「私たち」意識が被害者非難を強める理由―自己観と公正世界信念の心理学研究

「私たち」意識が被害者非難を強める理由 心理学
「私たち」意識が被害者非難を強める理由
心理学被害者学論文解説

“We Blame Innocent Victims More Than I Do: Self-Construal Level Moderates Responses to Just-World Threats” (日本語訳:「私たち」は「私」よりも罪のない被害者を非難する―自己解釈レベルが公正世界への脅威への反応を調整する)
Jan-Willem van Prooijen, Kees van den Bos

編集部より:本論文は性的暴行や路上強盗といった一般的な犯罪被害を対象とした研究であり、SNS型詐欺やオンライン詐欺の被害者を直接扱ったものではありません。しかし、「なぜ人は罪のない被害者を非難してしまうのか」という心理メカニズムを解明した2009年発表の基礎研究として、詐欺被害者に対するバッシングやセカンドレイプ的な非難がなぜ起こるのかを理解するうえで重要な示唆を与えてくれます。そうした一般的な被害者非難研究の文脈としてご紹介します。学術論文というのは最新のを常にチェックするべきというものではありません。古い先行研究の論文には、重要な要素が含まれていることがあります。

要約

オランダ・自由大学アムステルダム(VU University Amsterdam)のJan-Willem van Prooijen先生と、ユトレヒト大学のKees van den Bos先生による論文”We Blame Innocent Victims More Than I Do: Self-Construal Level Moderates Responses to Just-World Threats”は、人が自分をどう捉えているか(個人としての自分か、集団の一員としての自分か)によって、罪のない被害者への非難の度合いが変わることを実証した研究です。3つの実験を通じて、私(I)という個人的な自己が強く意識されている状態では被害者非難が弱まり、私たち(We)という社会的な自己が強く意識されている状態では被害者非難が強まることが示されました。この効果は、被害者が「公正な世界」という信念を脅かす場合にのみ現れ、脅威が低い場合には見られませんでした。人はなぜ罪のない被害者を非難してしまうのかという、被害者学における根本的な謎に、自己観という新しい視点から光を当てた研究です。

研究方法

この論文は、心理学でよく使われる公正世界信念(Just-World Belief)という考え方を土台にしています。これは、「人は誰しも、自分がしたことに見合った報いを受ける」「善人には良いことが、悪人には悪いことが起こる」という、人間が無意識に抱きがちな信念のことです。罪のない人が理不尽な被害に遭う出来事は、この信念を根底から揺るがす脅威となります。人はこの脅威を和らげるために、無意識のうちに被害者の側にも落ち度があったと考えてしまう――これが被害者非難です。

研究チームは、人の自己認識(自己観・自己解釈)には大きく分けて2つのモードがあると考えました。

  • 個人的自己観:自分を他者とは異なる、独自の存在として捉えるモード
  • 社会的自己観:自分を他者と結びついた、集団の一員として捉えるモード

この2つのモードが、被害者への態度にどう影響するかを、3つの実験で検証しました。

実験1・実験2では、参加者に「街を訪れる話」という短い文章を読んでもらい、文中の代名詞を数えさせるという課題を行いました。ある条件では文章が「私(I)」を主語に書かれており、別の条件では「私たち(We)」を主語に書かれていました。これは、参加者に意識させることなく、個人的自己観または社会的自己観をそれとなく呼び起こす(心理学でいうプライミングという手法)ための工夫です。その後、参加者は性的暴行事件(実験1)またはひったくり事件(実験2)の被害に遭った女性についての説明文を読み、その人物への非難の度合いを尋ねられました。あわせて、「被害者がその後回復したかどうか」「加害者が捕まったかどうか」という情報を操作することで、公正世界信念への脅威が強い状況・弱い状況を作り分けました。

実験3では、より確立された心理尺度(Singelisの自己観尺度)を用いて、参加者一人ひとりが日常的にどの程度「独立的自己観(人との違いを重視するタイプ)」または「相互依存的自己観(人とのつながりを重視するタイプ)」を持っているかを測定し、実験1・2と同様の被害者非難への影響を検証しました。

この研究でわかったこと

「私たち」を意識すると、非難が強まる

実験1・2では、公正世界信念への脅威が強い状況(被害者がその後も苦しみ続けている、あるいは加害者が捕まっていない状況)において、「私たち」という社会的自己観を呼び起こされた参加者は、「私」という個人的自己観を呼び起こされた参加者よりも、有意に被害者を強く非難しました。一方、脅威が弱い状況(被害者が回復した、加害者が捕まった)では、この差はまったく見られませんでした。

個人差としても同じ傾向が確認された

実験3では、日頃から他者とのつながりを重視するタイプの人(相互依存的自己観が高い人)ほど、公正世界への脅威が強いときに被害者をより非難する傾向があり、逆に自分の独自性を重視するタイプの人(独立的自己観が高い人)ほど、非難が弱まる傾向があることが確認されました。この2つの効果は独立して働いており、両方の自己観がそれぞれ別々に被害者非難に影響していることが示されています。

なぜ「私たち」意識は非難を強めるのか

研究チームの説明によれば、社会的自己観が活性化すると、人は他者を自分の延長のように感じ、他者に起きた不正義を自分自身に関わる脅威として、より強く感じ取るようになります。つまり見知らぬ被害者であっても、自分と地続きの存在と感じるからこそ、その人が理不尽な目に遭ったという事実が自分にも同じことが起こりうるという不安を強く呼び覚まし、その不安を打ち消すためにあの人にも落ち度があったのだと結論づけてしまうのです。逆に、個人的自己観が強いときは、他者と自分を切り離して捉えるため、それは自分とは違う世界で起きたこととして処理でき、脅威をあまり感じずに済むため、非難する必要性も薄れます。

