A better deal for fraud victims: Research into victims’ needs and experiences(詐欺被害者へのより良い対応:被害者のニーズと経験に関する研究)
Mark Button, Chris Lewis, Jacki Tapley
要約
英国ポーツマス大学のMark Button先生らのグループによる本研究は、英国国家詐欺対策局(NFA)等の委託を受け、詐欺被害者の真のニーズと経験を明らかにした重要な報告書です。約800人の被害者を対象に、対面インタビュー、電話調査、フォーカスグループを用いた混合研究法(ミックスメソッド)で調査を実施しました。結果として、被害者は決して「強欲」や「愚か」なわけではなく、高学歴者や高齢者など多様な層が深刻な心理的・経済的打撃を受けていることが判明しました。また、単一の相談窓口や共感的な対応といった被害者が求める支援と、現実の機関の対応とのギャップを浮き彫りにし、11の具体的な改善策を提言しています。
研究方法
本研究の目的は、どのような要因が人々を詐欺被害に遭いやすくさせるのか、そして被害者に対してどのような支援を提供することが最善なのかを明らかにすることです2。
調査サンプルとして、警察(ロンドン市警察やロンドン警視庁)、銀行(バークレイズ)、公正取引庁(OFT)などの公的機関や金融機関から、約2,000名の詐欺被害者の連絡先提供を受けました。このリストをもとに、同意を得られた被害者を対象に以下の3つの手法(混合研究法)を用いてデータを収集しました。
- 対面インタビュー:被害者およびその家族、小規模事業者の計34名に対し、半構造化インタビューを実施。事件発覚から警察の介入、裁判、その後の影響に至るまでの深い体験談を抽出しました。
- 電話調査:専門の調査会社を通じ、745名の被害者に構造化されたアンケートを実施。被害額、各機関(警察、銀行、支援団体など)の対応への満足度、被害による心理的・行動的変化などを定量的に分析しました。
- フォーカスグループ:詐欺被害者への新たな支援策のアイデアについて議論するため、9名の被害者を集めたグループインタビューを実施しました。
なお、サンプルの抽出方法の都合上、アイデンティティ詐欺(43%)、ボイラールーム詐欺(25%)、投資詐欺(21%)の被害者が多くを占めているという特徴があります。
この研究で明らかになったこと
本研究からは、詐欺被害の実態と被害者心理について、従来の固定観念を覆す多くの重要な事実が明らかになりました。
- 被害者は「騙されやすい愚かな人」ではない:電話調査の回答者の46%が大学・大学院卒の高学歴者であり、約68%が専門職や管理職などの非肉体労働従事者でした。被害に遭う理由は「強欲さ」や「愚かさ」ではなく、巧妙化する詐欺手口に対し、誰もが標的になり得ることを示しています。
- 深刻な心理的・感情的ダメージ:被害の影響は単なる「金銭的損失(45%)」にとどまりません。回答者の68%が強い「怒り」を覚え、44%が「ストレス」を報告しています15。さらに、約37%が抑うつや人間不信といった深刻な心理的トラウマを抱えており、ごく少数ですが自殺願望を抱くケースや、実際に命を絶ってしまった事例も報告されています。
- 「たらい回し」にされる二次被害と機関への不満:被害を報告するプロセスは非常に複雑です。多くの被害者が、警察、銀行、消費者保護団体などの間で「たらい回し(メリーゴーラウンド)」にされています。対応への満足度を見ると、自身の取引銀行(75%)や専門の詐欺対策警察(72%)に対する評価は高い一方で、一般の警察(43%)や被害者支援団体(33%)に対する満足度は非常に低く、「自己責任だと言わんばかりの冷たい対応をされた」と傷つく被害者が少なくないことが判明しました。
- 被害者が真に求めている支援:被害者の83%が「共感的で理解のある対応」を極めて重要だと評価しています8。また、90%以上が「たらい回しにされない単一の連絡窓口(ワンストップサービス)」や、「失ったお金の回収」「捜査の進捗報告」「詐欺師への厳罰」を強く求めています。
この論文の社会への貢献
これまで犯罪被害者支援の領域では、殺人やDV、性犯罪などの身体的暴力が注目されがちであり、詐欺被害は支援の手から漏れる「沈黙の犯罪(Silent crime)」と呼ばれてきました。
本報告書は、大規模なデータに基づき「詐欺は決して被害者のいない犯罪(victimless crime)ではない」と警鐘を鳴らし、詐欺被害者を刑事司法の支援対象の核に据えるべきだと証明した点において、極めて大きな社会的意義を持っています。
具体的には、被害者の多様なニーズに応えるため、単なる金銭面だけでなく、精神的ケア(怒りのコントロールなど)や家族関係の修復を含めた「オーダーメイドの支援パッケージ」の必要性を提唱しました。
