なぜロマンス詐欺と分かっても別れられないのか?男性被害者を縛る愛着症候群と男らしさの呪縛

男性被害者の心理的罠 ジェンダー学
男性被害者の心理的罠
ジェンダー学被害者学

I Knew It Was Wrong But I Stayed: Understanding Emotional Dependency and Revictimization Among Male Victims of Online Romantic Fraud in the Philippines(私が間違っているとわかっていたが、私は留まった:フィリピンのオンラインロマンス詐欺の男性被害者における感情的依存と再被害の理解)Eliho B. Caratao, Elma Fe E. Gupit, Roxanne M. Pascua, Albin A. Ditay

注意:この研究論文は査読プロセスを通過する前の段階であり、完全に確立された学術的コンセンサスではありません。ここでは、被害者支援の立場から新たな視点や仮説』を提示する最新の報告として解説をおこなうもので、まだ学術的に検証された情報として扱ってはいけない段階であることをここでお伝えします。この論文は「クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際ライセンス(CC BY 4.0)」の下で公開されています。したがって、適切なクレジット(著者名、原著のタイトル、URLやDOIなど)を表示すれば、内容を共有・解説すること自体は許可されています。

この論文が提案している被害者の感情や『男らしさ』の葛藤に寄り添うというアプローチ自体は非常に画期的で意義深いため、現在議論されている最先端の知見ということで受け止めていただければと思います。

Reference:
Eliho B. Caratao, Elma Fe E. Gupit, Roxanne M. Pascua et al. I Knew It Was Wrong But I Stayed: Understanding Emotional Dependency and Revictimization Among Male Victims of Online Romantic Fraud in the Philippines,, PREPRINT (Version 1) available at Research Square. doi.org/10.21203/rs.3.rs-9210748/v1

要約

フィリピンJose Rizal Memorial State UniversityのCaratao先生らのグループは、フィリピンの男性がオンラインロマンス詐欺に遭った際、なぜ詐欺だと気づいた後も相手との関係を断ち切れないのか、その心理的・社会的メカニズムを解明した研究をおこないました。被害男性20名への質的インタビューを通じて、発覚後も関係を継続してしまうロマンス詐欺愛着症候群(RFAS)という概念を新たに提唱しました。結果として、喪失の悲しみや男らしさへのプレッシャーが、被害者を関係継続へと駆り立てることが明らかになりました。本研究は、騙されたと気づけば関係は終わるという西洋的な前提を覆し、被害者の感情に寄り添った介入の必要性を訴える画期的なものです。

研究方法 

本研究は、ロマンス詐欺の男性被害者がどのような内面的な経験や葛藤を抱えていたのかを深く理解することを目的としています。調査は、インターネットが急速に普及しつつあるフィリピンのサンボアンガ・デル・ノルテ州で行われました。過去5年間にオンラインロマンス詐欺で5万ペソ以上の金銭的被害に遭った成人男性20名を対象としています。 研究手法としては、超越論的現象学的還元と呼ばれる質的研究のアプローチが用いられました。これは、研究者が自身の先入観をいったん横に置き、参加者の生きた経験ありのままの語りに深く耳を傾ける方法です。社会的な恥や男らしさの規範から、自ら被害を名乗り出ることが難しい男性たちに対し、警察や自治体などからの紹介を通じて慎重に対象者を見つけ出し(目的的スノーボールサンプリング)、1対1の深いインタビューを行いました。そして、得られた語りから被害のきっかけから詐欺発覚、その後のプロセスを丁寧に抽出して分析しています。

この研究でわかったこと

なぜ騙されたと分かっても関係を続けてしまうのか?(RFASの提唱)

 この研究の最も重要な発見は、対象者の過半数(20名中12名)が、相手が詐欺師だと気づいた、あるいは強く疑った後も関係を続けていたことです。Carataoらはこれを「ロマンス詐欺愛着症候群(RFAS)」と名付けました。これは彼らが単に騙されやすいからではなく、以下のような切実な心理的葛藤によるものです。

  • 愛着主導型の継続(7名): 相手が偽物だと疑っていても、これまで費やした時間や愛情がすべて無駄になる、関係が終わる孤独感や喪失感に耐えられず、すべてを失う心の痛みよりは、騙されているかもしれないという不確実性を抱えながら関係を維持する方を選んでしまう状態です。
  • アイデンティティ徴用型の継続(5名): 男としてのプライドから、他人に騙されていると指摘されてもすぐには認められず、自分の判断が間違っていなかったことを証明したい(あるいは自分で確かな証拠を掴みたい)という心理から、あえて自ら関係を継続して真相を探ろうとする状態です。

男らしさと恥がもたらす沈黙と孤立 

調査対象の20名中18名が、被害を警察などの公的機関に届け出ていませんでした。背景には、フィリピン特有の「Hiya(恥)」の文化に加え、男性は経済的な提供者であり、感情的に自立しているべきだという社会的な男らしさ(ヘゲモニック・マスカリニティ)の強いプレッシャーがあります。愛を信じてお金を渡してしまったと知られれば周囲から嘲笑されるという恐怖が、男性被害者を孤立させ、誰にも助けを求められないまま被害を深刻化させていることが浮き彫りになりました。

被害からの回復を促す条件 

一方で、詐欺に気づいた段階で関係を断ち切り、回復に向かった被害者も8名いました。彼らに共通していたのは、「投資額や感情の深入りが比較的浅い段階で気づけたこと」、そして何より「周囲に打ち明けた際に、自己責任だと非難されることなく、温かい社会的サポートを得られたこと」でした。被害者を責めない環境が、立ち直るための強力な後押しとなることが確認されました。

