LAUNDERING LOVE: A MULTI-CASE ANALYSIS OF THE EVOLUTION OF ROMANCE SCAM VICTIMS INTO CO-OFFENDING MONEY MULES(愛の資金洗浄:ロマンス詐欺の被害者が共犯のマネーミュールへと進化する過程のマルチケース分析
Christopher K. Huhn
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要約
米国海軍大学院のChristopher K. Huhn氏による修士論文で、オンラインのロマンス詐欺被害者が、なぜ意図せずに資金洗浄(マネーロンダリング)の協力者、いわゆるマネーミュールへと変貌してしまうのか、そのプロセスを解明した研究です。Huhn氏は、犯人と被害者の間で交わされた13万4000件以上のテキストメッセージと被害者へのインタビューを質的に分析し、被害者が犯罪に巻き込まれる過程を理論化しました。研究の結果、犯人は被害者の孤独感につけ込み、虚偽のストーリーを反復して刷り込むことで被害者の認知を歪め、最終的に犯罪への加担を合理化させていることがわかりました。本論文は、被害者を単に騙されやすい人と非難するのではなく、犯人の巧妙な心理操作の仕組みを浮き彫りにした点で特異であり、被害者支援や捜査に新たな視点を提供しています。
研究方法
この研究の目的は、国際ロマンス詐欺の被害者がマネーミュールになる要因と、一部の被害者がそうならない理由を明らかにすることです。Huhn氏は、この複雑な心理プロセスを理解するため、グラウンデッド・セオリーという質的研究の分析手法を採用しました。これは、あらかじめ仮説を立てるのではなく、集めた生のデータそのものからパターンを見つけ出し、理論を組み立てていく方法論です。
サンプルとして、3人の犯人と22人の被害者の間で実際にやり取りされた13万4,910件の過去のテキストメッセージ(うち3人の被害者、は実際にマネーミュールとして活動)を利用しました。また、ロマンス詐欺の被害に遭い、マネーミュールとなった3人の被害者(女性2名、男性1名)への直接インタビューも実施しました。
分析では、メッセージの内容やインタビューの言葉を細かく読み込み、犯人がどのような言葉で被害者を操り(ペルソナの確立・関係の維持・問題解決など)、被害者がどう反応したか(愛する人を助ける・疑問を抱くなど)を分類・整理しました。このように膨大な実際の会話データを丁寧に読み解くことで、一般の社会人にも納得できるような、被害者が追い詰められていく心の動きと犯人の手口の全体像を描き出しています。
この研究でわかったこと
Huhn氏の研究により、被害者がマネーミュールへと仕立て上げられる過程は、単なる騙しではなく、時間をかけた巧妙な心理的操作であることがわかりました。
孤独感と恋愛感情の悪用
多くの被害者は、精神的なサポートやロマンチックなパートナーを求めている状態(情緒的孤独)にありました。犯人は、魅力的な人物(ペルソナ)を演じ、一生一緒にいたいといったコミットメントや情熱的な言葉を日常的に投げかけます。このような密なコミュニケーションを通じて、被害者の生活に深く入り込み、強い精神的な依存関係を作り上げます。
反復による真実効果(Repetition-induced truth)
犯人は、自分がお金持ちである、あるいは海外でトラブルに巻き込まれているといった虚偽のストーリー(前提)を、繰り返し被害者に語ります。心理学的に、人は同じ情報を何度も耳にすると、それを真実だと信じやすくなる傾向があります(反復による真実効果)。犯人はこの人間の認知の仕組みを悪用し、被害者の心の中に彼(女)は本当に困っていて、助けが必要だという強固な信念を植え付けます。被害者が疑問を持ったとしても、犯人はさらに別の言い訳や登場人物(弁護士や家族など)を用意して、話を辻褄が合うように補強します。
愛する人を助けるための「共犯(Co-offending)」
信頼関係と虚偽の世界観が完成すると、犯人は愛する私たちの将来のためにといった理由で、被害者に他人の資金の受け取りや送金を依頼します。被害者は、この時点では法に触れる可能性があると薄々気づくこともありますが(例えば、銀行に嘘の理由を伝えるよう指示されるなど)、すでに構築された愛する人を助けなければならないという強い思いから、その行為を正当化してしまいます。被害者は、詐欺の被害者であると同時に、犯人を愛するがゆえに資金洗浄を手伝う共犯者という複雑な立場に立たされるのです。
