Cops and Crypto: Experiences and Views on Regulation(警察官と暗号(資産):規制に関する経験と見解)
Chandler G. Robinson, Matthew W. Logan,Brandon Dulisse,Nathan Connealy
要約
米国ユタ州ユタ大学のChandler G. Robinson先生らのグループが2025年に発表した本論文は、暗号資産(仮想通貨)関連犯罪に対する警察の対応実態を調査した先駆的な研究です。暗号資産の購入経験がある現役警察官102名を対象にアンケートを実施し、量的データとLLMを活用した質的分析を組み合わせて現場の声を抽出しました。その結果、警察官は実務的な知識はあっても技術的な基礎概念に乏しく、容疑者の特定や被害資産の回収に強い不安を抱いていることが判明しました。管轄権の壁や専門的トレーニング・追跡ツールの不足が主な障壁であり、本論文は急速に拡大するデジタル金融犯罪に対して、現場の警察機能が構造的に適応できていない現状と、その解決に向けた政策的課題を浮き彫りにした点で極めて特異で重要な意義を持ちます。
研究方法
本研究は、米国の警察が暗号資産関連犯罪に直面した際の実態と課題を把握する目的で行われました。対象となったのは、これまでに暗号資産を個人的に購入した経験のある現役警察官102名です。調査手法は、オンラインのアンケートシステムを用いた記述的調査(量的研究)が採用されました。アンケートでは、警察官の暗号資産に関する基礎知識を測るテスト、被害者と接する頻度、そして自分や所属する組織が犯罪を解決できるかどうかの「自信の程度」などを数値化して尋ねました。これに加え、捜査における主な課題は何かを問う自由記述式の質問(質的研究)も設けられました。特徴的なのは、この自由記述の分析に人間と大規模言語モデル(LLM)の協働コーディングを取り入れた点です。AIを単なる自動分類ツールとしてではなく、研究者の対話パートナーとして活用することで、透明性と一貫性を保ちながら現場の警察官のリアルな声をテーマごとに丁寧に抽出しています。
この研究でわかったこと
警察官の暗号資産に関する知識のいびつな偏り
本研究で行われた基礎知識テスト(平均正答率74.3%)の結果から、警察官の暗号資産に対する理解度には明確な偏りがあることが判明しました。例えば、シードフレーズ(復元のためのマスターパスワード)の役割については91.2%、ビットコインの取引は完全に匿名ではないことについては90.9%の警察官が正しく理解していました。
しかしその一方で、「ブロックチェーンとは何か」という根本的な技術概念を正しく答えられたのはわずか37.5%にとどまりました。これは、警察官が捜査の現場で必要となる表面的な実務知識(パスワードを盗まれてはいけない等)は持っているものの、複雑な技術的背景の理解が追いついていないことを示しています。
現場の警察官が抱える圧倒的な自信のなさ
暗号資産関連の犯罪に対処する際、警察官が自らの所属組織に対して強い無力感や懐疑心を抱いていることも浮き彫りになりました。容疑者を正しく特定・逮捕することや盗まれた暗号資産を発見・回収することについて自信の程度を尋ねたところ、回答の大部分が自信がないまたはどちらとも言えないに集中しました。
とくに、被害に遭われた方が最も切実に望む資産の回収に関して自信があると答えた割合は極めて低く、大多数の警察官が非常に自信がないと回答しています。被害者にとって最大の関心事である被害回復を実現するための技術的スキルやインフラを、現在の地方警察が持ち合わせていない現状がデータとして明確に示されました。
自由記述から抽出された5つの巨大な壁
論文では、大規模言語モデル(LLM)と人間の研究者が協働して警察官の自由記述を分析し、現場の警察官が直面している捜査の障壁を以下の5つのテーマに分類しています。
- 能力と知識の欠如:暗号資産とは何かについての全体的な説明や訓練がないという声に代表されるように、実践的なトレーニングやシステムの概念的な理解が全体的に不足していることが、最も頻繁に挙げられた障壁でした。
- 組織的な制約:資金や運営上の限界も深刻です。暗号資産を追跡するための高額なソフトウェアを導入する資金や、専従で捜査に当たるための時間が決定的に不足していることが指摘されています。
- 法的・構造的な壁:担当ケースの約90%は海外に繋がっており、引き渡しは不可能に近いという現場の嘆きがあるように、犯罪の拠点が管轄外(海外など)にあり、既存の法制度がデジタル資産犯罪に追いついていないことが浮き彫りになっています。
- 市民の脆弱性:高齢者をはじめとする一般市民が、暗号資産詐欺の標的になりやすい状況への懸念です。被害を防ぐためには、法執行の強化だけでなく市民への啓発・教育が不可欠であると現場は感じています。
- 捜査の複雑さ:暗号資産の匿名性や複雑な仕組みにより、単純に追跡が困難であるという技術的な難壁です。これが、専門知識を要するという感覚を強め、警察官たちの準備不足感をさらに悪化させています。
新しい犯罪ではなく従来の金融・サイバー犯罪の構造的問題の延長
