「この写真、盗まれたものかも?」国際ロマンス詐欺の身元確認の実態と、写真悪用によるもう一つの被害

写真盗用と写真検索 犯罪学
写真盗用と写真検索
犯罪学

“I Suspect That the Pictures Are Stolen”: Romance Fraud, Identity Crime, and Responding to Suspicions of Inauthentic Identities「この写真は盗まれたものだと疑っている」:国際ロマンス詐欺、アイデンティティ犯罪、そして不真正なアイデンティティへの疑念に対する対応
Cassandra Cross, Rebecca Layt

要約

オーストラリア・クィーンズランド工科大学のCassandra Cross先生とRebecca Layt先生による本研究は、国際ロマンス詐欺で相手の偽の身元に疑念を抱いた際、人々がどう対応するかを調査したものです。オーストラリアの詐欺報告ポータルに寄せられた509件の報告を分析した結果、多くの人が画像のリバース検索等のネット検索を用いて相手の嘘を見破っていることがわかりました。しかし、この自己防衛策は、顔写真を盗用されたもう一人の被害者(アイデンティティ犯罪被害者)の写真を詐欺警告サイト等にさらし続け、彼らを二次被害に遭わせるという特異なジレンマを浮き彫りにしています。

研究方法

本研究は、国際ロマンス詐欺のターゲットとなった人々が、相手の身元(アイデンティティ)の真偽に疑問を持った際、どのように疑念に対処しているかを明らかにすることを目的としています。

分析対象(サンプル)には、オーストラリアの消費者保護機関(ACCC)が運営する詐欺報告サイトScamwatchに寄せられたデータが使用されました。2018年7月から2019年7月までの期間に報告された国際ロマンス詐欺案件(2,671件)のうち、相手の不自然な身元に対する疑念や対応に関する自由記述が含まれていた「509件」を抽出しています。手法としては、質的データ分析ソフトウェア(NVivo)を使用し、報告内容から「相手の身元」「自分自身の身元」「第三者の身元」についてのコメントを演繹的にコーディング(分類)しました。被害者が自らネット検索をしたのか、あるいは家族などの第三者に助けを求めたのか、そしてその結果として疑いがどのように裏付けられたのかを、当事者の生の声から丁寧に読み解く質的アプローチが採られています。

この研究でわかったこと

本研究から、国際ロマンス詐欺における被害者の行動と、そこに潜む「新たな社会問題」の2つの重要な事実が判明しました。

第一に、多くの人々が直感的な違和感をきっかけに自ら「ネット検索(特に画像のリバース検索)」を行い、相手の身元を見破る努力をしているということです。写真を検索して「相手が別の名前のSNSアカウントを持っていた」「有名人の写真だった」「詐欺師の警告サイトに同じ写真が掲載されていた」と気付くケースが多く報告されました。さらに興味深いのは、検索しても「一切情報が出てこない(デジタルの足跡がない)」こと自体を不審に思い、相手が実在しない詐欺師だと確信するケースもあった点です。

第二に、「画像を検索して詐欺を見破る」という現在推奨されている防衛策が、別の被害者を苦しめているという残酷なジレンマです。詐欺師は、軍人や医師といった信頼されやすい実在する無関係な人の写真を盗み、偽のプロフィールを作成します(これを「アイデンティティ犯罪」と呼びます)。騙されそうになった人が詐欺師の嘘を暴き、他者に警告しようと詐欺警告サイトに写真をアップすればするほど、写真を盗まれただけの罪のない第三者が「詐欺師の顔」としてネット上に永久に晒され続けることになります。

さらに論文の結論として、今後AI(人工知能)技術が進歩し「実在しない人物の合成画像(ディープフェイク)」が悪用されるようになれば、既存の画像のリバース検索による身元確認は全く通用しなくなるという強い警鐘も鳴らされています。

この論文の社会への貢献

この論文の最大の社会的意義は、国際ロマンス詐欺の被害を防ぐための行動が、意図せずして「写真を盗用された別の被害者」を追い詰める可能性があるという、これまで見過ごされてきた複雑な連鎖に光を当てた点にあります。

私たちはしばしば、詐欺に遭った方を「騙された側にも隙があったのでは」と責めてしまいがちです。しかし本研究は、そうした被害者非難(ヴィクティム・ブレイミング)を退け、当事者たちが自ら懸命に真実を探り、証拠を集めようと格闘している姿に寄り添っています 。同時に、自らの顔写真が世界中で犯罪のダミーとして使われ、見知らぬ人から恨みを買い、就職活動などの社会生活にまで支障をきたす「アイデンティティ犯罪被害者」の終わりのない苦しみにも深い理解を示しています。