この論文の社会への貢献
本論文は、ロマンス詐欺とマネーロンダリングの繋がりを深く掘り下げた点で、非常に大きな社会的意義を持っています。これまで、詐欺の被害に遭い、さらに犯罪の片棒を担がされてしまった人々は、なぜ途中で気づかなかったのか、なぜ犯罪に加担したのかと厳しい非難に晒されることが少なくありませんでした。
しかし、Huhn氏の研究は、それが被害者の愚かさではなく、人間の心理的な弱さや認知の仕組みを突いた、犯人の冷酷で計算し尽くされたグルーミングの結果であることを証明しました。
この知見は、警察や司法当局が被害者を単なる犯罪者としてではなく、心理的な操作を受けた被害者として適切に保護・対応するための重要な枠組みを提供します。同時に、支援者やカウンセラーにとっては、被害者が抱える複雑な葛藤を理解し、より深く寄り添うための助けとなるでしょう。そして一般市民の皆様にも、この犯罪が誰にでも起こり得る巧妙なマインドコントロールであることを知っていただき、社会全体で被害者を孤立させず、犯罪組織の資金源を断つための防波堤を築くきっかけとなることを願ってやみません。
用語解説
グルーミング(Grooming):この言葉は、もともと動物が毛繕いをして清潔に保つ、あるいは信頼関係を深める行為を指していましたが、現代の社会問題(特に犯罪心理学やネット犯罪)においては、「ターゲットを心理的に手懐け、支配下に置くための準備工作」という意味で使われます。本論文では、将来の搾取的な要求に応じさせるために、犯人が意図的に虚偽の前提を繰り返し被害者に刷り込む行為として再定義されています。
マネーミュール(Money Mule):ミュール(ラバ)が荷物を運ぶように、犯罪組織などの他人に代わって不正に得た資金を自身の口座で受け取り、別の口座へ送金・移転する役割を担わされる人々のことを指します。
グラウンデッド・セオリー(Grounded Theory):あらかじめ用意された仮説を検証するのではなく、収集したインタビューやテキストなどの実際のデータから出発し、そこに見られるパターンや概念を積み上げていくことで、新たな理論を構築する質的研究の代表的な手法です。
反復による真実効果(Repetition-induced truth):人間が同じ情報を何度も繰り返し提示されることで、その情報が真実であると錯覚し、信じやすくなる心理学的な認知バイアスのことです。
共犯(Co-offending):一人ではなく、複数の人間が関与して犯罪を実行すること。本論文では、被害者が心理的・感情的な結びつきから、結果的に犯人の詐欺や資金洗浄の計画に加担してしまう状況を説明するために用いられています。
| タイトル | LAUNDERING LOVE: A MULTI-CASE ANALYSIS OF THE EVOLUTION OF ROMANCE SCAM VICTIMS INTO CO-OFFENDING MONEY MULES(愛の資金洗浄:ロマンス詐欺の被害者が共犯のマネーミュールへと進化する過程のマルチケース分析) |
| 論文の種類 | 修士論文 (Master’s thesis) |
| 論文の分野 | 犯罪学、サイバー犯罪学、被害者学 |
| 著者 | Christopher K. Huhn (Naval Postgraduate School) |
| 論文誌名・発行者 | Naval Postgraduate School 米国海軍大学院 |
| 発行日・巻数・ページ | March 2023, 181 pages |
| 原著論文の言語 | 英語 |
| URL | https://static1.squarespace.com/static/5b7ea2794cde7a79e7c00582/t/6608c014f565be5d0ff6ce20/1755622709513/878243+%282%29.pdf |
| Cite | Huhn, C. K. (2023). Laundering love: A multi-case analysis of the evolution of romance scam victims into co-offending money mules (Master’s thesis). Naval Postgraduate School. |


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