向に働きます。

(3)アカウント乗っ取り型の被害

項目6のアクセス環境モニタリングと項目8のフィッシング耐性のある多要素認証は、被害者が騙されているのではなく、アカウントそのものを奪われているタイプの被害に有効です。

(4)被害の「一部回収」の可能性

項目7の措置迅速化と項目11の警察連携は、被害の発生そのものを止められなくても、暗号資産が交換業者の管理下にあるうちに凍結できる確率を上げます。一度外部のウォレットに出てしまえば追跡は困難になるため、この時間差は実務上きわめて大きい意味を持ちます。

(5)業者間の「弱い環」を狙う戦術の無力化

項目10・11の情報共有は、対策の緩い業者だけを狙って集中的に使う、という戦術を効きにくくします。

構造的に防ぎにくいもの

一方で、正直に書いておかなければならないことがあります。

(1)本人が納得して行う操作

これが最大の壁です。SNS型投資詐欺やロマンス詐欺の多くで、送金操作をしているのは被害者本人であり、その時点で本人は「これは詐欺ではない」と信じています。本人確認は完璧に通りますし、端末も本人のものです。

(2)「聞かれたらこう答えて」という台本

交換業者が利用目的を確認しても、犯人は事前に回答を仕込みます。「投資の話は言うな」「自分の資産を移すだけと答えて」。これは既に銀行の窓口で日常的に起きていることで、暗号資産交換業者のオンライン確認でも同じことが起きると考えるのが自然です。

(3)日本の登録業者の外側

要請の対象は、日本で登録を受けた暗号資産交換業者です。海外の交換所、非ホスト型ウォレット(取引所を介さず自分で秘密鍵を管理するウォレット)、個人間(P2P)取引は、この枠の外にあります。犯人が「日本の取引所は使わないで、こちらのアプリを入れて」と誘導すれば、要請の網はかかりません。

(4)時間があっても、独りでは冷静になれないこと

これは制度の話ではなく、人の話です。出庫制限で3日間の猶予ができたとして、その3日間を誰と過ごすかで結果は変わります。相談できる相手がいなければ、その時間は犯人との会話に使われ、「取引所が邪魔をしている」「規制が厳しくなったが自分は特別なルートを知っている」という新しい物語を受け取るだけになります。

被害に遭われた方の多くは、判断力がなかったわけでも、注意深くなかったわけでもありません。長い時間をかけて信頼関係を作られ、孤立させられ、そのうえで急かされる——そういう設計の中に置かれていたのです。制度が作る「時間」を意味あるものにするのは、最終的にはその人のまわりにいる人間なのだと思います。


イタチごっこという構造──ウェスタンユニオンが教えてくれること

ここからが、本稿でもっとも書きたかった部分です。

かつて、国際ロマンス詐欺といえば電信送金だった

2000年代から2010年代前半にかけて、国際的なロマンス詐欺や前払い金詐欺の送金手段といえば、ウェスタンユニオンやマネーグラムの国際送金でした。相手の名前と受取地を指定すれば世界中の窓口で現金を受け取れ、いったん受け取られれば取り戻すのはほぼ不可能。偽名で受け取ることもできたため、詐欺グループにとって理想的な道具だったのです。

その状況は、当局の圧力によって変わりました。

ウェスタンユニオンは2017年1月19日、米司法省・連邦取引委員会等との合意により、5億8,600万ドルを没収することに同意しました。同社は、実効的なマネーロンダリング対策プログラムの維持を怠ったこと、および電信送金詐欺の幇助という刑事上の違反を認めています。訴追延期合意(DPA)の下で、リスクの高い代理店への是正措置、代理店の米国規制・AML基準への準拠確保、消費者詐欺に関連する疑わしい活動の報告といった体制強化が義務づけられました。没収された資金は、被害者への返金原資に充てられています。

マネーグラムも、2012年に1億ドルを没収して訴追延期合意を結び、さらに2018年には2009年のFTC命令と2012年の合意に違反したとして、1億2,500万ドルを支払う形で決着しました。この際の追加措置には、詐欺の申告があった人物を2日以内に送金システムから遮断すること、世界中で送金・受取時に公的身分証の提示を求めること、大量の不正関連取引を処理した代理店を排除・制限することなどが含まれています。

