”Conceptualizing Cybercrime: Definitions, Typologies and Taxonomies” (サイバー犯罪の概念化:定義、類型論、および分類体系)
Kirsty Phillips, Julia C. Davidson, Ruby R. Farr, Mary P. Aiken, Christine Burkhardt, Stefano Caneppele
要約
イギリス・イースト・ロンドン大学のKirsty Phillips先生らによる研究論文”Conceptualizing Cybercrime: Definitions, Typologies and Taxonomies”は、サイバー犯罪の明確な定義や分類が世界的に統一されていない現状を解決するために、構造化された文献レビューという手法で既存の学術論文や各機関のレポートを分析しました。その結果、従来の単純な分類方法では、急速に多様化するネット上の犯罪を正確に捉えきれないことが判明したのです。本論文は、法的に裁かれる犯罪だけでなく、法律の網をすり抜ける有害なサイバー逸脱行動をも網羅した、新しく包括的な分類フレームワークを提案しています。進化し続けるサイバー空間の脅威の全体像を俯瞰し、社会が共通認識を持つための非常に有意義な研究です。
研究方法
本研究は、現在社会で使われているサイバー犯罪の定義や分類(カテゴリー分け)がどのようなものかを洗い出し、それらを整理・統合することを目的としています。
研究手法として、構造化された文献レビューというアプローチを使っていますが、これは特定のルールに従って過去の文献を集め、体系的に分析する手法です。学術用の検索エンジンを用い、サイバー犯罪や分類といったキーワードで2017年以降に英語で発表された文献を検索しました。そこから内容の関連性が高いものを絞り込み、最終的に64の学術論文や公的機関のレポート(グレー文献など)を分析の対象としました。統計的な解析を行うのではなく、世界中の研究者や実務家がサイバー犯罪をどのように捉え、言葉にしているかを質的に読み解き、比較検討していくというアプローチが取られています。
この研究でわかったこと
サイバー犯罪の統一された定義は存在しない
調査の結果、学術界や国際機関の間でも、サイバー犯罪という言葉に対する明確で統一された定義が存在しないことが明らかになりました。国や機関によって解釈が異なり、これがサイバー犯罪の実態把握や、国境を越えた捜査、そして適切な被害者支援を困難にする根本的な原因になっていることが分かりました。
従来の2大分類の限界
これまでサイバー犯罪は、大きく2つのカテゴリーに分けられるのが主流でした。テクノロジーがなければ成り立たないサイバー依存型犯罪(ハッキングなど)と、昔からある犯罪がテクノロジーによって容易になったサイバー実現型犯罪(ネット詐欺など)です。しかし、現在ではサイバーいじめやリベンジポルノなど、テクノロジーを介した対人被害が急増しており、このような単純な分類では、被害者が受けている現実の多様な痛みを正確に捉えきれないことが指摘されました。
被害の実態に即した「新しい分類フレームワーク」の誕生
研究チームは、これまでの分類の限界を乗り越えるため、新たな枠組み(フレームワーク)を提案しました。この新しい枠組みの特徴は、犯罪をテクノロジー寄りから人間関係寄りまでのスペクトラム(連続体)として捉えている点です。さらに特筆すべきは、現行法では明確に犯罪と定義されにくいものの、確実に人を傷つけるサイバー逸脱行動も含めている点です。これにより、システムの破壊だけでなく、人としての尊厳を傷つける多様な被害に光を当てることが可能になりました。
この論文の社会への貢献
国境や分野を越えた「共通言語」の確立
本研究の最大の貢献は、世界中でバラバラだったサイバー犯罪の概念を整理し、共通の言語を持つための土台を作ったことです。警察、行政、医療関係者、そして被害者支援団体が同じ言葉と分類基準を共有することで、支援のネットワークがより強固になり、迅速かつ的確な対応が可能になります。
法律の隙間に落ちがちな被害の可視化
法的にグレーゾーンとされがちなサイバー逸脱行動を分類に組み込んだことは、社会的な意義が極めて大きいと言えます。ネット上でのハラスメントや画像拡散などにより、心に深い傷を負いながらも自分が悪かったのかもしれないと自責の念に駆られる被害者の方は少なくありません。本論文は、それが個人の落ち度ではなく、明確に分類・対処されるべき有害な社会問題であることを力強く示してくれています。
誰もが安全に過ごせる社会へ向けて
サイバー空間の安全性は、今や誰もが直面する身近な課題です。この論文が提示した枠組みは、行政や警察にとっては新たな法律や対策を作るための羅針盤となります。支援者やカウンセラーにとっては、被害者の痛みの背景にある複雑な構造を理解するためのレンズとなるでしょう。そして一般市民の皆様にとっても、ご自身や大切な人を守り、被害者を孤立させないための大切な知識となります。ネット上の脅威を正しく理解し、社会全体で被害者に寄り添う環境を築いていくための重要な一歩となる研究です。
用語解説
- グレー文献(Grey literature): 学術雑誌や商業出版物として流通しているものではなく、政府機関、NGO、企業、大学などの組織が独自に発行する、一般の商業出版ルートに乗らない資料のこと。白書や報告書、ワーキングペーパー、技術報告書、議事録など、非市販資料がそれにあたります。流通量が少なく入手が困難な一方、専門性が高く貴重な情報源となる特性があります。
- 構造化された文献レビュー(Structured literature review): あらかじめ設定した明確なルールやキーワードに基づいて文献を検索し、客観的かつ体系的に過去の研究を整理・分析する調査手法です。
- サイバー依存型犯罪(Cyber-dependent crime): コンピュータやインターネットが存在しなければ絶対に起こり得ない犯罪のことです。例えば、コンピューターシステムへのハッキングやランサムウェア(身代金要求型ウイルス)攻撃などがこれに当たります。
- サイバー実現型犯罪(Cyber-enabled crime): 詐欺、嫌がらせ、薬物の売買など、インターネットが普及する前から存在していた犯罪が、デジタル技術によってより簡単に、あるいは大規模に行えるようになったものを指します。
- サイバー逸脱行動(Cyberdeviance): 法律上は明確な犯罪とされていない場合であっても、社会的なルールや道徳に反し、他者に精神的・社会的な危害を加えるネット上の有害な行動のことです(例:ネットいじめ、一部のヘイトスピーチなど)。
| タイトル | ”Conceptualizing Cybercrime: Definitions, Typologies and Taxonomies” (サイバー犯罪の概念化:定義、類型論、および分類体系) |
| 論文の種類 | ジャーナル(Review / 総説論文) |
| 論文の分野 | 犯罪学、サイバー心理学、法学 |
| 著者 | Kirsty Phillips, Julia C. Davidson, Ruby R. Farr, Mary P. Aiken (Institute for Connected Communities, University of East London, 英国)、Christine Burkhardt, Stefano Caneppele (School of Criminal Justice, University of Lausanne, スイス) |
| 論文誌名・発行者 | Forensic Sciences |
| 発行日・巻数・ページ | 2022年4月16日発行、第2巻、379–398ページ |
| 原著論文の言語 | 英語 |
| URL | https://www.mdpi.com/2673-6756/2/2/28 |
| Cite | Phillips, K., Davidson, J. C., Farr, R. R., Burkhardt, C., Caneppele, S., & Aiken, M. P. (2022). Conceptualizing Cybercrime: Definitions, Typologies and Taxonomies. Forensic Sciences, 2(2), 379–398. https://doi.org/10.3390/forensicsci2020028 |


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