“The remote fraud behind the screen: A Qualitative Study of Online and Social Media Fraud in Sweden” (画面の向こう側の遠隔詐欺:スウェーデンにおけるオンラインおよびソーシャルメディア詐欺の質的研究)Erik Oskar Najeeb
要約
スウェーデン・マルメ大学のErik Oskar Najeeb氏による修士論文「The remote fraud behind the screen: A Qualitative Study of Online and Social Media Fraud in Sweden」は、近年急増するオンライン・SNS詐欺の実態と要因を解明することを目的としています。本研究は、過去3年間に詐欺事件に対応してきた警察官、銀行員、IT専門家への質的調査(インタビュー)から、キャッシュレス社会への移行やAI技術の悪用が犯罪をサイバー空間に移行させていること、さらに詐欺による収益が組織犯罪の資金源になっていることを明らかにしました。また、銀行と法執行機関との連携不足といったシステム上の課題も浮き彫りにしており、単なる被害事例の羅列にとどまらず、社会構造の隙間を専門家たちの視点から多角的に描き出している点で、非常に特異で価値の高い研究となっています。
研究方法
本研究は、オンライン詐欺の背後にある要因を深く理解するために、質的研究というアプローチを採用しています。これは、アンケートなどで単に数字や統計を集めるのではなく、現場の最前線で対応にあたる人々の生の声や経験から深い洞察を得るための調査手法です。
サンプル(調査対象者)には、意図的に選ばれた8名の専門家が参加しました。法執行機関を代表する警察官4名、金融機関の対策状況を熟知する銀行員3名、そして技術的な知見を持つITサイバー犯罪の専門家1名です。
調査は半構造化インタビューという手法で行われました。これは、あらかじめ用意した大まかな質問項目に沿いつつも、対象者の回答に合わせて柔軟に深く掘り下げていく対話形式の手法です。得られた大量のインタビューデータは、主題分析(テーマ分析)と呼ばれる手法で分析されました。これは、テキストの中から共通するテーマや意味合い(コード)を系統的に抽出し、詐欺の進化や要因を論理的に分類していく分析方法です。
この研究でわかったこと
巧妙化するSNS詐欺とテクノロジーの悪用
研究参加者たちは、過去3年間でSNS上の偽広告、ロマンス詐欺、投資詐欺(暗号資産など)が爆発的に拡散していると指摘しています。特に注目すべきは、AI(人工知能)や「ディープフェイク(偽造音声や偽造動画)」技術の悪用です。これにより、偽のメールやメッセージを見破ることが極めて困難になっています。また、詐欺師たちは「ダークウェブ」と呼ばれる匿名性の高いネット空間を利用して、ターゲットの個人情報を大量に入手し、一斉に攻撃を仕掛けている実態も確認されました。
現金のない社会が犯罪の現場を変えた
スウェーデンではデジタル化が急速に進み、キャッシュレス決済が当たり前になっています。専門家の一人は、「現金が消えたとき、犯罪の現場も(路上から)インターネット上へと移動した」と語っています。かつての路上強盗が減少した代わりに、人々が日常的に利用するインターネット空間が新たな犯罪の温床となっているのです。
ローリスク・ハイリターンと組織犯罪の資金源
詐欺が急増している大きな理由の一つに、詐欺師たちが「大きな利益を得られる一方で、捕まるリスクや刑罰が比較的軽い」と学習している点が挙げられます。さらに深刻なのは、オンライン詐欺で得た膨大な利益が、銃撃や爆破事件などを引き起こす「組織犯罪ネットワーク」の強力な資金源になっているという事実です。オンライン詐欺はもはや単独犯の小遣い稼ぎではなく、重大な犯罪ビジネスの一部と化しています。
銀行と当局の責任の押し付け合いという死角
詐欺を防ぐためには関係機関の協力が不可欠ですが、現場では連携不足が課題となっています。警察側は「銀行は不審な取引を止めるための優れたアルゴリズムを導入する大きな責任がある」と指摘する一方で、銀行側は「銀行同士の協力は進んでいるが、当局との連携は不十分である」と感じています。このようなシステム上の隙間や非難の応酬が、詐欺師にとって「つけ入る隙」を与えてしまっているのです。
この論文の社会への貢献
本論文が社会に投げかける意義は大きく、以下の点で私たちの認識を新たにしてくれます。
被害者非難(自己責任論)からの脱却
