逃げたら一つ、晒せば無限──正義の可視化が生むもう一つの暴力

被害者学
被害者学

When Victims Strike Back: Online Fraud Victims’ Response to their Victimization(被害者たちの逆襲:立ち上がったオンライン詐欺被害者たち)
Fyscillia Ream、Akim Laniel-Lanani、Benoît Dupont

要約

モントリオール大学のサイバー犯罪予防研究グループのFyscillia Ream先生らのグループは、オンライン詐欺の被害者がSNS上で自ら正義を追求するデジランティズム(ネット上の自警行為)の実態を明らかにしました。警察などの公的機関から十分な支援が得られない中、オンライン詐欺の被害者たちがFacebookのグループ等を用いてどのように反撃・連帯しているのかを質的調査により分析しています。SNSが詐欺師の告発や被害者同士のケアの場として機能する一方、一般の悪質な商売との混同や、特定の人種・国籍に対する偏見を助長するリスクなど、被害後の詐欺被害者のダークサイドも浮き彫りにされています。被害者の自己責任論を排し、社会システムとしての支援の必要性を強く訴える点で非常に特異かつ意義深い研究です。

研究方法

本研究は、オンライン詐欺が急増した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック期(2020年3月〜2022年10月)を対象に行われました。詐欺師の告発や注意喚起を目的とした、フランス語圏のFacebookページ(30件)および公開・非公開グループ(66件)をサンプルとしています。

調査手法としては、スクレイピングという技術(Pythonというプログラミング言語を用いた自動データ収集)を活用して、SNS上の投稿やコメントを収集しました。その後、NVivoという質的研究(テキストに込められた意味や感情、文脈を読み解く研究)用のソフトウェアを使用し、膨大な書き込みの中から共通するテーマや行動パターンを抽出・分類するという丁寧な手法がとられています。これにより、単なる数字の集計(量的研究)では見えてこない、被害者の生の声や複雑な心理状態が克明に描き出されています。

この研究でわかったこと

収集されたSNSのデータを分析した結果、被害者の行動について大きく分けて4つの重要なポイントが明らかになりました。

詐欺師の告発と「正義」の追求

被害者たちは、警察などが動いてくれないもどかしさから、自らネット上で調査を行い、詐欺師の偽プロフィールや手口を暴いてネット上に公開(告発)しています。一部のコミュニティでは、詐欺師にわざと騙されたふりをして相手の時間を奪い、情報を引き出すスカムベイティングと呼ばれる積極的な反撃行動も見られました。

情報共有と精神的な連帯(ピア・サポート)

告発だけでなく、被害に遭ったお金を取り戻すためのアドバイスを求めたり、証拠となるスクリーンショットを共有したりする行動が頻繁に見られました。被害経験を語り合うことは、同じ境遇の人々への注意喚起になるだけでなく、孤独や自分が愚かだったという自責の念から被害者を救い出す、重要なサポートの場としての役割を果たしています。

詐欺と非倫理的行為の境界線の曖昧さ

一方で課題も発見されました。一般の利用者は法的な詐欺(意図的な金銭の搾取)と、単なる企業の不誠実な対応(返品不可や連絡遅延など)を混同しやすい傾向があります。また、偽装結婚などの問題とロマンス詐欺を同一視するケースも見られ、悪質なビジネスを詐欺として誤って非難してしまうリスクがあることが分かりました。

特定の地域に対する偏見と差別の助長

さらに懸念される点として、一部のグループにおいて詐欺師はアフリカなどの特定の地域から来ているという強い先入観が見られました。西アフリカの詐欺師を指すブルトゥール(Brouteur)という蔑称が使われるなど、ステレオタイプを強化し、人種差別的な偏見を生み出している実態も確認されています(実際には、詐欺師は被害者と同じ地域にも多数存在します)。

この論文の社会への貢献と、わたしたちにできること

本論文は、単にネット上で詐欺被害者が怒っているという現象を分析しただけではありません。国家や社会が被害者をどのように扱い、それがどのような結果を招いているかを鋭く問いかけています。ここでは、論文から導き出される知見と、それぞれの立場から取り組むべき具体的なアクションを解説します。

透明性と「寄り添う姿勢」の再構築

オンライン詐欺の被害者は、警察などの公的機関から何もしてもらえない、冷たくされたと感じ、強い不満と無力感を抱き、それを不当な扱い(不公正)として受け止めています。警察の対応能力に対する不信感と、自分の身は自分で守れという社会的な自己責任化の圧力が、被害者をネット上での自発的な犯人探しや報復行為(デジランティズム)へと駆り立てる根本原因となっています。

警察などの公的機関は、サイバー犯罪の動態や、被害者が直面する特有の苦難を深く理解するための包括的なトレーニングを受ける必要があります。また、被害者の期待を適切に管理するため、警察の捜査能力や対応の限界について、誠実かつ透明性をもって被害者に伝えることが重要です。さらに行政は、被害者がネット上で独自のコミュニティを築いている現状を放置するのではなく、活用すべき未開拓の資源として捉えるべきです。例えば、彼らが集まるSNSのプラットフォーム上で直接介入し、的確な防犯啓発や情報提供を行う戦略の構築が求められます。

サイバー犯罪特有のケア体制の拡充

オンライン詐欺の被害者は、従来の犯罪被害者と全く同じように、深刻な経済的・精神的ダメージ(強い恥や罪悪感、抑うつ、最悪の場合は希死念慮など)を負っています。しかし、被害者がネット上のコミュニティに助けを求めているのは、現実世界の既存の被害者支援窓口(カナダ・ケベック州のCAVACなど)において、サイバー犯罪被害者に対応するための十分なリソースやサービスが欠如しているためです。