論文の結論部では、暗号資産犯罪に対する警察の対応の遅れは、決して暗号資産という新しい技術だけが原因ではないと指摘しています。これまで長年にわたり、地方警察は複雑な詐欺やサイバー犯罪への対応において、資金不足や管轄権の限界という構造的な不利を抱えてきました。暗号資産犯罪は、まさにその長年の弱点が最新の形で露呈したものに過ぎないのです。
その結果、多くの警察官は自らを犯罪を自力で解決する捜査官としてではなく、単なる被害の初期報告を受けるだけの窓口のように感じざるを得ない状況に置かれています。
被害者支援に関わる皆様や被害者の方自身にとって、この結果は決して「警察が怠慢だから動いてくれない」わけではないことを示しています。警察官自身も知識不足と国境を越える法制度の壁に深く苦悩しています。この実態を社会全体で共有することが、地方警察への予算拡充や、国レベルでの専門機関との連携強化といった具体的な政策を後押しする第一歩となります。
この論文の社会への貢献
この研究は、暗号資産犯罪という新しい脅威に対し、最前線に立つ警察官が直面している制度的な限界を、データと彼ら自身の声によって初めて明確に示した点に大きな社会的意義があります。
これまで、暗号資産詐欺の被害に遭われた方々は、勇気を出して警察に相談しても管轄外だ、追跡できないと言われ、行き場のない苦しみを抱えることが少なくありませんでした。しかしこの論文は、決して警察官が怠慢なのではなく、彼ら自身もどうすれば被害者を救えるのかと葛藤し、適切な訓練や高額なツールへのアクセスの欠如、国境を越える犯罪に対応できる法整備の遅れという巨大な壁に苦悩していることを教えてくれます。被害者の方は、被害に遭ったことも、警察で十分な対応を得られなかったことも、決してご自身の落ち度ではないということを知っていただきたいと願います。
行政や政策立案者は、このデータをもとに、地方警察への追跡ツールの導入支援や、管轄を超えた連携システムの構築、統一されたトレーニングの提供を急ぐ必要があります。また、被害者支援団体や医療・心理カウンセラーの方々には、被害者が司法の場で十分な救済を受けられずに負う二次的な心の傷の背景にある構造的要因を理解する一助となるでしょう。一般市民の皆様にも、この複雑な社会課題を自分事として捉え、自衛のためのリテラシー向上と、被害者を孤立させない社会づくりへの関心を高めていただけることを期待します。
用語解説
- 暗号資産(Cryptocurrency):インターネット上でやり取りされる電子データのみの資産(仮想通貨)のこと。代表的なものにビットコインなどがあります。
- ブロックチェーン(Blockchain):暗号資産の取引データを、改ざんが非常に困難な形でインターネット上の複数のコンピューターに分散して記録・管理する技術のこと。
- シードフレーズ(Seed Phrase):暗号資産のウォレット(財布)を復元するために必要な、複数の英単語からなるマスターパスワードのようなもの。これを他人に知られると資産をすべて奪われる危険があります。
- 量的研究・質的研究(Quantitative / Qualitative Research):量的研究はアンケートの正答率や5段階評価など、データを数値化して全体的な傾向を客観的に分析する手法。質的研究は、自由記述やインタビューの言葉から、数値には表れない対象者の深い思考や感情、背景事情を読み解く手法です。
- 大規模言語モデル(LLM / Large Language Model):大量のテキストデータを学習し、人間のように自然な文章を生成したり、文章の意味を要約・分類したりできる最先端のAI技術(ChatGPTなど)のこと。
| タイトル | Cops and Crypto: Experiences and Views on Regulation(警察官と暗号(資産):規制に関する経験と見解) |
| 論文の種類 | ジャーナル論文(CrimRxiv公開) |
| 論文の分野 | 犯罪学、警察学 |
| 著者 | Chandler G. Robinson (The University of Utah)Matthew W. Logan (Texas State University)Brandon Dulisse (University of Tampa)Nathan Connealy (University of Tampa) |
| 論文誌名・発行者 | CrimRxiv(Criminology’s global open access hub + repository) |
| 発行日・巻数・ページ | Published on Nov 19, 2025 |
| 原著論文の言語 | 英語 |
| URL | https://www.crimrxiv.com/pub/cops-crypto/release/1 |
| Cite | Robinson, C. G., Logan, M. W., Dulisse, B., & Connealy, N. (2025). Cops and Crypto: Experiences and Views on Regulation. CrimRxiv. https://doi.org/10.21428/cb6ab371.6cfc2e53 |


コメント