なぜ人はオンライン詐欺に騙されるのか——被害者と専門家への聞き取りから見えた7つの手口

なぜ人はオンライン詐欺に騙されるのか 被害者学
なぜ人はオンライン詐欺に騙されるのか
被害者学論文解説

Online Frauds: Learning From Victims Why They Fall For These Scams(オンライン詐欺:被害者から学ぶ、なぜ人はこれらの詐欺に騙されるのか)
Mark Button, Carol McNaughton Nicholls, Jane Kerr, Rachael Owen

要約

イギリス・ポーツマス大学のMark Button先生らによる研究論文「Online Frauds: Learning From Victims Why They Fall For These Scams(オンライン詐欺:被害者から学ぶ、なぜ人はこれらの詐欺に騙されるのか)」は、オンライン詐欺の被害者63名(深層面接15名、フォーカスグループ48名)と専門家9名への聞き取り調査をもとに、人がなぜオンライン詐欺に騙されてしまうのかを明らかにした研究です。ロマンス詐欺やオークション詐欺、投資詐欺、なりすまし詐欺など多様な事例を横断的に分析し、「少額・大量ターゲティング」「権威と正当性の演出」「感情への訴えかけ」「恥の感情の利用」「圧力・強要」「グルーミング(懐柔)」「距離を利用した犯行」という7つの手口を抽出した点に、本研究の独自性があります。

研究方法

本研究は、2012年7月から10月にかけてイングランド・ウェールズで実施された3段階構成の調査です。

第1段階:文献レビュー 既存のオンライン詐欺研究を整理し、詐欺がどのように行われているか、犯罪の重大性や加害者の責任、被害者への影響に関する論点を洗い出しました。

第2段階:専門家インタビュー 詐欺対策の最前線で働く専門家9名に対して、約1時間の対面インタビューを実施しました。会話はすべて録音し、逐語で文字起こしされています。

第3段階:被害者への質的調査 本研究の中心となる部分で、2つの手法を組み合わせています。

  • フォーカスグループ(集団インタビュー):オンライン詐欺の被害を受けた48名を対象に、6グループに分けて実施。1グループあたり約2時間、詐欺がどのように行われたか、犯罪の重大性や加害者の責任についての受け止め方、詐欺による被害の実態などを話し合いました。
  • 深層面接(個別インタビュー):ロマンス詐欺や長期にわたる投資詐欺など、特にデリケートな内容や、被害が深刻だった15名を対象に、一人ひとりの経験に寄り添う形で個別インタビューを実施しました。

参加者は性別・年齢・世帯構成・就労状況・健康状態などにおいて多様性が確保されるよう配慮されており、16歳から60歳以上まで幅広い年齢層が含まれています。扱われた詐欺の種類も、ロマンス詐欺、偽のオークション、マルウェア(悪意あるソフトウェア)による被害、脅迫的な迷惑メール、偽物・不良品の購入、代金を払ったのに商品が届かない詐欺、雇用詐欺、投資詐欺、なりすまし詐欺、口座乗っ取りなど多岐にわたります。

研究チームは、こうした複数の手法(トライアンギュレーション)を用いることで、被害者自身の語りという一次データに、専門家の知見や既存文献の知見を重ね合わせ、多角的にオンライン詐欺の実態に迫っています。

この研究でわかったこと

被害者・専門家への聞き取りから、研究チームは詐欺師が用いる代表的な手口を以下のように整理しました。多くの詐欺は、これらの手口を単独ではなく組み合わせて使っている点も指摘されています。

少額かつ大量のターゲティング

多くのオンライン詐欺は、「多数の被害者から少しずつお金を奪う」という原理で成り立っています。1件あたりの被害額が小さいと、被害者は「わざわざ通報するほどでもない」と感じやすく、また通報したとしても捜査機関の優先度が上がりにくいという構造があります。ある参加者は、口座から2ペンスが引き落とされていても「それくらいなら」と見過ごしてしまう、しかしそれが100万人規模で行われれば莫大な利益になる、と語っています。インターネットの登場によって、こうした「薄く広く」集金するビジネスモデルが、電話や郵送に比べて圧倒的に低コストで実行できるようになったことが、被害の拡大を後押ししていると分析されています。

