なぜ日本のロマンス詐欺被害は「抗いがたい」のか?心理社会的視点から解き明かす、癒やしと毒のメカニズム

被害者学
被害者学

Therapeutic but toxic spaces: Romance fraud victimization from a psychosocial perspective (日本語直訳:癒やしでありながら毒となる空間:心理社会的視点から見たロマンス詐欺被害)
Yutaka Yoshida(吉田 穣)

要約

本研究は、日本におけるロマンス詐欺被害の経験を、ウェールズのカーディフ大学の吉田穣先生が個人の心理と社会規範の相互作用に着目する「心理社会的アプローチ」から分析した論文です。従来の犯罪学が手口や被害者特性に焦点を当ててきたのに対し、著者は被害者がなぜ詐欺師との交流に「抗いがたい魅力」を感じるのかを深掘りしました。日本の女性被害者13名へのインタビューを通じ、新自由主義的な自己責任論や変化するジェンダー規範(「サラリーマン覇権」の崩壊など)が、詐欺師との空間を「癒やし(セラピューティック)」かつ「毒(トキシック)」なものに変貌させている実態を解明しています。被害者を「騙されやすい人」と断じる二次被害を防ぎ、社会構造的な支援の必要性を訴える重要な論考です。

研究方法

本研究では、日本国内の女性被害者13名を対象に、「自由連想法ナラティブ・インタビュー(FANIM)」という手法を用いています。これは、単に事件の経緯を追うだけでなく、被害者の生い立ちや家族関係、価値観などを自由に語ってもらうことで、意識下の防衛機制や社会規範との関わりを浮き彫りにする方法です。対象者は30代から60代にわたり、多くがSNSを通じた投資詐欺(SNS型投資ロマンス詐欺、いわゆる豚屠殺詐欺)の被害を経験していました。

この研究で明らかになったこと

研究の結果、詐欺師との交流には被害者にとって以下の3つの「意味」が付与されていることが明らかになりました。

  • 「サラリーマン覇権」からの脱却: 日本の伝統的な「男性稼ぎ主モデル」や、感情を言葉にしない日本人男性への不満を、詐欺師の過剰なまでの情熱的・肯定的な言葉(「Connected Independence/繋がりのある自立」)が埋めていました。
  • 投資を通じた自己克服: 投資を単なる金稼ぎではなく、自己のレジリエンス(回復力)や自立心を証明するための「自己啓発」や「エッジワーク(限界への挑戦)」として捉えさせ、投資を促す手口が機能していました。
  • 「聴かれること」への渇望: 家族や友人にも言えない孤独や過去のトラウマを、匿名の詐欺師が「肯定的に聴く」ことで、現実世界では得られないセラピー的な空間が創出されていました。

これらは、詐欺師の卓越した「擬似人類学的」な洞察力によって、日本の社会規範や個人のライフストーリーが巧みに利用された結果と言えます。

この論文の社会への貢献

本論文は、ロマンス詐欺を「愚かな個人の不注意」とする被害者バッシングの風潮に対し、強力な理論的反論を提供します。被害が、ジェンダー不平等や孤独、自己責任を強いる新自由主義といった「社会の欠陥」から生じていることを示しました。 また、被害者支援において、単なる金銭被害の回復だけでなく、被害者が求めていた「肯定される場(居場所)」をいかに社会が提供すべきかという、公衆衛生的なアプローチの重要性を提起しています。


タイトルTherapeutic but toxic spaces: Romance fraud victimization from a psychosocial perspective 
類別Journal Article
筆者Yutaka Yoshida(吉田 穣) – カーディフ大学社会科学部
雑誌名Journal of Economic Criminology
発行者Elsevier BV
発行日September 2025
巻数・ページVol.9 100168
言語英語
URLhttps://doi.org/10.1016/j.jeconc.2025.100168
CiteYoshida, Y. (2025). Therapeutic but toxic spaces: Romance fraud victimization from a psychosocial perspective. Journal of Economic Criminology, 9, 100168.

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