また、何度騙されてもまたお金を振り込んでしまう「慢性的な詐欺被害者(Chronic scam victims)」の存在を浮き彫りにし、彼らを保護するために家族が介入しやすくなるような法改正や、郵便局・電話会社・福祉機関が連携するマルチエージェンシー(多機関連携)体制の構築を強く勧告しています。
日本においても、近年SNS型投資詐欺や国際ロマンス詐欺、特殊詐欺が社会問題化しており、被害者は深刻な自責の念や家族からの孤立に苦しんでいます。本研究が提示した「窓口の一本化」や「共感に基づく初動対応」「多機関連携による慢性被害の防止」というアプローチは、日本の警察機関やNPO、カウンセラー等の支援体制構築においても、そのまま羅針盤となる普遍的な貢献を果たしていると言えるでしょう。
解説者からのコメント:時代を超えて色あせない支援の羅針盤
本報告書で実施された大規模調査は2009年のものです。しかし、研究者ならびに実務家として私が最も強調したいのは、この報告書の知見は、現在においても決して色あせていないという事実です。
2007年にiPhoneが発表されましたが、この報告書が出た2009年はスマートフォンの普及率は1%程度で、フューチャーフォンが主流でした。しかし2010年以降から、スマートフォンが伸びはじめ、2026年の現代では誰もが手軽にスマートフォンを手に取り、24時間インターネットに常時接続できる時代となりました。その利便性の裏で、SNSを通じた投資詐欺や国際ロマンス詐欺などが横行し、個人の全財産が奪われるような巨額の詐欺被害が日本国内にとどまらず世界中で深刻な社会問題となっています。
犯罪のアプローチは電話や手紙から電子メールへ、そしてSNSやマッチングアプリへと深化し、巧妙化してきました。しかし、被害者が抱える強い自責の念や怒り、絶望といった心理的トラウマ、そして勇気を振り絞って助けを求めた先で「自己責任」と片付けられたり、関係機関をたらい回しにされたりする構造的な課題は、世界的に見ても当時と驚くほど変わっていません。
手口がいかに変化しようとも、「被害者の心とどう向き合い、いかにして多機関が連携して彼らを孤立から救うか」という根源的な問いに対する答えは同じです。SNS型詐欺が猛威を振るう今だからこそ、この2009年の報告書が提示した「被害者中心の支援体制づくり」という知見は、私たちの社会が早急に実行に移すべき重要な羅針盤であり続けているのです。
用語解説
ボイラールーム詐欺(Boiler room fraud)「ボイラー室」のように熱気やプレッシャーのある環境(電話営業の拠点など)から、架空の未公開株や価値のない金融商品を、言葉巧みに高圧的・執拗に売りつける投資詐欺の一種です。
アイデンティティ詐欺(Identity fraud)他人の氏名、住所、生年月日、クレジットカード情報などの個人情報(アイデンティティ)を盗み出し、その人になりすまして勝手に銀行口座からお金を引き出したり、ローンを組んだりする詐欺行為を指します。
慢性的な詐欺被害者(Chronic scam victim)過去に何度も詐欺の被害に遭いながらも、騙されていることを否認し続け、次々と届く詐欺の手紙(宝くじ詐欺など)や電話を信じ込んでお金を払い続けてしまう被害者のこと。特に高齢者や認知機能が低下し始めた方に多く、家族が止めても聞かないため、家族関係の崩壊を招く深刻な問題となっています。
ポンジ・スキーム(Ponzi scheme) / ネズミ講(Pyramid scam)「高利回り」を謳って投資家から集めたお金を、実際の運用で得た利益ではなく、後から参加した別の投資家のお金から配当として支払う詐欺手法です。新しい参加者が途絶えた時点で破綻します。
| タイトル | A better deal for fraud victims: Research into victims’ needs and experiences(詐欺被害者へのより良い対応:被害者のニーズと経験に関する研究) |
| 論文の種類 | 調査報告書(質的研究および量的研究を含む混合研究法) |
| 論文の分野 | 犯罪学、被害者学、犯罪心理学 |
| 著者 | Mark Button, Chris Lewis, Jacki Tapley(ポーツマス大学 刑事司法研究機構 対詐欺研究センター) |
| 論文誌名・発行者 | National Fraud Authority (英国国家詐欺対策局) |
| 発行日・巻数・ページ | 2009年 |
| 原著論文の言語 | 英語 |
| URL | https://pure.port.ac.uk/ws/portalfiles/portal/1924328/NFA_Report_1_15.12.09.pdf |
| Cite | Button, M.D., Lewis, C., & Tapley, J. (2009). A better deal for fraud victims: research into victims’ needs and experiences. |


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