急増する国境を越えた詐欺(国際ロマンス・投資詐欺)の現状と対策:「水面下」の民間活動が鍵を握る

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国境なき詐欺
セキュリティ犯罪学

Policing cross-border fraud ‘Above and below the surface’: mapping actions and developing a more effective global response 日本語直訳文:国境を越えた詐欺の取り締まり「水面上と水面下」:効果的なグローバル対応のアクションとマッピング
Mark Button, Branislav Hock, Joon Bae Suh, Chol Soo Koh

概要

 英国ポーツマス大学のMark Button先生らによる本論文は、世界中で急増する「国境を越えた詐欺(国際ロマンス詐欺や投資詐欺など)」に対する取り締まりの現状と課題を浮き彫りにしています。著者らは、既存の文献、メディア報道、情報公開請求(FOI)等のエビデンスを分析する定性的なマッピング調査を実施しました。その結果、警察などの公的機関による「水面上」の対策は被害規模に対して不十分であり、IT企業やNPO等の「水面下」の民間活動が実質的な抑止力を担っていることが判明しました。国境を越えた詐欺の撲滅には、官民の垣根を越えた新たなグローバル対応の構築が急務であると提言しています。

研究方法 

本研究は、世界規模で蔓延する国境を越えた詐欺の全体像と、それに対する効果的な取り締まりの構造をマッピング(整理・可視化)することを目的としています。 調査手法として、著者らは既存の犯罪学分野における最良のエビデンス(文献やデータ)を収集・分析する定性的なアプローチを採用しました。具体的には以下のようなデータを用いています。

  • 既存文献とメディア報道のレビュー:学術論文や有罪判決を受けた詐欺師の報道に基づき、単独犯、小規模グループ、組織犯罪グループ(ナイジェリアの「ヤフーボーイズ」や、強制労働を伴う東南アジアの詐欺拠点など)といった加害者の類型を分析しました。
  • 情報公開請求(FOI)によるデータ収集:法執行機関の活動実態を定量的に把握するため、イギリスの警察当局等に対し情報公開請求を行い、過去の犯罪人引き渡し請求の件数などを調査しました。
  • 政策・制度の比較分析:インターポールや欧州刑事警察機構(Europol)などの「水面上(国家・公的機関)」の取り組みと、IT巨大企業(AmazonやGoogle)、民間調査会社、NGO、詐欺師を罠にかけるボランティア活動家(スキャムベイター)などの「水面下(民間・非政府組織)」の取り組みを対比させ、各機関の役割と課題を詳細に整理しました。

この研究でわかったこと 

本研究の分析により、国境を越えた詐欺問題に関する非常に興味深い事実と、現在のシステムの欠陥が明らかになりました。

① 圧倒的な「フリクション(摩擦・障壁)」の非対称性 

詐欺師にとって、現代のテクノロジーを使えばワンクリックで他国のターゲットを狙うことができ、犯罪のハードル(フリクション)は極めて低くなっています。一方で、被害を受けた警察が国境を越えて捜査・起訴を行うには、言語、司法制度の違い、限られた予算や優先順位など、膨大な障壁が存在します。犯罪者側はスムーズに動けるのに対し、警察側は身動きが取りにくいという圧倒的な非対称性が浮き彫りになりました。

② 公的機関(水面上)の対応の限界 

被害の甚大さとは裏腹に、公的機関による対応は非常に限られています。例えばイギリスが詐欺関連で行った犯罪人引き渡し請求は、過去5年間でわずか16件に過ぎません。インターポールなどの国際機関も活動していますが、対応する犯罪の幅が広すぎることや人員不足により、数百万件規模で発生する詐欺事件のごく一部にしか対処できていないのが実情です。

③ 民間部門(水面下)の巨大な貢献 

警察の手が回らない領域を実質的に埋めているのが、「水面下」で活動する民間アクターです。例えば、AmazonやGoogleは数万人規模の専門チームを持ち、数万件以上の詐欺サイトや不正アカウントを自社で閉鎖しています。また、非営利組織のネットワークや、詐欺師のシステムに自ら潜入して実態を暴き妨害する有志の自警団(スキャムベイター)が、犯人の特定や被害拡大の防止に大きな役割を果たしていることがわかりました。

