Assessing the Correlates of Cryptofraud Victimization Reporting(日本語直訳:暗号資産詐欺被害の通報行動の相関要因の評価)
Thomas J. Holt, Cassandra Cross
要約
ミシガン州立大学のトーマス・J・ホルト先生と、クイーンズランド工科大学のカサンドラ・クロス先生によるこの研究は、暗号資産(仮想通貨)を利用した詐欺の被害者が、警察や支援機関へ通報する行動にどのような要因が関係しているかを調査したものです。スイスを拠点とする国際的な暗号資産被害回復支援企業のオンライン窓口に寄せられた2,108件の被害報告データを対象に、二項ロジスティック回帰分析などの量的研究手法を用いて分析を行いました。その結果、被害者のうち公的機関に通報したのは約40%にとどまることが判りました。また、加害者の名前やブロックチェーンの取引記録といった「詳細な情報」を把握している被害者や、投資詐欺の被害者ほど、公的機関へ積極的に通報・支援要請を行う傾向があることが明らかになりました。
研究方法
本研究は、暗号資産詐欺の被害者が警察や法執行機関、消費者保護団体などに被害を報告する要因が何かを明らかにする目的で行われました。
サンプルとして用いられたのは、金融サイバー犯罪の被害者を支援するスイスの暗号資産リカバリー(回復)企業が運営する、オンラインの被害報告ポータルサイトに寄せられたデータです。2021年6月15日から2023年1月25日までの期間に収集された2,229件のクレームから、データ欠損があるものを除外した最終的な2,108件の被害者報告が分析対象となりました。
分析手法としては、「法執行機関や支援機関に被害を報告したか否か」を従属変数(結果)とし、被害者が提供した加害者の情報(氏名、銀行口座、電話番号、メールアドレス、ウェブサイト、IPアドレス、ブロックチェーン情報、SNS情報など)や、被害者の属性(投資詐欺かどうか、具体的な金銭的損失額、言語、居住国など)を独立変数(原因)とした「二項ロジスティック回帰モデル」による定量的な統計分析を実施しています。
この研究で明らかになったこと
この研究により、暗号資産詐欺の被害実態と被害者の被害届け出の行動に関する重要な事実が判明しました。
- 通報率の低さは他の詐欺と同様: 被害者のうち、警察などの機関に助けを求めたのは全体の約40%(38%)でした。これは、従来のオンライン詐欺やオフラインでの詐欺被害の通報率とほぼ同じ水準であり、暗号資産詐欺においても被害の大部分が水面下に隠れてしまう暗数の存在が示唆されました。
- 「情報を持っていること」が通報への動機づけになる: 加害者の氏名、電話番号、居住地域、SNSアカウントといった具体的な情報を把握している被害者ほど、通報を行う確率が有意に高いことがわかりました。
- 「ブロックチェーン情報」の重要性: 特に注目すべきは、「ブロックチェーンの台帳情報(取引の詳細)」を提供できる被害者は、支援機関へ通報する可能性が極めて高かったという点です。犯人の名前やSNSは偽造可能ですが、ブロックチェーン情報は捜査や資金回収の具体的な糸口になるため、被害者が「これなら捜査の手がかりになるかもしれない」と希望を持ちやすいと考えられます。
- 投資詐欺被害者の傾向: 暗号資産を用いた「投資詐欺(Investment fraud)」の被害者は、他の詐欺被害者と比べて通報する傾向が強いこともわかりました。これは投資詐欺の損失額が非常に大きいことや、資金回収に対する強い執着が背景にあると推測されています。
この論文の社会への貢献
本論文の知見は、昨今日本社会を揺るがしている「SNS型投資詐欺」や「ロマンス詐欺」の被害対策において非常に実践的な示唆を与えてくれます。 第一に、暗号資産取引所(コインベースなど)の役割です。利用者がアカウントを作成したり送金したりする際、単なる注意喚起だけでなく、「詐欺に遭った場合の相談窓口」や「万が一の捜査に備えて記録しておくべき情報(トランザクション履歴など)」をアプリ上でプッシュ通知するなどの啓発が有効であることがわかります。 第二に、警察や被害者支援団体などの受け入れ側の整備です。被害者が勇気を出して相談した際に、「騙されたあなたも悪い」というような二次的被害(スティグマ)を与えない配慮が強く求められます。日本の捜査機関や支援者が、暗号資産の仕組みや被害者の絶望的な心理を深く理解し、適切なガイダンスを提供できる体制を整えることが、被害回復と犯罪抑止の両面において急務だと言えるでしょう。
解説者のコメント
本論文から得られる知見は、現場で被害者支援にあたる私たちにとって非常に示唆に富んでいます。
SNS型投資詐欺やロマンス詐欺の被害に遭われた方は、加害者の名前や顔写真、SNSのアカウント、電話番号や居住地などの詳細な情報を記録していることがよくあります。私たち支援者や捜査機関は、「それらの情報はすべて架空のものであり、実際の捜査には役に立たない」とみなしがちです。そして、実際に犯人の名前やSNS情報が容易に偽造されているのは事実です。純粋な捜査の観点から見れば、ブロックチェーンの取引履歴のような客観的かつ追跡可能な証拠でなければ意味がないと考えるのは、それ自体は正しいことだと言えます。
