救われるために繋がるのか、繋がることで救われるのか~相互支援がもたらすもの

SNS型詐欺被害者の相互扶助 被害者学
SNS型詐欺被害者の相互扶助
被害者学

The Online Mutual Help Practices of Romance Fraud Victims(ロマンス詐欺被害者のオンライン相互支援の実践)
Pascale-Marie Cantin, Fyscillia Ream, Benoît Dupont

要約

モントリオール大学のサイバー犯罪予防研究グループのCantin先生らのグループは、ロマンス詐欺の被害者がオンラインの掲示板でどのように互いに助け合っているかを明らかにしました。3つの主要な詐欺対策フォーラムから1,000件の会話を抽出し、質的データ分析を行なっています。その結果、被害者はフォーラムを利用して自身の体験を語り、孤立感を解消するだけでなく、詐欺師の手口やプロファイルを共有して次なる被害を防いだり、他のユーザーへ助言を提供していることが分かりました。これまでの研究が被害者の特性や脆弱性に焦点を当てていたのに対し、本研究は被害者が主体的にコミュニティを形成し、互いに支え合う回復力に着目している点が非常に画期的です。

研究方法

本研究は、ロマンス詐欺の被害者が事件後にオンラインでどのように互いに助け合い、被害の回復を図っているかを理解することを目的としています。調査のサンプルとして、英語圏と仏語圏で利用されている3つの大規模なオンライン掲示板(ScamWarners、ScamSurvivors、Signal-Arnaques)が選ばれました。研究チームは自動データ収集プログラムを用いてこれらの掲示板からデータを集め、投稿の文字数や閲覧数、返信の多さなどを基準にして、各掲示板から335件ずつ、合計1,000件の会話の流れ(スレッド)を抽出しました。そして、抽出された文章を質的データ分析ソフトウェアに取り込み、帰納的アプローチと呼ばれる、実際のデータから共通するテーマを丁寧に見つけ出す手法を用いて分析しました。その結果、被害者の支援、詐欺師のプロファイルの特定、啓発活動という3つの主要な相互支援のテーマが導き出されました。

この研究でわかったこと

本研究では、被害者たちが掲示板を通じて行っている活動が、大きく分けて3つの重要な役割を果たしていることがわかりました。

声を上げ、孤立を打ち破るピア・サポート

ロマンス詐欺の被害者は、金銭を失うだけでなく、信じていた相手を失うという二重のトラウマを抱えます。騙された自分を恥じて、家族や友人にも打ち明けられず、深い孤立感に陥ることが少なくありません。しかし、匿名の掲示板で自身の体験を告白することで、心の重荷を下ろすことができます。そこには同じ経験をした仲間からの共感や励ましがあり、「自分は一人ではない」と気づくことで、少しずつ事実を受け入れ、回復に向かうことができるのです。

被害者からサバイバーへ:経験者からの力強いアドバイス

掲示板には、初めて被害に遭って混乱している人と、すでに被害を乗り越えようとしている「サバイバー(生存者・回復者)」が混在しています。サバイバーは、自身のつらい経験から得た知識をもとに、現在進行形で詐欺師とやり取りしている人に対して「ただちに関係を断ち切るべきだ」と具体的な助言を送ります。誰かを助け、被害を防ぐという新しい役割を担うことで、サバイバー自身も自己肯定感を取り戻し、自らのつらい経験に前向きな意味を見出しています。

詐欺師の手口を暴き、社会に警鐘を鳴らす市民ネットワーク

フォーラムでは、詐欺師が使っていた偽のプロフィール名、写真、メールアドレス、電話番号などの情報が盛んに共有されています。これにより、現在やり取りしている相手に不信感を抱いた人がインターネットで検索した際、すぐに詐欺だと気づくことができます。さらに、「急に病気の治療費が必要になった」といった詐欺特有の兆候(レッドフラッグ)や、被害後の公的機関への相談窓口なども共有されており、警察に被害届を出しにくい状況下において、この市民による草の根のネットワークが強力な防波堤と啓発の場になっていることが明らかになりました。

この論文の社会への貢献

本論文は、ロマンス詐欺の被害者を単なる「騙された無力な人々」としてではなく、自らの力で立ち直り、他者を助け、社会の安全に貢献する「主体的な存在」として捉え直した点で、極めて大きな社会的意義を持ちます。行政や警察などの当局者にとっては、公的な支援の網からこぼれ落ちてしまう被害者の実態を把握し、こうした草の根の相互支援コミュニティとどのように連携していくかを考えるための重要な示唆となります。また、支援団体や心理カウンセラー・医療関係者の皆様には、当事者同士の支え合いがいかに被害者の深いトラウマからの回復に有効であるかを示す具体的な事例となるでしょう。そして一般市民の皆様にも、インターネット社会における「安全」は、決して国やシステムから一方的に与えられるだけでなく、私たち自身の思いやりと情報共有のネットワークによっても創り出せるという、希望のメッセージとして届くはずです。

国家や警察の限界を補うボトムアップ型の安全の証明

ロマンス詐欺は国境を越えて行われることが多く、警察などの公的機関が国外の詐欺師を逮捕したり、奪われた資金を回収したりするリソースや手段を持たないのが実情です。また、既存の被害者支援機関の枠組みでは、サイバー犯罪被害者が抱える特有のニーズ(デジタル環境特有の恐怖や、恋愛感情を利用されたことへの複雑なトラウマなど)を十分に満たすことができていません。 本論文は、国家や公的機関によるトップダウンの対応が機能不全に陥っている中で、被害者自身がオンラインコミュニティを見つけ、お互いを支え合う「ボトムアップの実践」によって自らの安全と安心(Security of Self)を構築していることを実証しました。これは、サイバーセキュリティを単なる「国家の技術的な防御策」としてではなく、地域社会や当事者主導の「人間中心のアプローチ」として捉え直すべきであるという、非常に重要な問題提起となっています。

