なぜ国際ロマンス詐欺被害者は責められるのか? 公正世界信念から紐解く被害者非難の心理

被害者非難と公正世界信念 被害者学
被害者非難と公正世界信念
被害者学被害者非難

INVESTIGATING VICTIM BLAME – APPLYING LERNER’S JUST WORLD THEORY ON ROMANCE SCAMS: A QUANTITATIVE ANALYSIS (被害者非難の調査 – ロマンス詐欺へのラーナーの公正世界理論の適用:定量的分析) 
Imke Dreyer

要約

スウェーデンのマルメ大学Imke Dreyer氏による修士論文は、近年急増しているオンライン・ロマンス詐欺において、なぜ被害者が周囲から責められてしまうのかという被害者非難の問題を、心理学の公正世界信念(Belief in a Just World: BJW)理論を用いて定量的に調査したものです。本研究は、マルメ大学の学生を対象に架空の詐欺シナリオを用いた調査を実施し、被害者非難と公正世界信念の関係性を分析しました。参加人数の制約から全てにおいて明確な統計的結論を出すには至りませんでしたが、回答者の性別や世界を公正だと信じる度合いによって、被害者への非難の強さに違いが生じる可能性が示唆されました。これまで性犯罪などの文脈で用いられてきた公正世界信念の理論を、比較的新しい犯罪であるロマンス詐欺に適用した点で本論文は特異であり、被害者が二重の苦しみを味わう現状の理解と支援に向けた一石を投じています。

研究方法

本研究の目的は、ロマンス詐欺の文脈において公正世界信念の理論が被害者非難の心理メカニズムを説明できるかどうかを検証することです。調査対象となったのは、スウェーデンのマルメ大学で犯罪学を学ぶ学部生21名(女性18名、男性3名)です。

調査手法としては、ビネット調査と呼ばれる定量的アプローチ(数値データを統計的に分析する手法)が採用されました。参加者には、オンラインデートを通じて出会った相手に徐々に心を開き、最終的に緊急事態を装った嘘によって37万スウェーデンクローナ(多額の借金を含む)を騙し取られてしまうという、極めてリアルなロマンス詐欺の架空のシナリオを読んでもらいました。

シナリオは2種類用意され、一つは「女性が被害者で男性が加害者」、もう一つは「男性が被害者で女性が加害者」の設定となっており、参加者はランダムに割り当てられた一方のシナリオを読んで回答しました。その後、参加者が被害者や加害者に対してどの程度非難や責任を感じているか、そして参加者自身が「世の中は公正な場所である」とどの程度信じているか(公正世界信念尺度)を問うアンケートに回答してもらい、回答者の性別や価値観などのグループごとの平均値に意味のある差があるかどうかを統計的に分析しました。

この研究でわかったこと

この研究からは、被害者を取り巻く心理状況や社会の目線について、いくつかの重要な知見が見えてきました。

加害者への非難は依然として高い

第一に、全体的な傾向として、参加者は被害者よりも加害者に対して明確により多くの非難(責任)を向けていることがわかりました。ロマンス詐欺の被害者がしばしば家族や支援者から騙された方が悪いと激しい非難を浴びる現実がある中で、加害者の悪質性が正しく認識されていることを示す一つのデータとも言え、少し安心させられる結果です。

回答者の「性別」と「価値観」が絡み合う複雑な被害者非難

本研究の最も興味深い発見は、被害者への非難の度合いが、回答者の性別公正世界信念(世界は公平であり、人は自業自得の結果を受けるという信念)の強さによって複雑に変化する相互作用が見られたことです。統計分析によると、公正世界信念スコア(世の中は公平だという思い込み)が低い男性は、同じくスコアが低い女性よりも被害者を非難しない傾向がありました。一方で、公正世界信念スコアが高いグループを見ると結果は逆転し、女性の方が男性よりも被害者を非難しない傾向が示されました。これは、被害者非難という現象が一筋縄ではいかないことを示しています。被害者がどのような行動をとったかだけでなく、周りの人間が世界をどのように捉えているか評価者の性別といった要因が複雑に絡み合い、結果として心無い言葉が被害者に向けられてしまうメカニズムが浮き彫りになりました。