オンライン詐欺の被害に遭うと、「騙された方が悪い」「不注意だった」と被害者を責める風潮が未だに存在します。しかし本研究は、詐欺の手口がAIやディープフェイクによって高度化・巧妙化しており、「誰にとっても見破ることが難しい状態」になっていることを科学的に示しました。孤独や経済的不安といった人間の心理的な隙を突く高度な操作が行われており、被害に遭うのは決して「ITリテラシーが低いから」だけではありません。この事実は、私たちが被害者に寄り添い、心理的な回復を支援する上で極めて重要な根拠となります。
防犯システムの再構築と連携の必要性の提示
本研究は、現場の専門家同士(警察と銀行)の間に存在する認識のズレや連携の壁を率直に浮き彫りにしました。そして、進化するAI詐欺に対抗するためには、防衛側(銀行などの金融機関)も機械学習やディープラーニングといった高度なアルゴリズムを導入し、怪しい取引を自動的に遮断する仕組みを強化すべきだと提言しています。
さいごに
画面の向こう側にいるのは、個人の犯罪者ではなく、高度な技術を駆使する組織的な犯罪ネットワークです。この脅威に立ち向かうためには、行政や警察が法整備と取り締まりを強化し、金融機関が技術的な防壁を築くことが不可欠です。そして、支援者やカウンセラー、医療関係者の皆様には、被害者の心の傷や自責の念を取り除くための温かいケアをお願いしたいと思います。さらに、一般市民の私たち一人ひとりも、この問題を明日は我が身として捉え、正しい知識を持ち、周囲と情報を共有し合うことが最大の防御となります。誰もが安心してデジタル社会の恩恵を受けられる未来に向けて、社会全体で手を携えていく必要があります。
用語解説
- 質的研究(Qualitative Study):アンケートや実験によって数値データを集めるのではなく、対象者へのインタビューや観察を通じて、個人の経験、感情、社会的背景などの「意味」や「プロセス」を深く探求する研究手法です。
- 半構造化インタビュー(Semi-structured interviews):あらかじめ聞きたいテーマや大まかな質問リストを用意しておきつつ、回答者の反応に合わせて質問の順序を変えたり、新しい質問を付け加えたりして、柔軟かつ対話的に進めるインタビュー手法です。
- ディープフェイク(Deepfake):人工知能(AI)を用いて、実在の人物の顔や声を合成し、本物そっくりな偽造動画や偽造音声を作り出す技術のことです。詐欺においては、有名人や家族のふりをするために悪用されます。
- ダークウェブ(Dark Web):専用のソフトウェアを使用しないとアクセスできない、匿名性が極めて高いインターネットの領域です。違法な取引や盗まれた個人情報の売買の温床となっています。
- フィッシング(Phishing):実在する企業や公的機関を装った偽の電子メールやSMSを送信し、偽のウェブサイトに誘導して、クレジットカード情報やパスワードなどの個人情報を騙し取る詐欺の手法です。
- 日常活動理論(Routine Activity Theory / RAT):「動機付けられた犯罪者」「格好の標的(ターゲット)」「有能な監視者の不在」という3つの条件が時間と空間において交わったときに犯罪が発生するという、犯罪学の代表的な理論です。
| タイトル | “The remote fraud behind the screen: A Qualitative Study of Online and Social Media Fraud in Sweden” (画面の向こう側の遠隔詐欺:スウェーデンにおけるオンラインおよびソーシャルメディア詐欺の質的研究) |
| 論文の種類 | 学位論文(修士) |
| 論文の分野 | 犯罪学 |
| 著者 | Erik Oskar Najeeb(マルメ大学 健康・社会学部 犯罪学科) |
| 論文誌名・発行者 | マルメ大学 (Malmö University) |
| 発行日・巻数・ページ | 2025年6月発行、全37ページ |
| 原著論文の言語 | 英語 |
| URL | https://www.diva-portal.org/smash/record.jsf?pid=diva2%3A1971486&dswid=4228 |
| Cite | Najeeb, E. O (2025). The remote fraud behind the screen: A Qualitative Study of Online and Social Media Fraud in Sweden (Master’s thesis). Malmö University, Faculty of Health and Society, Department of Criminology. |


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