しかし、本研究が示した重要なポイントは、「加害者の情報をより多く持っている被害者ほど、それが捜査や資金回収に役立つと考え、警察などへ通報する確率が高まる」という被害者心理です。もし私たちが、被害者が必死の思いでまとめた情報を「それは架空のものだから捜査につながらない、無駄だ」と頭から否定してしまえば、彼らは通報へのモチベーションを完全に失い、泣き寝入りしてしまうでしょう。そうではなく、あえて被害者が持っている詳細な情報を否定せず、「それらの情報をすべて持って警察へ行きましょう」と肯定的に勧めることで、被害者は希望を持ち、警察へ被害を届け出るための大きな一歩を踏み出すことができます。
そして何より強調したいのは、警察へ届け出るという行動自体が、この種の犯罪の重要性や規模を警察および社会にアピールする上で極めて重要だということです。たとえ提出した情報が架空の人物が作り上げた嘘の情報ばかりであったとしても、被害が正式に報告されることで、水面下に隠れた膨大な犯罪の暗数の実態が少しずつ明らかになります。
一件一件の被害報告の積み重ねが、「これほど多くの深刻な被害が起きているのだから、捜査リソースの投入や対策を強化しなければならない」という、警察や行政を動かす強力な根拠となるのです。したがって、たとえ手元にあるのが架空の情報であったとしても、被害者が勇気を出して警察に届け出ることは、決して無駄にはならないのです。
用語解説
- 暗号資産詐欺(Cryptofraud / クリプトフラウド): 仮想通貨(暗号資産)を利用した、あるいは標的とした詐欺行為の総称です。詐欺師への支払いに暗号資産が使われるケース(ランサムウェアなど)や、実在しない暗号資産の投資プラットフォームに誘い込んで資金を直接盗み出すケースなど、テクノロジーを悪用した新たな手口が含まれます。
- ブロックチェーン(Blockchain): 暗号資産の基盤となる技術で、取引記録をインターネット上の分散されたデジタル台帳に記録する仕組みです。取引はすべて公開され改ざんが困難なため、詐欺捜査において資金の流れを追跡するための重要な手掛かり(証拠)となります。
- 豚の屠殺(Pig butchering / CryptoRom / ロマンスベイト): ロマンス詐欺と投資詐欺が融合した手口です。SNSやマッチングアプリでターゲットと長期間連絡を取り合い、親密な関係(恋愛感情など)を築いて「丸々と太らせた(信用させた)」後で、暗号資産の投資話を持ちかけて全財産を騙し取る極めて悪質な詐欺手法を指します。
- 暗数(Dark figure / ダークフィギュア): 実際に犯罪は起きているものの、被害者が警察などの公的機関に届け出ないため、公式の犯罪統計には現れない「隠れた犯罪件数」のことです。詐欺被害は被害者の恥じらいや「お金は戻ってこない」という諦めから、暗数が非常に多い犯罪とされています。
- 二次的被害(Secondary victimization): 被害者が警察や周囲の人間に被害を告白した際に、「騙されるほうも悪い」「自業自得だ」と非難されたり(ビクティム・ブレイミング)、心ない対応を受けたりすることで、犯罪そのものによるダメージとは別に、さらに深い精神的な傷を負ってしまう社会的な問題を指します。
| タイトル | Assessing the Correlates of Cryptofraud Victimization Reporting(日本語直訳:暗号資産詐欺被害の通報行動の相関要因の評価) |
| 類別 | Journal Article |
| 筆者 | Thomas J. Holt(ミシガン州立大学 刑事司法学部 教授)Cassandra Cross(クイーンズランド工科大学 教授 / 准学部長) |
| 雑誌名 | Deviant Behavior |
| 発行者 | Routledge |
| 発行日 | 2026年発行 |
| 巻数・ページ | VOL. 47, NO. 2, 313–324 |
| 言語 | 英語 |
| URL | https://www.tandfonline.com/doi/epdf/10.1080/01639625.2024.2435907?needAccess=truehttps://doi.org/10.1080/01639625.2024.2435907 |
| Cite | Holt, T. J., & Cross, C. (2026). Assessing the correlates of cryptofraud victimization reporting. Deviant Behavior, 47(2), 313-324. https://doi.org/10.1080/01639625.2024.2435907 |


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