行政や警察、カウンセラー、そして支援活動を行うすべての人にとって、「ただネットで画像検索するようにアドバイスすれば解決するわけではない」という本論文の指摘は、極めて重要な意味を持ちます。誰もが「騙される側」にも「身元を盗まれ悪用される側」にもなり得る現代のデジタル社会において、双方が直面する痛みを理解し、さらなるAI犯罪の進化を見据えた包括的な支援体制を築くための、貴重な羅針盤となる論文だといえます。

解説者のコメント 

今回ご紹介した論文が指摘する「写真盗用による第三者の被害」は、決して遠い世界の出来事ではありません。実際、私の周囲にも、アジアで活躍するビジネスパーソンや教育関係者の友人で、写真を無断で詐欺に悪用された経験を持つ人が何人かいます(※この知人の事例は論文外の情報です)。

現代社会において、組織のリーダーや教育者が自社や研究室のホームページに顔写真を掲載することは、信頼を築くためのごく当たり前の行為です。彼らが写真をホームページやSNSに載せていることには何の過失もないのです。しかし、一度デジタル空間にある写真が詐欺師に目をつけられ悪用されてしまうと、被害者自身がそれを完全に食い止めることは事実上不可能です。

本論文でも、写真を悪用されたアメリカの退役軍人男性が、騙された被害者女性たちから毎週のように「なぜ会いに来ないのか」「なぜ約束を守らないのか」といった連絡を受け続け、本人や家族が長年苦しめられている深刻な事例が紹介されています。

当然のことながら、写真を使われてしまったご本人には、詐欺に対する責任は一切ありません。詐欺の被害に遭われ、真実を突き止めたいと願う方々のお気持ちは痛いほどわかりますし、画像のリバース検索がご自身の身を守るための有効な手段であることは間違いありません。しかし、その怒りや追及の矛先が、「写真を盗まれただけの全く無関係な第三者」の平穏な生活を脅かす結果につながってしまうことは、非常に胸の痛む事態です。

詐欺を見破るための便利な技術が、罪のない誰かを追い詰める刃にならないよう、「写真の人物もまた詐欺師による写真盗用の被害者である」という認識が広く社会に浸透し、当事者への直接の接触は控えるといった冷静で優しい配慮が共有されることを、心から願っています。

用語解説

  • アイデンティティ犯罪(Identity Crime): 他人の氏名、生年月日、顔写真などの個人情報を盗み(アイデンティティの盗用)、それを利用して自分を別人に偽ったり、詐欺等の犯罪を犯したりする行為の総称です。
  • 画像のリバース検索(Reverse Image Search): テキストの代わりに「画像」そのものを検索エンジン(Google画像検索やTinEyeなど)に入力し、インターネット上のどこに同じ画像が掲載されているか、元々の出所はどこかを探し出す検索方法です。
  • デジタル・フットプリント(Digital Footprint): 「デジタルの足跡」とも呼ばれ、SNSの投稿、アカウント情報、ウェブサイトへの登録など、個人がインターネット上で活動した結果として残る情報群を指します。
  • ディープフェイク / AI合成画像(Deepfake / Synthetic Images): 人工知能(AI)を用いて生成された、実在しない人物の顔写真や、本物と見分けがつかないほど精巧に合成された偽の動画や画像のことです。既存の画像を加工するだけでなく、ゼロから画像を生成できるため、元の出所が存在せず検索に引っかからないという特徴があります。

タイトル“I Suspect That the Pictures Are Stolen”: Romance Fraud, Identity Crime, and Responding to Suspicions of Inauthentic Identities「この写真は盗まれたものだと疑っている」:ロマンス詐欺、アイデンティティ犯罪、そして不真正なアイデンティティへの疑念に対する対応
類別ジャーナル論文
分野犯罪学、被害者学、サイバー犯罪学
筆者Cassandra Cross(クイーンズランド工科大学 司法学部 / サイバーセキュリティ共同研究センター)Rebecca Layt(クイーンズランド工科大学 司法学部)
雑誌名Social Science Computer Review
発行者SAGE Publications (Social Science Computer Review) 
発行日・巻数・ページ2022年、Vol. 40(4)、p. 955–973(オンライン公開は2021年)1, 3
言語英語
URLhttps://doi.org/10.1177/0894439321999311
CiteCross, C., & Layt, R. (2022). “I Suspect That the Pictures Are Stolen”: Romance Fraud, Identity Crime, and Responding to Suspicions of Inauthentic Identities. Social Science Computer Review, 40(4), 955-973. https://doi.org/10.1177/0894439321999311

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