なぜ投資詐欺の被害者は自己責任と言われやすいのか? 専門家の認識から探る「被害者の階層」

被害者非難:偏見のヒエラルキー 心理学
被害者非難:偏見のヒエラルキー
心理学犯罪学被害者学

“More intelligent, less emotive and more greedy”: Hierarchies of blame in online fraud(「より知的で、感情的ではなく、より強欲」:オンライン詐欺における被害者非難の階層
Shalini Nataraj-Hansen

要約

オーストラリア・クィーンズランド工科大学のShalini Nataraj-Hansen先生によるオンライン詐欺被害者への非難の偏りを検証した画期的な論文です。

オーストラリアの詐欺対策専門家14名への質的インタビューを通じ、ロマンス詐欺と投資詐欺の被害者がどう認識されているかを調査しました。結果として、ロマンス詐欺の被害者は孤独で弱いと同情される一方、投資詐欺の被害者は強欲であると非難されやすいことが判明しました。

Nils Christieの理想的被害者理論を用い、専門家の中にさえ同情に値する被害者とそうでない被害者の階層が存在することを浮き彫りにした点で、支援体制を見直すための非常に重要な知見を提供しています。

研究方法

本研究は、警察、銀行、民間調査機関、法律関係などの組織で詐欺対策に従事するオーストラリアの専門家(Fraud Justice Networkのメンバー)14名を対象に、半構造化インタビューという質的手法を用いて行われました。

質的研究は、単に何人がどう答えたかという数字を追うのではなく、対象者が世界をどのように見ているかという深い価値観や無意識の偏見を探るのに適しています。本研究では、その価値観を引き出すためにヴィネット(架空のシナリオ)という手法が用いられました。

実際の事件をもとに作成された高額な被害に遭ったロマンス詐欺のケース投資詐欺のケースの2つの短い物語(ヴィネット)を専門家に読んでもらい、このシナリオについてどう感じるか、なぜ被害者はお金を送ってしまったと思うか、といった自由な対話を行いました。全員に同じ状況を提示することで個人の意見の共通点や違いを浮き彫りにし、それを質的データ分析ソフトで体系的に分類(テーマ分析)するという非常に緻密な手法がとられています。

この研究でわかったこと

インタビューの分析から、専門家たちが詐欺の種類によって被害者に対する見方を明確に変えていることが明らかになりました。

第一に、ロマンス詐欺の被害者は弱く、同情すべき存在として認識されていました。専門家たちは、被害者が抱えていた孤独や、加害者による悪質な心理的支配(ガスライティングなど)を深く理解しており、パートナーを求めるという自然な人間的欲求につけ込まれたことに対して強い同情を示しました。

第二に、投資詐欺の被害者は強欲であり、自業自得だと非難される傾向がありました。高いリターンを求めて投資を行う行為は、誰かを助けようとするロマンス詐欺とは異なり私利私欲に基づくものとみなされ、被害者自身がリスクを承知で(あるいは怠慢で)手を出したのだと厳しい目が向けられていたのです。一部の専門家は、投資詐欺の被害者が結果的に資金洗浄(マネーロンダリング)の片棒を担がされているとして、彼らを純粋な被害者として見ることを躊躇していました。

第三に、非常に興味深いことに、投資詐欺の加害者に対しては、ある種の「人間化」や「能力への感嘆」が見られました。専門家たちは、加害者の巧妙な手口や金融知識の深さを賢い、洗練されていると評価し、時には彼らが犯罪に手を染める背景(貧困など)にすら理解を示していました。加害者が絶対的な悪として認識されない分、相対的に被害者の落ち度が強調されてしまうという皮肉な構造が確認されたのです。

結果として、同じように騙され、甚大な精神的・経済的苦痛を受けているにもかかわらず、専門家の頭の中には同情に値する理想的な被害者(ロマンス詐欺)と非難されるべき下位の被害者(投資詐欺)という被害者の階層(ヒエラルキー)が存在することが結論づけられました。

この論文の社会への貢献

詐欺被害に遭うと、お金を失うだけでなく自分が愚かだったからだという激しい自己嫌悪や、周囲からの冷ややかな目に苦しむことになります。本論文の最大の貢献は、被害者を保護し正義をもたらすはずの専門家(警察や金融機関など)の内部にすら、無意識の被害者非難や偏見が潜んでいることを実証した点にあります。

警察や銀行がこの被害者は欲をかいたから自業自得だと判断すれば、真剣な捜査や返金手続きが後回しにされる恐れがあります。しかし、加害者は高度な心理的戦術やテクノロジーを駆使するプロの犯罪組織であり、投資詐欺であれロマンス詐欺であれ、被害者は巧妙な罠に絡め取られただけの存在です。

行政当局や警察、金融機関の実務に関わる方々は、自らの支援プロセスに被害者の階層化によるバイアスがかかっていないか、今一度振り返る必要があります。また、被害者の方々にはあなたは悪くない、狡猾な犯罪集団の標的にされただけなのだということを強くお伝えしたいと思います。一般市民の私たち一人ひとりも、ニュース等で詐欺被害を目にした際、欲深かったからだと切り捨てるのではなく、背景にある加害者の悪質性に目を向け、社会全体で被害者を温かく包み込む環境を作っていくことが求められています。

用語解説

  • 理想的被害者(Ideal Victim)ノルウェーの犯罪学者Nils Christieが提唱した概念です。社会や専門家から100%純粋な被害者として同情や支援を受けやすい人々の特徴(例:立場の弱いお年寄りや子どもが、真っ当な日常を送っていた時に、全く見ず知らずの凶悪な犯罪者に襲われる等)を指します。現実の被害者がこの条件から外れる(例:自ら怪しい投資サイトにアクセスした等)と、途端に非難されやすくなる社会構造を説明するために用いられます。
  • ヴィネット(Vignette)調査対象者の価値観や心理を引き出すために用いられる、短くまとめられた架空の物語やシナリオのことです。質的調査において、特定の状況下で人がどのように判断や行動をするかを尋ねる際によく使用されます。
  • Fraud Justice Network(FJN)詐欺に対処するための公式・非公式な機関のネットワークを指します。警察や裁判所といった従来の刑事司法システムだけでなく、銀行などの金融機関、消費者保護団体、サイバーセキュリティ専門家、民間調査機関など、詐欺の報告、調査、被害者支援に関わるあらゆる組織の総称です。
  • ガスライティング(Gaslighting)心理的虐待の一種で、加害者が些細な嘘や否定を繰り返すことで、被害者自身に自分の記憶や認知、正気であるかどうかを疑わせ、加害者に依存せざるを得ないようにコントロールする手口を指します。詐欺においても、被害者を周囲の意見から孤立させるために使われます。
タイトル“More intelligent, less emotive and more greedy”: Hierarchies of blame in online fraud(「より知的で、感情的ではなく、より強欲」:オンライン詐欺における非難の階層)
論文の種類ジャーナル論文
論文の分野罪学、被害者学
著者Shalini Nataraj-Hansen(クイーンズランド工科大学、オーストラリア)
論文誌名・発行者Elsevier(International Journal of Law, Crime and Justice)
発行日・巻数・ページ2024年3月, Volume 76,100652
原著論文の言語英語
URLhttps://doi.org/10.1016/j.ijlcj.2024.100652
CiteNataraj-Hansen, S. (2024). “More intelligent, less emotive and more greedy”: Hierarchies of blame in online fraud. International Journal of Law, Crime and Justice, 76, 100652. https://doi.org/10.1016/j.ijlcj.2024.100652

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