対策は成功した。しかし詐欺は減らなかった

これらの対策は、「その手段を減らす」という意味では明確に成功しました

米FTCが公表した2021年のロマンス詐欺データを見ると、支払手段として報告された割合は、ギフトカードやリロードカードが約28%、暗号資産が18%、決済アプリが14%、銀行送金が13%、そして電信送金は12%でした。損失額ベースでは暗号資産が1億3,900万ドルで最大となっています。かつて代名詞だった電信送金は、もはや主役ではなくなっていたのです。

しかし、ロマンス詐欺の被害総額自体は減っていません。むしろ増えました。

減ったのは「ウェスタンユニオン経由の詐欺」であって、「詐欺」ではなかった。水は、低いところへ流れただけだったのです。流れ込んだ先が、ギフトカードであり、被害者の居住国内の銀行口座(そのために口座売買の市場が拡大しました)であり、決済アプリであり、そして暗号資産でした。

日本でも、同じことが起きている

冒頭で整理した日本の要請の系譜を、もう一度思い出してください。

2024年2月に銀行から暗号資産交換業者への送金が締められ、2025年9月に預貯金口座の不正利用対策が強化され、そして2026年8月に暗号資産交換業者そのものが締められる。

これは対策が後手に回っているという話ではなく、対策が効いた結果として、犯人が移動しているという話です。銀行口座が使いにくくなったから暗号資産へ、暗号資産が使いにくくなったら——次はどこへ、という問いが当然に生まれます。

そして、この問いに対する答えを私たちはまだ知りません。海外の交換業者かもしれない。非ホスト型ウォレットかもしれない。現金の宅配や手交への回帰かもしれない。金地金やブランド品といった現物かもしれない。あるいは、まだ誰も詐欺の道具として想定していない新しい決済サービスかもしれません。

「暗号資産で送金は詐欺」という覚え方の賞味期限

ここに、啓発活動の難しさがあります。

現時点で「暗号資産で送金してほしいと言われたら詐欺を疑ってください」というメッセージは、統計的に見て非常に有効です。実際、ロマンス詐欺の被害額の半分近くが暗号資産経由なのですから、これを周知しない理由はありません。

ただ、このメッセージには賞味期限があることも同時に伝えなければならない、と私は考えています。

なぜなら、詐欺グループは「対策が存在すること」自体を、次の説得材料に使うからです。

「暗号資産は最近規制が厳しくなって、詐欺に使われているというニュースも多いですよね。だからうちは暗号資産は使いません。もっと安全な○○を使います」

この台詞が、どれほど説得力を持ってしまうか想像してみてください。「暗号資産=詐欺」という覚え方をしていた人ほど、「暗号資産じゃないから大丈夫」と受け取ってしまう。対策の周知そのものが、次の手口の免罪符として利用されるという皮肉な構造がここにあります。

だからこそ、見分ける軸を「送金手段」ではなく「関係の形」に置き換えていく必要があります。手段は変わりますが、次のような特徴は、手口が変わっても驚くほど変わりません。

  • 直接会ったことのない相手の指示で、お金を動かそうとしている
  • 「家族には言わないで」「取引所には投資と言わないで」と口止めされている
  • 画面上では利益が出ているのに、出金しようとすると手数料・税金・保証金など追加の入金を求められる
  • 「今すぐ」「今日中に」と急かされている
  • 相手が金銭の話を始めるまでの過程が、驚くほど丁寧で長かった

これらは、ウェスタンユニオンの時代から暗号資産の時代まで、一貫して変わっていない特徴です。次に何が来ても、おそらく変わりません。


それでも、この要請には意味がある

ここまで限界の話を続けてきましたが、誤解のないように最後に書いておきたいことがあります。

「イタチごっこだから無駄」ではありません。

金融庁と警察庁の対策が甘いとか、後手に回っているという批判をしたいのでもありません。むしろ、この分野では対策が原理的に追いかけっこにならざるを得ない、というのが構造的な現実なのです。

犯罪者は制度の隙間を探すことに専念できますが、制度の側は、正当な利用者の利便性、事業者の実務コスト、法的な適正手続きといった制約の中で動かなければなりません。犯人は明日から手口を変えられますが、規制は議論と合意と実装の時間を要します。この非対称性は、どれだけ優れた設計をしても消えません。

それでも、摩擦を増やすことには確かな意味があります。出庫までに数日かかるようになれば、その間に気づく人が出ます。限度額が設定されていれば、失う額が小さくて済む人が出ます。凍結が速くなれば、取り戻せる人が出ます。ゼロにはなりませんが、確実に減るでしょう。そして減った分は、誰かの老後の資金であり、誰かの家族の関係であり、誰かの人生の時間です。