権威と正当性の演出

詐欺師は、プロフェッショナルに見えるウェブサイトを作り込んだり、実在する有名企業のロゴを無断で使用したりすることで、自らを「信頼できる存在」に見せかけます。研究では、実在の決済サービスのロゴが表示されているだけで、被害者が詐欺サイトを本物だと信じ込んでしまった事例が紹介されています。電話口に「本物の担当者」らしき人物が対応することで、さらに信頼が強化されるケースもありました。技術力さえあれば、正規サイトそっくりのページを作ることは難しくないため、この手口は非常に効果的だと指摘されています。

感情(本能的な欲求)への訴えかけ

お金・恋愛・安心・痛みや悲しみといった、人間の根源的な欲求や感情に訴えかける手口です。恋愛関係への期待、投資の満期金、宝くじの当選、安定した収入といった「魅力的すぎる話」を提示し、被害者の心を揺さぶります。ある参加者は「大きなニンジンを目の前にぶら下げられて、楽な生活ができると思い込んでしまった。でも、タダのランチなんて存在しない」と振り返っています。「うますぎる話」に飛びついてしまう背景には、こうした感情面への強い働きかけがあることが示されています。

恥ずかしさを利用した詐欺

詐欺師は、被害者が「恥ずかしくて誰にも相談できない」ような内容の詐欺をあえて仕掛けることがあります。ロマンス詐欺はその典型例で、多くの被害者はオンライン上で性的なやり取りに巻き込まれた経験を打ち明けたがりません。ほかにも、子どものモデル出演の話に費用を払ったが連絡が途絶えたケースや、エスコート業への応募をきっかけにした詐欺なども紹介されています。専門家は、こうした案件では被害者が「家族や友人に知られたくない」という心理から通報をためらいやすいと指摘しており、インターネットはこの種の「言い出しにくい詐欺」の対象者層をさらに広げていると分析されています。

圧力と強要

一部の参加者は、詐欺師から明確な威圧を受けていました。「警察に通報する」といった脅し、時間的な切迫感の演出、執拗な連絡の繰り返しなどがその例です。研究では、パソコンに突然「児童ポルノ閲覧の法律違反」を告げる偽の警告画面が表示され、100ポンドの「罰金」を払うよう求められた男性の事例が紹介されています。身に覚えがないにもかかわらず、「それでも何か処分を受けるのでは」という不安から支払いを検討してしまうなど、恐怖や罪悪感を利用した心理的圧力の強さがうかがえます。

グルーミング(段階的な懐柔)

特にロマンス詐欺で顕著に見られた手口です。最初は少額のお願いから始め、徐々に金額を引き上げていくという段階的な手法がとられていました。専門家インタビューでは、花やeカードといった「贈り物」を送ることで信頼関係を築き、心理的な結びつきを強めていくプロセスについても言及されています。小さな「YES」を積み重ねさせることで、被害者が大きな要求にも応じやすい心理状態を作り出していく点が特徴です。

距離を利用した犯行

インターネットは、詐欺師と被害者の間に物理的な距離を生み出します。被害者が直接抗議しに行くことができず、連絡先が分かっても電話代がかかったり無視されたりします。また、加害者が海外にいる場合、捜査機関にとっても国境を越えた捜査は負担が大きく、対応が後回しにされがちです。この「距離」があることで、加害者は被害者への共感を持ちにくくなる一方、被害者にとっては泣き寝入りせざるを得ない状況が生まれやすくなっている、と指摘されています。

この論文の社会への貢献

行政・法執行機関にとっての意義

本研究は、詐欺被害の「暗数(実際には発生しているが記録・通報されない被害)」の大きさと、その背景にある心理的・構造的要因を具体的に示しています。少額被害の積み重ねが莫大な社会的損失を生んでいる実態を可視化したことは、通報のハードルを下げる制度設計や、国境を越えた捜査協力の必要性を検討するうえで重要な材料となります。