研究の限界と今後の課題

ただし著者は、本研究が21名という非常に小さなサンプルサイズ(特に男性参加者が3名のみ)で実施されたため、この結果をそのまま社会全体に当てはめること(一般化)はできないと慎重な姿勢を示しています。より大規模な調査が行われれば、公正世界信念理論がロマンス詐欺における被害者非難のメカニズムをより明確に説明できる可能性があります。

この論文の社会への貢献

ロマンス詐欺の被害者は、多額の金銭を失うという経済的打撃だけでなく、信じていた相手に裏切られたという深い心の傷を負います。それに加えて、友人や家族、さらには警察などの関係機関からなぜ騙されたのか、自業自得だと非難されることで、深刻な二次トラウマに苦しんでいます。

Dreyer氏の論文は、このなぜ被害者が責められるのかという問いに対し、人間が持つ世の中は公正であってほしい(悪いことは悪い人のみに起きるはずだ)という心理的防衛メカニズム(公正世界信念)が背景にある可能性を科学的な枠組みで示そうとしました。この視点は極めて重要です。被害者非難は、決して被害者に落ち度があるから起こるわけではなく、周囲の人々が自分にはあんな不幸は起きないはずだと自己を安心させるための心理的なバイアスから生じているという事実を、私たちは知るべきなのです。

警察や行政の相談窓口の担当者、医療・カウンセリング関係者、そして被害者を支援する立場にあるすべての人々は、自分たちの中にある公正世界信念のバイアスを自覚し、研修等を通じて被害者の複雑な心理への理解を深める必要があります。そして何より、一般市民である私たち一人ひとりがこの心の仕組みを知ることが、被害者を孤立から救い、彼らが安心して助けを求められる寛容な社会を築くための第一歩となるでしょう。

用語解説

  • ロマンス詐欺 (Romance Scam): インターネット上のマッチングアプリやSNSを通じて、ターゲットに恋愛感情や親近感を抱かせ、交際を装いながら最終的に金銭を騙し取る詐欺の手口です。被害者は経済的な損失だけでなく、深い精神的ダメージを負うことが特徴です。
  • 公正世界信念 (Belief in a Just World: BJW): 心理学者のメルビン・ラーナーが提唱した概念で、「世の中は公正な場所であり、人はその行いに見合った報いを受ける(自業自得)」と信じたい人間の心理的傾向を指します。不条理な出来事に直面した際、自らの心の平穏を保つために「被害者にも何か悪いところがあったはずだ」と被害者に責任転嫁をしてしまう原因の一つとされています。
  • ビネット調査 (Vignette Study): 調査対象者に、特定の状況や人物を描いた短い架空のシナリオ(ビネット)を読ませ、それに対する意見や評価を尋ねる研究手法です。現実の複雑な要因をコントロールしながら、対象者の認識を定量的に測定するのに適しています。

タイトルINVESTIGATING VICTIM BLAME – APPLYING LERNER’S JUST WORLD THEORY ON ROMANCE SCAMS: A QUANTITATIVE ANALYSIS (被害者非難の調査 – ロマンス詐欺へのラーナーの公正世界理論の適用:定量的分析)
論文の種類修士論文 (Degree Project in Criminology, Master’s Level)
論文の分野犯罪学、被害者学、心理学
著者Imke Dreyer (マルメ大学 健康・社会学部 犯罪学科)
論文誌名・発行者Malmö University (マルメ大学)
発行日・巻数・ページ2024年, 30単位, 全39ページ相当
原著論文の言語英語
URLhttps://www.diva-portal.org/smash/record.jsf?pid=diva2%3A1874824&dswid=-4183
CiteDreyer, I. (2024). Investigating victim blame – Applying Lerner’s Just World Theory on romance scams: A quantitative analysis [Master’s thesis, Malmö University]. DiVA Portal. diva-portal.org

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