非難には「隠れた天井」がある

興味深いことに、3つの実験を通じて、公正世界への脅威そのものが被害者非難を全体的に押し上げるという単純な効果は見られませんでした。著者らは、人にはこれ以上は被害者を責められないという心理的な上限(隠れた天井効果)があるのではないかと考察しています。人は理不尽さを感じても、被害者が意図的に被害を招いたとまでは考えたくないため、非難の度合いには一定の歯止めがかかるというわけです。

この論文の社会への貢献

被害者支援・カウンセリングの現場へ

被害者支援に携わる方々にとって、この研究は「なぜ善意の第三者が被害者を傷つける発言をしてしまうのか」を理解する手がかりになります。悪意からではなく、自分ごととして感じてしまうがゆえの防衛反応として非難が生まれるという知見は、二次被害(セカンドハラスメント)を防ぐための啓発活動や研修プログラムの設計に活用できるでしょう。

報道・SNS上の言説を読み解く視点として

事件報道やSNSでの反応において、「私たちの街で」「同じコミュニティの一員として」といった連帯を強調する語りが、かえって被害者への非難を強める可能性があるという示唆は重要です。メディア関係者や広報担当者が事件を扱う際、集団的な当事者意識を過度に喚起する表現が二次加害につながりうることを意識する一助となります。

行政・司法関係者への示唆

犯罪被害者支援制度の設計や、陪審員・裁判員の心理を理解するうえでも、「自己をどう捉えているか」が判断に影響するという知見は有益です。裁判員裁判のような場において、集団としての一体感が強調される場面では、無意識のうちに被害者への厳しい評価が生まれやすくなる可能性があり、公正な審理を確保するための注意喚起に役立ちます。

一般市民が自分ごととして読むために

私たちは誰しも、ニュースやSNSで理不尽な被害に遭った人を見たとき、無意識にその人にも何か原因があったのではと考えてしまうことがあります。この研究は、そうした反応が特別な冷淡さや悪意からではなく、人間が自分の「公正な世界」への信念を守ろうとする、ごく自然な心理的防衛反応から生まれることを教えてくれます。だからこそ、自分の中にそうした反応が生まれたときに、「これは自分を守るための無意識の反応かもしれない」と一歩立ち止まって考えることが、被害者に寄り添う社会への第一歩になるのではないでしょうか。


用語解説

公正世界信念(Just-World Belief) 人は誰しも自分の行いに見合った結果を受けるはずだ、善人には良いことが、悪人には悪いことが起こるはずだ、という人間が無意識に抱きがちな信念のこと。この信念があるからこそ人は将来のために努力する動機を持てるとされる一方、理不尽な被害に遭った人を見たときに、その信念を守るために被害者側に原因を求めてしまう「被害者非難」を引き起こす原因にもなる。

被害者非難(Victim Blaming) 罪のない被害者に対して、「本人にも落ち度があった」「不注意だった」などと責任の一部を負わせる心理的傾向。被害者を心理的に「自業自得」の存在として捉え直すことで、見ている側が感じる不安や脅威を和らげる機能があるとされる。

自己観・自己解釈(Self-Construal) 自分自身をどのような存在として捉えているかという心理的な枠組み。大きく分けて、他者との違いや独自性を重視する「個人的自己観(独立的自己観)」と、他者とのつながりや類似性を重視する「社会的自己観(相互依存的自己観)」の2種類があるとされる。

プライミング(Priming) 特定の言葉や刺激にさりげなく触れさせることで、本人が意識しないうちに、その後の思考や判断に影響を与える心理学的手法。本論文では「私」または「私たち」という代名詞を含む文章を読ませることで、参加者の自己観をそれとなく誘導している。

独立的自己観・相互依存的自己観(Independent / Interdependent Self-Construal) 心理学者Singelis(1994)が提唱した個人差の尺度。独立的自己観は「他者と違う自分らしさ」を重視する傾向、相互依存的自己観は「周囲との調和やつながり」を重視する傾向を指し、欧米的な個人主義文化と、東アジアなどの集団主義文化の違いとも関連づけて論じられることが多い。


タイトル“We Blame Innocent Victims More Than I Do: Self-Construal Level Moderates Responses to Just-World Threats” (日本語訳:私たちは私よりも罪のない被害者を非難する―自己解釈レベルが公正世界への脅威への反応を調整する)
論文の種類ジャーナル論文(査読付き学術誌掲載論文)
論文の分野社会心理学(公正・正義心理学、被害者学)
著者Jan-Willem van Prooijen氏(VU University Amsterdam:自由大学アムステルダム)Kees van den Bos氏(Utrecht University:ユトレヒト大学)
論文誌名・発行者Society for Personality and Social Psychology(人格・社会心理学会)発行、SAGE Publications
発行日・巻数・ページ2009年(オンライン先行公開2009年8月27日)、Personality and Social Psychology Bulletin誌、35巻11号、1528-1539ページ
原著論文の言語英語
URLhttps://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0146167209344728
Citevan Prooijen, J. W., & van den Bos, K. (2009). We blame innocent victims more than I do: Self-construal level moderates responses to just world threats. Personality and Social Psychology Bulletin, 35(11), 1528-1539. https://doi.org/10.1177/0146167209344728

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