④ 新たなグローバルネットワークと妨害措置の必要性 

現状を打破するためには、逮捕や起訴にこだわるだけでなく、詐欺師のインフラ(電話番号、サイト、銀行口座など)を直接凍結・破壊する「制裁・ディスラプション(妨害)」の仕組みが必要です。また、公的機関と民間企業、NGOが情報を共有し連携するための世界的なフォーラムを早急に設立すべきであると結論づけています。

この論文の社会への貢献 

この論文は、国際ロマンス詐欺やSNS型投資詐欺に苦しむ被害者やその支援者に対して、「なぜ警察の対応が難しいのか」という構造的な理由を明確に言語化した点で、極めて高い社会的意義を持っています。

これまで、海外を拠点とする詐欺に対しては、各国の警察の管轄権の壁が厚く、被害者は泣き寝入りを強いられがちでした。カウンセラーやNPO支援団体も、解決策を提示できずに苦悩することが多かったはずです。しかし本研究は、「警察(水面上)の機能不全を嘆くのではなく、IT企業やNGO、専門調査会社といった民間(水面下)の力に目を向け、それらを統合すべきだ」という新しいパラダイム(枠組み)を提示しました。

これは、被害者支援団体が今後、民間セキュリティ企業やグローバルな消費者保護NGOと直接的な連携ネットワークを築くための理論的な後ろ盾となります。また、政策立案者や当局者にとっては、サイバー犯罪における法律のアップデートや、銀行・IT企業との新しい情報共有プラットフォーム(公的と民間の融合)の設立を急がせる強力なエビデンスとなるでしょう。

日々進化する国境を越えた脅威から一般市民を守るためには、警察機関に頼り切る従来の枠組みを超え、社会全体のあらゆるリソースを結集した新たな防衛網を築くことこそが、未来の被害を未然に防ぐための確かな羅針盤となるはずです

ブログ記事の締めくくりとして、被害者の方々の心情に寄り添いながらも、警察の置かれた状況や被害届を出す意義を優しく伝える「解説者のコメント」を作成しました。


解説者のコメント

日本でも海外でも、SNSを通じた国際ロマンス詐欺や投資詐欺の被害に遭われた方の多くは、「警察に相談しても動いてくれない」「進捗の連絡が全くない」と、その対応に不満や孤独感を抱えていらっしゃいます。突然の被害に戸惑い、一刻も早い解決を望むお気持ちを考えれば、その歯がゆさは痛いほどよくわかります。

しかし、今回ご紹介した論文でも克明に述べられているように、現在のシステムにおいてSNS型詐欺(国境を越えた詐欺)を捜査することは、私たちが想像する以上に困難を極めます。犯人側はワンクリックで世界中を狙えるのに対し、警察が国境を越えて捜査を行うには、言語の壁、異なる司法制度、他国機関との連携の難しさなど、圧倒的な「障壁(フリクション)」が存在するのです。

また、「被害届を出したのに何も教えてくれない」という不安もあるかと思います。ただ、ここで少しだけ警察の立場も想像してみていただけないでしょうか。犯罪捜査において、水面下の動向や機密情報を守ることは絶対条件です。わずかな情報漏洩が犯人を逃がすことにつながるため、たとえ何らかの進展があったとしても、被害者の方に具体的な内容をお伝えできないのが通常なのです。むしろ、現在進行形の捜査の裏側を誰にでもペラペラと話してしまうような警察官がいたとしたら、かえって信用できないと思いませんか?「何も言ってこない」のは、決してあなたを無視しているわけではなく、プロとして秘密保持を徹底し、慎重に職務を遂行している結果でもあるのです。

現代は、国境を越えたインターネットという広大な空間において、世界中の国家が新たな問題に直面している過渡期です。それはかつて、鉄道や自動車が走り始めた時代に、後から慌てて交通ルールや信号機が整備されていった歴史と似ているかもしれません。私たちは今まさに、国家間が協力して新しいサイバー犯罪の脅威を克服していく、その最初の時代を生きているのです。