同時に、私たちの側も準備しておく必要があります。この対策が効き始めれば、必ず次の手段が現れます。そのときに「暗号資産じゃないから大丈夫」と思ってしまわないように。そして、もし身近な人がお金の相談をためらっている様子があれば、「手段が何か」ではなく「誰の指示で動いているか」を一緒に確認できるように。

最後に、すでに被害に遭われた方へ。あなたが不注意だったわけでも、愚かだったわけでもありません。国が業界団体に11項目もの要請を出さなければならないほど、この手口は組織的で、周到です。一人で抱え込まず、警察相談専用窓口(#9110)や、お住まいの地域の消費生活センター(消費者ホットライン188)にご相談ください。


用語解説

出庫(しゅっこ)/出庫制限 暗号資産交換業者の口座から、外部のウォレットアドレスへ暗号資産を送付すること。銀行でいう「振込・送金」にあたります。出庫制限とは、一定の条件下でこの送付を一時的にできなくする措置を指します。

行政指導(要請) 行政機関が、法令に基づく命令ではなく、相手方の任意の協力を前提に一定の行為を求めること。法的な強制力や罰則はありませんが、日本の金融行政では実務上の影響力が大きく、業界団体の自主規制規則や監督上の着眼点に転化していくことが一般的です。

自主規制規則/認定資金決済事業者協会 業界団体が自ら定め、会員企業を拘束するルール。日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)は資金決済法上の認定を受けた協会で、その自主規制規則に違反した会員は協会による制裁の対象となります。法令と実務の間を埋める役割を担っています。

犯罪収益移転防止法(犯収法)/疑わしい取引の届出 マネーロンダリングやテロ資金供与を防ぐための法律。金融機関や暗号資産交換業者などの「特定事業者」に対し、取引時の本人確認、記録の作成・保存、そして犯罪収益に関わる疑いのある取引を国に届け出ることを義務づけています。これは要請ではなく法令上の義務です。

eKYC/JPKI(公的個人認証) eKYCはオンラインで完結する本人確認手続きのこと。JPKIは、マイナンバーカードのICチップに格納された電子証明書を使って本人であることを証明する公的な仕組みです。2027年4月施行の改正犯収法施行規則により、非対面の本人確認は本人確認書類の画像送信方式が廃止され、ICチップの読み取りを中心とした方式に原則一本化されます。

トラベルルール 暗号資産を業者間で移転する際に、送付人・受取人の情報を相手方の業者に通知することを求める国際的なルール。日本でも法制化されています。もともと銀行の電信送金に課されていた規律を、暗号資産に拡張したものです。

取引モニタリング/検知シナリオ 顧客の取引を継続的に監視し、あらかじめ設定した条件(シナリオ)に合致する不自然な取引を自動的に検知する仕組み。「口座開設直後に高額の出庫がある」「申告された利用目的と実際の取引が乖離している」などが典型的なシナリオです。

アクセス環境モニタリング 取引の内容ではなく、「どの端末から」「どのIPアドレスで」「どんな操作の癖で」アクセスしているかを監視する手法。同一犯行グループによる複数口座の操作や、アカウント乗っ取りの検知に用いられます。

フィッシング耐性のある多要素認証 偽サイトに認証情報を入力させる攻撃に対して、原理的に無効化される認証方式。パスキーやFIDO2などが該当します。SMSで届くワンタイムパスワードは、偽サイト経由でリアルタイムに転送されると突破されうるため、この文脈では「耐性がある」とは扱われません。

非ホスト型ウォレット(アンホステッド・ウォレット) 取引所などの事業者を介さず、利用者自身が秘密鍵を管理する暗号資産のウォレット。事業者の監視や規制が及ばないため、規制強化の際には「網の外側」となります。

異名義入金 銀行から暗号資産交換業者の口座へ入金する際に、振込依頼人の名前と交換業者側の口座名義人の名前が一致しないケース。第三者による資金の流し込みの兆候となるため、両庁は銀行側・交換業者側の双方に確認を求めています。


資料情報

資料名:暗号資産を用いた詐欺被害等防止に向けた対策の一層の強化について(要請)/概要 発行者:金融庁(総合政策局リスク分析総括課金融犯罪対策室)、警察庁(組織犯罪対策部) 宛先:一般社団法人日本暗号資産等取引業協会 発表日:2026年8月6日(令和8年8月6日) 種類:行政機関による業界団体への要請文書(行政指導) 言語:日本語 URL

本稿で参照したその他の資料


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