この論文の社会への貢献 

本論文の最大の社会的意義は、これまで騙された側の自己責任単なる認知的な失敗として片付けられがちだったロマンス詐欺被害を、男性特有の心理と社会的な男らしさの規範から紐解き、彼らの実情に即した新たな支援のあり方を提唱した点にあります。

これまで、被害を防ぐための取り組みはいかに偽プロフィールを見破るかという論理的・分析的なアプローチに偏っていました。しかし、感情的な愛着や自尊心の葛藤(RFAS:ロマンス詐欺愛着症候群)に囚われた被害者に対しては、ただ事実を突きつけるだけでは解決になりません。本研究は、男性被害者の特徴に合わせ、以下のような具体的な支援と介入の必要性を強く訴えています。

感情面に寄り添う特別なケアの提供(Emotional-stage intervention) 

男性は経済的に相手を支援するのは男の義務であるという価値観からお金を支払い、騙されたと気づいても、失う痛みを恐れたり、自分の判断ミスを認めたくないというプライドから関係に固執してしまいます。そのため、単なる金銭的詐欺の被害回復を目的とした従来のサポート体制では不十分です。論理で説き伏せるのではなく、感情が深く入り込む前に介入することや、失われた関係性への悲しみ・孤独感に寄り添う、RFASの複雑な心理状態(力学)に基づいた心理的ケアプログラムの再構築が求められます。

安全で匿名の報告システムの整備(Anonymized reporting infrastructure)

調査対象の男性20名中18名が、被害を警察などの公的機関に届け出ていませんでした。その背景には、「こんなことで騙されたと知られれば、世間や家族から男として嘲笑される」という、文化的な「恥(Hiya)」と「男らしさ」のプレッシャーがあります。この強い抑圧による沈黙を破るためには、顔や身元を明かさずに、自尊心を傷つけられることなく相談できる「匿名の報告窓口」を整備することが急務であると提唱されています。

男らしさを理由に責めない環境と、アイデンティティの回復支援 

詐欺から抜け出し、完全に回復できた被害者に共通していたのは、打ち明けた際に、自己責任だと非難されたり、男性としての価値を貶められたりしなかったことでした。周囲が彼らに恥をかかせず温かく受け入れることが、回復への絶対条件となります。また、自分を責める感情を警察に被害届を出すといった建設的で保護的な行動へと転換させ、傷ついたアイデンティティを再構築するためのサポートも非常に有効です。

社会全体へ向けたメッセージ 

行政や警察、支援者の方々は、この論文を通じてなぜ男性が被害を隠し、騙され続けてしまうのかという痛切な葛藤を理解できるはずです。また、一般市民の皆様にとっては、被害者を自業自得だと責めることが、いかに彼らを孤立させ、被害を深刻化させるかを学ぶことができます。自己責任論や男のくせにという文化的な壁を取り除く啓発活動を進め、誰もが嘲笑される恐怖を感じることなく支援を求められる社会を築くことこそが、詐欺被害の連鎖を断ち切る最も強力な一歩となるのです。

用語解説

  • ロマンス詐欺愛着症候群 (RFAS: Romantic Fraud Attachment Syndrome):相手が詐欺師であると認識している、あるいは強く疑っているにもかかわらず、感情的な結びつきを断ち切れず、自らを納得させる理由を見つけて関係を継続してしまう心理的・関係性的な状態のこと。
  • 超越論的現象学的還元:質的研究の手法の一つで、研究者自身が持つ先入観や理論をいったん脇に置き(これをエポケーと呼びます)、対象者が経験した事象そのものの本質や意味を、ありのままに深く捉えようとするアプローチです。
  • ヘゲモニック・マスカリニティ(覇権的男性性):ある社会や文化において、「理想的」とされる男性像のこと。例えば、「男性は家族を養うべきだ」「感情を表に出さず、常に論理的・自立的であるべきだ」といった固定観念を指し、これが男性被害者を精神的に追い詰める要因となります。
  • 認知的不協和:自分の中で矛盾する二つの認知(例:「彼女を深く愛している」と「彼女は詐欺師だ」)を抱えたときに生じる不快感のこと。人間はこの不快感を和らげるために、自分の都合の良いように事実を解釈し直してしまう傾向があります。

タイトルI Knew It Was Wrong But I Stayed: Understanding Emotional Dependency and Revictimization Among Male Victims of Online Romantic Fraud in the Philippines(私が間違っているとわかっていたが、私は留まった:フィリピンのオンラインロマンス詐欺の男性被害者における感情的依存と再被害の理解)
論文の種類プレプリント(ジャーナル投稿・査読前の学術論文)
論文の分野犯罪学、サイバー犯罪学、被害者学
著者Eliho B. Caratao (Jose Rizal Memorial State University), Elma Fe E. Gupit (Misamis University), Roxanne M. Pascua (Jose Rizal Memorial State University), Albin A. Ditay (Jose Rizal Memorial State University)
論文誌名・発行者Research Square PrePrint(査読前の論文)
発行日・巻数・ページ2026年3月25日掲載(プレプリントのため巻数・ページ表記なし)
原著論文の言語英語
URLURL:https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-9210748/v1
DOI:10.21203/rs.3.rs-9210748/v1
CiteEliho B. Caratao, Elma Fe E. Gupit, Roxanne M. Pascua et al. I Knew It Was Wrong But I Stayed: Understanding Emotional Dependency and Revictimization Among Male Victims of Online Romantic Fraud in the Philippines,, PREPRINT (Version 1) available at Research Square

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