Exploratory research to examine the impact of fraud on victim health (直訳:詐欺が被害者の健康に与える影響を調査する探索的研究)
Michael Skidmore, Felicity O’Connell, Ruth Halkon, Amy Meenaghan, Mark Button
要約
英国警察財団のMichael Skidmore(スキッドモア)らによる本研究は、詐欺被害が被害者の心身の健康に及ぼす影響を、アンケート調査に基づく「量的・質的混合アプローチ」を用いて明らかにしたものです。イギリスの詐欺被害者311名を対象にした調査の結果、全体の約92%が何らかの精神的・感情的な健康被害(過度な心配やストレスなど)を経験していることが判明しました。被害は金銭的損失にとどまらず、身体的症状や行動変化を伴って日常生活に深刻な支障をきたしており、多くの被害者が回復に向けた支援を求めている実態が示されています。
研究方法
本研究の目的は、詐欺被害者が具体的にどのような健康上の症状を経験しているのか、症状の構成(プロファイル)や日常生活への影響、そして回復のためにどのような支援を必要としているのかを探求することです。
調査対象となったのは、イギリス(イングランドとウェールズの隣接する2つの警察管区)に居住し、警察に被害を認知された311名の詐欺被害者です。調査手法として、選択式の設問と自由記述式の設問を組み合わせたアンケートによる混合研究法が採用されました。
アンケートでは、先行研究に基づいて精選された「健康上の症状」について、感情・メンタルヘルスに関する20項目、身体的健康に関する9項目、行動の変化に関する11項目を提示し、被害者が直面したものを選択してもらいました。あわせて、それらの症状が被害以前の持病と関係しているか、日常生活にどの程度影響を及ぼしているか、症状に対処するための支援や治療を望んでいるかについても質問しています。また、健康被害が始まったきっかけや日常への影響に関する自由記述からは、249名(全体の80%)から得られた痛切な声をテーマ別に質的分析し、量的データ(探索的因子分析や回帰分析)と掛け合わせて被害の実態を立体的に検証しています。
この研究で明らかになったこと・わかったこと
調査の結果、詐欺被害は単なる「金銭的な損失」にとどまらず、被害者の心身や行動に多角的かつ深刻なダメージを与えることが具体的なデータとして明らかになりました。研究結果の詳細は、大きく以下の4つのポイントに分けられます。
① 極めて高い確率で発生する心身の健康被害
回答者の91.9%が少なくとも1つの「感情的・精神的な症状」を経験しています。具体的には「心配(58.4%)」「ストレス(56.5%)」「再び被害に遭うのではないかという不安(51.6%)」が上位を占めました。さらに精神面だけでなく、57.4%が「睡眠障害(44.7%)」や「頭痛(26.8%)」などの身体的症状を、63.5%が「他者への不信感(43.6%)」や「引きこもり(18.9%)」などの行動の変化を引き起こしていることが分かりました。
② 症状は孤立せず「6つのグループ」に連鎖して現れる
被害者の苦痛は単一の症状で終わるわけではありません。統計分析(探索的因子分析)の結果、これらの健康被害は互いに絡み合い、主に以下の**6つのグループ(因子)**に複合して現れることが判明しました。
- 不安と不信感: 強い心配やストレスが、睡眠障害や他者への警戒心を引き起こす。
- 絶望感と自傷行為: 孤立感や無力感が極まり、自傷行為の考えや悪夢につながる。
- 身体的反応と人間関係の悪化: 強迫観念が血圧上昇や皮膚疾患などの身体症状を招き、周囲との関係も悪化させる。
- 気分の落ち込みと自信喪失: 罪悪感や羞恥心が、自信喪失やうつ状態、社会からの孤立を生む。
- パニックと行動への影響: パニック発作や過度の疲労感に襲われ、涙が止まらなくなったり食欲を失ったりする。
- 日常生活・役割への支障: 体重の増減が生じ、仕事を休むなど社会的な役割から離脱してしまう。
③ 症状の数が増えるほど「日常生活の破壊」と「支援の必要性」が加速する
抱える症状の数(精神的・身体的・行動的)が増えれば増えるほど、被害者の日常生活への悪影響が統計的に有意に大きくなることが実証されました。また、被害者全体の18.4%が「健康被害に対する専門的な支援や治療」を求めています。分析によれば、精神的な症状が1つ増えるごとに支援を求める確率が11%上昇するのに対し、身体的症状が1つ増えるごとに26%、行動の変化が1つ増えるごとに28%も上昇することが分かっており、目に見える変化が現れるほど専門的介入の必要性が切迫することが示されています。
④ 質的データが語る「自責の念」と「回避行動」の深い闇