被害者が被害に遭ってから立ち直るまでの全プロセスを通じて、感情面、心理面、そして「手続きがどう進むのか」という情報面での継続的なサポートを提供する専用の体制の構築が必要であるといえます。被害者が最も求めているのは敬意と尊厳をもって扱われ、批判されずに話を聞いてもらえることです。被害者が孤独や自責の念から抜け出せるよう、非難の入り込まない安全なケアの場を提供することが急務と言えます。

被害者非難(自己責任論)からの脱却

現代社会には騙される方が悪い、被害者はナイーブで欲深いという被害者非難(Victim Blaming)の風潮が根強く存在します。この風潮が被害者を孤立させ、被害の報告を躊躇させています。また、一般市民によるネット上の正義感(告発行動)は、単なる企業の不誠実な対応を詐欺と誤認させたり、特定の人種(例:アフリカ系の出身者)に対する差別や偏見を助長して無実の人を傷つけたりする危険性をはらんでいます。

詐欺を防ぐ責任は被害者ではなく、詐欺師側にあります。私たちはまず、誰でも被害に遭う可能性があるという前提に立ち、詐欺被害を個人の自己責任として片付けるのをやめる必要があります。被害者が非難を恐れずに被害を報告できるような、温かい社会の雰囲気(エンパワーメント)を作ることが不可欠です。また、SNSで詐欺師の告発情報を見た際には、それが本当に正確な情報か、差別や偏見を助長していないかを冷静に見極め、安易な拡散や私刑(リンチ)に加担しないリテラシーが求められます。

被害者は悪くない。安全な形での支援の活用を

被害者の方々が強い怒りや悲しみ、恥ずかしさを感じているのは、犯罪被害者として当然の心理的反応です。誰かに被害を打ち明け、サポートを求めることは、自尊心を回復し精神的なダメージを乗り越えるための最も有効な手段です。SNSでの被害者同士の連帯は大きな心の支えになりますが、自ら詐欺師を追い詰めるネット上の自警行為は、警察の捜査に必要な証拠を損なったり、誤情報によってトラブルに巻き込まれたりするリスクも伴います。

オンライン詐欺被害に遭った場合、まずは一人で抱え込まず、自身が犯罪の被害者であるという認識を持ち、勇気を持って信頼できる専門機関や支援窓口に助けを求めてください。また、ネット上で情報共有やピア・サポート(当事者同士の助け合い)を利用する際は、自分の安全を第一に考え、法的なリスクや過激な行動(誤情報の拡散など)には慎重になりながら、心の回復のために多くの時間を費やすことをお勧めします。

#2 用語解説

  • デジランティズム(Digital Vigilantism / Digilantism):デジタルと「ビジランティズム(自警行為)」を組み合わせた造語です。国家や警察の力が及ばないと感じた市民が、SNSなどを通じて集団で不正を暴き、対象者をネット上で制裁(実名暴露など)しようとする社会現象を指します。
  • 自己責任化(Responsibilization):犯罪を防ぐ責任を、国家や警察から、市民や民間企業、個人へと転嫁していく政策的な流れのことです。「騙されないように自衛すべきだ」というメッセージが強まることで、被害に遭った人が「自分の不注意だ」と周囲から責められ(被害者非難)、助けを求めづらくなる副作用が指摘されています。
  • スカムベイティング(Scambaiting):詐欺(Scam)に対して罠(Bait)を仕掛ける行為のことです。詐欺被害を防ぐため、あるいは詐欺師に罰を与えるために、騙されたふりをして詐欺師とコンタクトを取り続け、彼らの時間やリソースを無駄にさせたり、手口を暴露したりする活動を指します。
  • マリアージュ・グリ(Mariage gris):フランス語でグレーな結婚を意味し、主に永住権や国籍の取得を目的とした偽装結婚の一種です。双方が合意している偽装結婚(マリアージュ・ブラン=白い結婚)とは異なり、片方が相手の純粋な愛情を利用し、騙して結婚する形態を指します。
  • ブルトゥール(Brouteur):主に西アフリカ諸国から、インターネット経由で詐欺(ロマンス詐欺など)を働く若者たちを指すフランス語圏のスラングです。もともとは草を食べる羊などを意味する言葉ですが、転じて他人の富を労せずして奪う者という意味合いで使われています。

タイトルWhen Victims Strike Back: Online Fraud Victims’ Response to their Victimization(被害者たちの逆襲:立ち上がったオンライン詐欺被害者たち)
論文の種類書籍の章(学術専門書のチャプター)
論文の分野犯罪学、被害者学、サイバーセキュリティ
著者Pascale-Marie Cantin, Fyscillia Ream, Benoît Dupont(モントリオール大学サイバー犯罪予防研究チェアの支援を受けて執筆されています)
論文誌名・発行者University of Ottawa Press(書籍『The Security of Self: A Human-Centric Approach to Cybersecurity』の第11章として収録)
発行日・巻数・ページ2025年発刊、Chapter 11、196~215ページ
原著論文の言語英語
URLhttps://www.jstor.org/stable/jj.37022854.17
CiteReam, F., Laniel-Lanani, A., & Dupont, B. (2025). When Victims Strike Back: Online Fraud Victims’ Response to their Victimization. In E. B. Laidlaw & F. Martin-Bariteau (Eds.), The Security of Self: A Human-Centric Approach to Cybersecurity (pp. 196–215). University of Ottawa Press. https://www.jstor.org/stable/jj.37022854.17

簡単バージョンはこちら

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