被害者支援・カウンセリングに携わる方々にとっての意義

「恥ずかしさ」ゆえに誰にも相談できず孤立してしまう被害者の存在、そしてグルーミングのように徐々に心理的な支配下に置かれていくプロセスが、被害者自身の言葉で具体的に描かれています。これは、支援者が被害者に接する際、「なぜ気づかなかったのか」「なぜ言われるままにお金を払ったのか」といった被害者非難につながりかねない見方を避け、詐欺師側の巧妙な手口として理解する重要な手がかりになります。

一般市民にとっての意義

本研究が示す7つの手口は、特別な人だけが引っかかるものではなく、「権威がありそうに見える」「今だけ・あなただけ」「うまい話」「急かされる」といった、誰もが日常的に接する可能性のある心理的な仕掛けです。自分や家族がこうしたパターンに接したときに一歩立ち止まって考えるための「見取り図」として、本研究の知見は実用的な価値を持っています。

このように本論文は、オンライン詐欺を「特定の愚かな人が引っかかるもの」ではなく、「巧妙に設計された心理操作の結果、誰もが被害者になり得るもの」として捉え直す視点を提供しており、行政・支援者・研究者・そして私たち一人ひとりにとって示唆に富む内容となっています。

用語解説

グルーミング(Grooming) もともと動物が毛づくろいをして清潔を保ち、信頼関係を深める行為を指す言葉でしたが、犯罪心理学やネット犯罪の文脈では「ターゲットを心理的に手懐け、支配下に置くための準備工作」という意味で使われます。詐欺においては、少額のやり取りや贈り物を通じて徐々に信頼関係を築き、被害者が大きな要求にも応じやすい心理状態を作り出す手口を指します。

フォーカスグループ 複数の参加者を集めて行う集団インタビュー調査の手法です。参加者同士の会話ややり取りから、個別インタビューでは得られにくい多面的な意見や実感を引き出すことができます。

深層面接(デプスインタビュー) 1対1でじっくりと時間をかけて行う個別インタビュー調査です。デリケートな内容や、個人差の大きい複雑な経験を丁寧に聞き取る際に用いられます。

マス・マーケティング詐欺(Mass Marketing Fraud) 郵便、電話、インターネットなどを通じて不特定多数に一斉に接触し、その中の一定割合が応じることを見込んで行われる詐欺の総称です。宝くじ当選詐欺や投資詐欺などが代表例です。

視覚的(内臓的)訴求(Visceral Appeal) 本論文では「visceral appeal」という表現が使われており、理性よりも本能的・感情的な欲求(お金、恋愛、安心感など)に直接訴えかける説得手法を指します。冷静な判断力よりも先に感情を動かすことで、警戒心を弱めることが狙いです。

フィッシング/ビッシング/スミッシング いずれも個人情報をだまし取る社会工学的な手口です。フィッシングは偽のウェブサイトや迷惑メールを使う手口、ビッシングは電話を使う手口、スミッシングはSMS(携帯電話のショートメッセージ)を使う手口を指します。


タイトルOnline Frauds: Learning From Victims Why They Fall For These Scams(オンライン詐欺:被害者から学ぶ、なぜ人はこれらの詐欺に騙されるのか)
論文の種類学術ジャーナル論文(査読誌掲載論文)
論文の分野犯罪学、被害者学
著者Mark Button(ポーツマス大学 Centre for Counter Fraud Studies)、Carol McNaughton Nicholls、Jane Kerr、Rachael Owen(National Centre for Social Research)
論文誌名・発行者Australian & New Zealand Journal of Criminology(オーストラリア・ニュージーランド犯罪学会 発行、SAGE Publications)
発行日・巻数・ページ2014年/第47巻第3号/391-408頁
原著論文の言語英語
URLhttps://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/0004865814521224
CiteButton, M., Nicholls, C. M., Kerr, J., & Owen, R. (2014). Online frauds: Learning from victims why they fall for these scams. Australian & New Zealand Journal of Criminology, 47(3), 391–408. https://doi.org/10.1177/0004865814521224

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