Drug mule for love(愛のためのドラッグミュール:麻薬の運び屋)
Monica T. Whitty
要約
本論文は、国際ロマンス詐欺の被害者が知らぬ間に「麻薬の運び屋(ドラッグミュール)」として利用された衝撃的な事例を詳細に分析したケーススタディです。米軍大尉を名乗る人物に2年にわたり心理的に支配された女性の事例を通じ、犯人が用いる高度な「グルーミング」の手口を解明しています。研究では、これまでのロマンス詐欺の段階モデルを修正し、睡眠奪取や「署名による信頼(Signing is believing)」といった新たな心理戦略を特定しました。被害者が金銭的搾取を超え、いかにして重大な犯罪に加担させられるのか、その心理的メカニズムと最終的な「困惑(Discombobulation)」の段階を浮き彫りにしています。
研究方法
本研究は、麻薬密輸の容疑で逮捕された(後に第一審で無罪となった)ロマンス詐欺被害者の女性、その弁護団、および家族への複数回のインタビューに基づいています。さらに、犯人と被害者の間で交わされた2年分におよぶインスタントメッセンジャーのチャットログやメールの文面を、グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて詳細に分析しました。これにより、これまでの研究では欠落していた「犯人と被害者の生のやり取り」を通じた心理的影響のプロセスを可視化しています。
この研究で明らかになったこと
分析の結果、犯人が被害者を操るための7つの新たな戦略が特定されました。
- 睡眠奪取:海外旅行中、24時間以上にわたる執拗な連絡により被害者の判断力を低下させる。
- 署名による信頼(Signing is believing):偽の退役書類に署名させることで、被害者の「婚約者」としてのアイデンティティを強化し、その後の「荷物の運び出し」を断りにくくさせる。
- 役割の操作:既婚女性としての役割から「軍人の婚約者」という新しい役割へ移行させ、その役割に相応しい行動(経済的支援や協力)を強いる。
- 無条件の肯定的関心:心理療法のような温かい受容を偽装し、被害者が心を開きやすい安全な環境を作り出す。
- 認知的な没入:膨大なメッセージのやり取りにより、被害者を偽りの物語の中に完全に没入させる。
- 「困惑(Discombobulation)」の段階:最終局面で予期せぬトラブルを次々と起こし、被害者を混乱・疲弊させることで、怪しい依頼(荷物の運搬)を正常に判断できなくさせる。
また、従来のモデルでは「理想のパートナー探し」が起点とされていましたが、本事例では「人生の脆弱な瞬間(記念日や孤独感)」が入り口となっており、過去の詐欺被害者リスト(サッカーリスト)が悪用された可能性も示唆されています。
この論文の社会への貢献
この研究は、ロマンス詐欺の被害者が単なる「騙された人」ではなく、高度な心理的戦術によって「知らぬ間に加害者に仕立て上げられる」実態を理論的に裏付けました。これは、同様のケースで裁判を争う際のガイドラインとなり得るだけでなく、カウンセラーや被害者支援団体が、被害者の深い混乱や自責の念を理解するための重要な視点を提供します。また、法執行機関や当局に対しては、被害者を単純な犯罪者として扱うのではなく、その背後にある複雑な心理的搾取のプロセスを考慮する必要性を提起しています。
| タイトル | Drug mule for love(愛のためのドラッグミュール:麻薬の運び屋) |
| 類別 | Journal Article |
| 筆者 | Monica T. Whitty(ニューサウスウェールズ大学キャンベラ校、サイバーセキュリティ研究所) |
| 雑誌名 | Journal of Financial Crime |
| 発行者 | Emerald |
| 発行日 | 2023 |
| 巻数・ページ | Vol. 30 No. 3 pp. 795–812, |
| 言語 | 英語 |
| URL | https://www.emerald.com/insight/content/doi/10.1108/JFC-11-2019-0149/full/html |
| Cite | Whitty MT (2023), “Drug mule for love”. Journal of Financial Crime, Vol. 30 No. 3 pp. 795–812, doi: https://doi.org/10.1108/JFC-11-2019-0149 |

コメント