被害者像の転換:無力な被害者から主体的なサバイバーへ

これまでの犯罪学や心理学の研究の多くは、オンライン詐欺の被害者をどのような特性を持つ人が騙されやすいかといった脆弱性やプロファイルの観点から、受動的に分析する傾向がありました。 しかし本論文は、被害者が単なる無力な存在のままにとどまるのではなく、自ら助けを求め、そして他者を支援することで主体性(エージェンシー)を取り戻していくプロセスに光を当てています。被害者同士が助け合う専用のフォーラムは、世間の偏見や批判を恐れることなく自己表現できる安全な空間を提供しており、彼らはこうした実践を通じて、一度は奪われた自尊心や自らの人生のコントロール(reclaim power online)をオンライン上で再び取り戻しているのです。

犯罪捜査と学術研究のための新たな情報源の提示

ロマンス詐欺の被害者は、騙されたことへの恥ずかしさや屈辱感から、警察に被害届を出さないことが非常に多く、警察の公式データだけでは実際の被害規模や実態を正確に把握することが困難です。 本論文は、被害者が集う相互支援フォーラムが、詐欺師の手口や偽のプロフィール写真、メールアドレスといったデジタル痕跡の巨大なリポジトリとして機能していることを明らかにしました。これらは、サイバー犯罪捜査におけるオープンソース・インテリジェンス(公開情報を基にした諜報)として活用できる可能性を秘めています。公的なデータでは見落とされがちな最新の犯罪トレンドや実態を把握するための、代替的かつリアルタイムなデータソースを研究者や捜査機関に提示した点は、社会的に大きな貢献と言えます。

行政・支援団体に向けた具体的で実現可能な政策提言

論文の最終段落(10.6節)において、この草の根のピアサポートを社会のシステムとしてどのように保護し、育成していくべきかという具体的な政策提言が行われています。 著者らは、この相互支援の実践が有効であることが確認されれば、政府機関は以下のような形でフォーラムと連携すべきだと提唱しています。

  • 認知度の向上: 公共広告などを通じて、被害に遭った人々に向けて相互支援フォーラムの存在を積極的に周知する。
  • 持続可能性のための資金援助: フォーラムの管理者に資金援助を行い、プライバシー保護の強化や、誹謗中傷などの悪用に対応するためのスタッフ雇用を支援する。
  • 捜査リソースの最適化: 警察などの当局がフォーラム上の議論から最新のトレンドを把握し、被害の大きい多作な詐欺師の特定に捜査リソースを優先的に割り当てる。

従来の警察や被害者支援サービスでは手が届かなかった領域において、政府がこうしたオンラインの当事者コミュニティと協力し、その活動を支援していくための道筋を示したことは、今後の被害者支援行政において極めて実践的な貢献を果たしています。

このように本論文は、被害者の内面的な回復力(レジリエンス)を証明するだけでなく、彼らの活動が社会全体のサイバー防犯システムの一部としていかに重要であるかを論理的に裏付けています。ピアサポートの重要性を広く社会に訴えかける上で、非常に強力な根拠となる論文であると言えます。

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用語解説

  • ロマンス詐欺(Romance Scam / Romance Fraud): マッチングアプリやSNS等を通じて、恋愛感情や親近感を抱かせながら信頼関係を築き、最終的に金銭を騙し取るオンライン詐欺の一種です。
  • 帰納的アプローチ(Inductive approach): あらかじめ決められた仮説に当てはめるのではなく、集められた具体的なデータや事実から共通のパターンを見つけ出し、結論や理論を導き出す研究手法です。
  • 質的データ分析(Qualitative data analysis): 数値化できない文章やインタビュー内容などのデータから、そこに込められた意味や感情、社会的背景などを読み解く分析手法です。
  • ピア・サポート(Peer support): 同じような困難や悩みを経験した当事者(ピア)同士が、対等な立場で共感し合い、互いに支え合う活動のことです。
  • サバイバー(Survivor): 犯罪被害や災害などの困難な状況を経験しながらも、そこから生き延び、立ち直りつつある人々のことを敬意を込めてこう呼びます。
  • レッドフラッグ(Red flags): 直訳すると「赤い旗」ですが、犯罪心理学や危機管理においては「危険を知らせる兆候」や「要注意のサイン」という意味で使われます。

タイトルThe Online Mutual Help Practices of Romance Fraud Victims(ロマンス詐欺被害者のオンライン相互支援の実践)
論文の種類書籍の章(学術専門書のチャプター)
論文の分野犯罪学、被害者学、サイバーセキュリティ
著者Pascale-Marie Cantin, Fyscillia Ream, Benoît Dupont(モントリオール大学サイバー犯罪予防研究チェアの支援を受けて執筆されています)
論文誌名・発行者University of Ottawa Press(書籍『The Security of Self: A Human-Centric Approach to Cybersecurity』の第10章として収録)
発行日・巻数・ページ2025年発刊、Chapter 10、179〜193ページ
原著論文の言語英語
URLhttps://www.jstor.org/stable/jj.37022854.16
CiteCantin, P.-M., Ream, F., & Dupont, B. (2025). The Online Mutual Help Practices of Romance Fraud Victims. In E. B. Laidlaw & F. Martin-Bariteau (Eds.), The Security of Self: A Human-Centric Approach to Cybersecurity (pp. 179-193). University of Ottawa Press. https://www.jstor.org/stable/jj.37022854.16

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