だからこそ、もし被害に遭われた場合は、どうか諦めずに警察へ被害を届け出てください。論文でも指摘されている通り、詐欺の実態を正確に測ることは難しく、データが不足しています。皆様が警察に届け出ることで、犯罪の手口やデータが最新のものにアップデートされ、被害額が依然として無視できない規模に達していることを当局に強く認識させることができます。

警察の現在の限界を理解しつつも、社会全体がこの犯罪の深刻さに気づき、国境を越えた新しい防衛網を築いていくためには、皆様の「届け出」という声の積み重ねが必要不可欠です。この記事が、詐欺被害という複雑な問題に対する理解を深め、前を向くための小さな一助となれば幸いです。

用語解説

  • フリクション(Friction) 直訳すると「摩擦」や「障壁」を意味します。本論文では、詐欺師が犯罪を実行する際の「手軽さ(フリクションの低さ)」と、警察が国境を越えて事件を捜査・解決しようとする際に直面する「手続きや法律などの壁(フリクションの高さ)」を比較し、その不公平さを説明する重要なキーワードとして使われています。
  • 豚屠殺(Pig butchering / 豚の解体詐欺) ターゲットとSNSやマッチングアプリを通じて長期間にわたり親密な関係を築き(=豚に餌を与えて太らせる)、最終的に架空の投資サイトなどに誘導して多額の資金を一度に騙し取る(=解体する)という、ロマンス詐欺と投資詐欺を組み合わせた凶悪な手口のことです。
  • ヤフーボーイズ(Yahoo Boys) ナイジェリアなど西アフリカを拠点とする若者中心のサイバー犯罪ネットワークの呼称です。かつてのYahoo!関連サービスを頻繁に利用して詐欺を行っていたことに由来し、現在では組織的に国際ロマンス詐欺やビジネスメール詐欺を行う代名詞となっています。
  • 情報公開請求(FOI: Freedom of Information) 市民や研究者が、政府や警察などの公的機関に対して、保有する文書や統計データの公開を法的に求めることができる制度のことです。本研究では、イギリスにおける犯罪者の引き渡し実態を調査するために活用されました。
  • スキャムベイター(Scambaiter) 詐欺師(スキャマー)に対してわざと騙されたふりをして罠(ベイト)を仕掛け、彼らの時間を無駄にさせたり、手口を暴露したり、時には詐欺師側のネットワークを調査して証拠を警察に提供したりする、自発的なボランティア活動家やサイバー自警団のことを指します。
  • ディスラプション(Disruption) ここでは「妨害」や「機能停止」を意味します。犯人の逮捕や起訴が難しい場合に、彼らが使う偽のウェブサイト、メールアカウント、銀行口座、電話番号などを強制的に閉鎖させ、犯罪ビジネスそのものが成り立たないようにする戦術のことです。
タイトルPolicing cross-border fraud ‘Above and below the surface’: mapping actions and developing a more effective global response 日本語直訳文:国境を越えた詐欺の取り締まり「水面上と水面下」:効果的なグローバル対応のアクションとマッピング
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筆者Mark Button(ポーツマス大学 サイバー犯罪・経済犯罪センター、英国) Branislav Hock(ポーツマス大学 サイバー犯罪・経済犯罪センター、英国) Joon Bae Suh(韓国警察大学) Chol Soo Koh(韓国金融犯罪予防協会)
雑誌名Crime, Law and Social Change (2025年)
発行者Springer
発行日10 January 2025
巻数・ページVolume 83, article number 5, (2025)
言語英語
URLhttps://doi.org/10.1007/s10611-024-10186-2
CiteButton, M., Hock, B., Suh, J. B., & Koh, C. S. (2025). Policing cross-border fraud ‘Above and below the surface’: mapping actions and developing a more effective global response. Crime, Law and Social Change, 83(5). https://doi.org/10.1007/s10611-024-10186-2

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