自由記述の分析からは、被害者の生々しい苦悩のプロセスが浮き彫りになりました。 多くの被害者が、加害者への怒り以上に**「騙された自分が愚かだった」「ナイーブすぎた」と強く自分を責め(自責の念)、恥ずかしさから誰にも相談できず、「自分には回復する資格すらない」と自ら罰を与えるように孤立を深めていくケースが見られます。また、「詐欺のことが四六時中頭から離れない」と強迫的な思考に囚われ続ける人や、再び騙される恐怖心から、デジタル機器の利用や人付き合いを極端に避ける「回避行動」**に走り、結果として社会生活から完全に身を引いてしまう悲痛な実態も報告されています。一時的なショックで済む人がいる一方で、数週間から数ヶ月にわたりパニックや絶望感が続き、人生観すら変わってしまったと語る深刻なケースも確認されています。
この論文の社会への貢献
本論文の最大の貢献は、これまで見過ごされがちだった詐欺による「健康被害」の深刻さを学術的なデータとして可視化した点にあります。詐欺は身体的な暴力を伴わないため、他の犯罪に比べて心身への被害が過小評価されがちでした。しかし本研究は、詐欺被害が深刻な精神的苦痛や身体的症状を引き起こし、時に自傷行為にまで至るリスクを伴う「重大な健康被害をもたらす犯罪」であることを明確に証明しました。
この知見は、被害者支援に携わるNPO、カウンセラー、医療関係者にとって、被害者が抱える複雑な症状の連鎖を紐解き、多角的なケアを行うための重要な羅針盤となります。同時に、司法当局や政策立案者に対しては、被害者のウェルビーイング(心身の健康)を測る政策評価の枠組みに、詐欺被害を正当に位置づける必要性を力強く訴えかけています。
最後に、私たち支援者から一般の読者の皆様、そして今まさに被害に苦しんでいる方にお伝えしたいことがあります。詐欺被害に遭った自分を責める必要は全くありません。詐欺は巧妙に人間の心理を操作して行われる犯罪であり、100%加害者が悪いのです。もし身近に被害に遭われた方がいる場合は、被害者の「自責の念」やSOSに寄り添い、決して責めることなく専門機関へ繋ぐサポートをお願いいたします。本記事が、詐欺被害という「見えない暴力」への社会全体の理解を深める一助となれば幸いです。
用語解説
- 警察財団(The Police Foundation) 英国において警察活動の向上と犯罪削減に特化した、唯一の独立系シンクタンクです。高品質な証拠に基づき、中立的な立場から研究や提言を行い、警察とパートナーシップを組んでより良い警察活動と安全な社会の実現を目指しています。
- 探索的因子分析 (Exploratory Factor Analysis: EFA) アンケート結果のような多くのデータ(変数)の中から、背後に潜んでいる共通の要因(因子)を見つけ出し、データをわかりやすいグループに分類・要約する統計手法のことです。
- 順序ロジスティック回帰分析 「全くない・少しある・とてもある」といった順序や段階のあるアンケート回答データに対し、どのような要因がその結果に影響を与えているかを予測・分析する統計手法です。
- 自責の念 (Self-blame) 犯罪被害に遭った際、加害者を責めるのではなく「騙された自分が悪い」「自分が愚かだった」と自分自身を過剰に責めてしまう心理状態のことです。詐欺被害において特に顕著に見られ、被害者の精神的回復を大きく遅らせる要因となります。
- 回避行動 (Avoidance behaviors) トラウマや強い恐怖、他者への不信感から、特定の場所(インターネットやSNSなど)や人付き合い、外出などを意図的に避けるようになる行動のことです。自ら社会的な繋がりを断つことになり、孤立を深める原因となります。
| タイトル | Exploratory research to examine the impact of fraud on victim health (直訳:詐欺が被害者の健康に与える影響を調査する探索的研究) |
| 類別 | Journal Article |
| 筆者 | Michael Skidmore, Felicity O’Connell, Ruth Halkon (The Police Foundation 英国警察財団) Amy Meenaghan, Mark Button (University of Portsmouth, UK) |
| 雑誌名 | International Review of Victimology (2026年発行) |
| 発行者 | SAGE |
| 発行日 | Feb 12, 2026 |
| 巻数・ページ | |
| 言語 | 英語 |
| URL | DOI https://doi.org/10.1177/02697580261417364 |
| Cite | Skidmore, M., O’Connell, F., Halkon, R., Meenaghan, A., & Button, M. (2026). Exploratory research to examine the impact of fraud on victim health. International Review of Victimology, 1-19. https://doi.org/10.1177/02697580261417364 |


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