Reporting cybercrime victimization: determinants, motives, and previous experiences(サイバー犯罪被害の報告:決定要因、動機、および過去の経験)
Steve van de Weijer, Rutger Leukfeldt, Sophie Van der Zee
要約
オランダ犯罪・法執行研究所(NSCR)のvan de Weijer先生らのグループによる本研究は、サイバー犯罪の被害者が警察に被害を届け出る要因や動機を明らかにすることを目的としています。オランダの一般市民595名を対象に、架空の被害シナリオに対する意向を問う調査と、実際の被害経験に関する自己報告調査を組み合わせて実施されました。その結果、被害を報告するかどうかは犯罪の種類や被害の深刻さに大きく左右されること、また報告したいという意向と実際の報告行動の間に大きなギャップがあることが判明しました。人々の意識を変えるだけでなく、報告の障壁を取り除く実践的な支援の必要性を実証した点に、本論文の特異性と高い価値があります。
研究方法
本研究は、サイバー犯罪の被害者がどのような理由で被害を報告する(または報告をためらう)のかを解明することを目的に実施されました。調査には、オランダのオンライン調査パネルから抽出された595名の一般市民が参加しています。手法として、大きく2つのアプローチを用いています。
1つ目はビネット調査(仮説シナリオを用いた調査)です。回答者にクレジットカードの不正利用やマルウェア感染といった架空の被害シナリオを提示し、もし自分がこの状況に陥ったら警察や関係機関に報告するかを尋ねました。その際、被害の深刻さ(被害額)や、犯人と面識があるかどうか、通報手段(電話かネットかなど)の条件をランダムに変更し、どの要素が行動に影響するかを分析しました。
2つ目は自己報告調査です。過去に実際のサイバー犯罪の被害に遭ったことがあるかを尋ね、その際の実際の報告行動と理由を調査しました。これらを複数の要因から結果への影響度を測る統計分析(回帰分析など)を用いて照らし合わせることで、被害者の心理や行動のリアルな傾向を浮き彫りにしています。
この研究でわかったこと
本研究からは、サイバー犯罪被害に遭った方々が直面する葛藤や行動の傾向について、非常に重要な事実が明らかになりました。
被害の報告を左右する決定要因:どんな犯罪が報告されやすいのか?
被害者が警察や他機関に報告するかどうかは、「犯罪の種類」に大きく影響されることがわかりました。本研究の実際の被害者に対する調査では、犯罪の性質によって報告率に以下のような明確な違いがあることが判明しています。
- 警察に報告されやすい犯罪(主にサイバー実現型犯罪など) 金銭的な実害が明確な犯罪や、対人トラブルを含む犯罪は、比較的警察に報告されやすい傾向があります。過去の実際の被害において、警察への報告率が最も高かったのは「個人情報盗用(アイデンティティ詐欺)」の47.4%でした。次いで、「サイバーストーカー(ネットストーカー)」(30.0%)、「オンライン消費者詐欺」(25.6%)、そして近年社会問題化している**「オンラインデート詐欺(ロマンス詐欺など)」(23.1%)**、「オンラインでの脅迫」(21.9%)と続きます。 オンラインデート詐欺や消費者詐欺などのオンライン詐欺は、明確な金銭的損失を伴う可能性が高いため、純粋なシステムへの攻撃に比べて警察に報告されやすい傾向があります。また、架空のシナリオを用いた調査でも、「クレジットカードの不正利用」は他のサイバー犯罪に比べて圧倒的に警察への通報意向が高いことが示されました。
- 警察に報告されにくい犯罪(主にサイバー依存型犯罪など) 一方で、ITシステム自体を標的とする純粋なサイバー犯罪は、報告率が著しく低いことが浮き彫りになりました。実際に警察に報告された割合は、「ハッキング」で11.7%、「フィッシング」で9.4%、「ランサムウェア(身代金要求型ウイルス)」で5.7%にとどまり、「マルウェア(悪意のあるソフトウェア)感染」に至ってはわずか4.2%という低さでした。
- 警察ではなく「他の機関」へ相談するケース 警察への通報は少なくても、民間機関への相談が多い犯罪もあります。例えば、「フィッシング」被害者の49.7%、「個人情報盗用」被害者の47.4%、「オンライン消費者詐欺」被害者の36.7%は、銀行やクレジットカード会社、オンラインマーケットプレイスの運営者など、警察以外の窓口に被害を報告していることがわかりました。オンラインデート詐欺(ロマンス詐欺)の被害者も、警察(23.1%)よりも他機関(30.8%)へ相談する割合が高いことが示されています。
なぜ報告率にこれほどの違いが生じるのか
研究では、被害額が大きくなるなど「被害が深刻であるほど」報告率が高まることが確認されています。一方でマルウェア感染やハッキングなどの場合、被害者は「自分で解決できる(または解決するしかない)」「どうせ警察に言っても何もしてくれない」と諦めてしまう傾向が強いことが理由として挙げられています。 また、サイバーストーカーなどのように「犯人が自分と面識のある人物」であった場合、被害者は加害者からの報復や関係性の悪化を恐れて、報告をためらってしまう傾向があることも判明しました。オンラインデート詐欺においても、相手に恋愛感情や親密な信頼を抱かされている分、被害を認めて通報することに強い心理的ハードルがあることが推察されます。
「通報したい気持ち」と「実際の行動」の大きなギャップ
さらに注目すべき発見は、被害者の「意図」と「実際の行動」の間にある大きな乖離(ギャップ)です。架空のシナリオ調査では、約3分の2(65.4%)の回答者が「自分が被害に遭ったら警察に報告する」と答えました。しかし、過去に実際の被害に遭った人のうち、警察に報告した人は全体でわずか13.1%に留まりました。いざ自分が被害に直面したとき、戸惑いや様々なハードルから、本来持っていたはずの「通報しよう」という意志を行動に移せなくなってしまう現状がうかがえます。決して「被害者の意識が低いから」通報しないわけではないのです。
警察に相談できない理由と抱える孤独
実際に警察に勇気を出して報告した被害者に対しても、厳しい現実が待ち受けていることがあります。報告した被害者の約半数(48.1%)が、警察の対応に不満を抱いていました。その理由は「問題が解決しなかった」「対応が事務的で冷淡だった(無関心に感じた)」というものです。被害者は恐怖や不安の中で必死に助けを求めているにもかかわらず、その気持ちが十分に受け止められていない状況は、警察への信頼を損ない、被害者の孤立をさらに深めてしまう要因になり得ます。
この論文の社会への貢献
この論文は、サイバー犯罪対策において社会がどう変わるべきかについて、具体的で建設的な提言を行っています。
個人の意識より報告へのハードルを下げる支援へ
これまでサイバー犯罪対策は、被害に遭ったら迷わず警察に相談しましょうといった市民の態度変容(啓発)に重きが置かれがちでした1。しかし本研究は、意図があっても行動できないという「ギャップ」を埋めることこそが重要であると指摘しています。被害者が迷わず助けを求められるよう、物理的・心理的なハードルを取り除くシステム作りが必要です。
官民連携による被害者サポート網の構築
研究では、被害者は警察よりも銀行やクレジットカード会社などの民間サポート窓口に多く相談している事実も示されました。警察組織だけで急増するサイバー犯罪のすべてに対応するのは困難です。だからこそ、警察と民間企業が緊密に連携し、情報を共有しながら対応にあたるネットワークの構築が不可欠であると説いています。
社会が目指すべき姿勢
サイバー空間が日常の一部となった今、誰がいつ被害に遭ってもおかしくありません。行政や警察当局は、被害者の声に耳を傾け、決して無関心な態度をとらない寄り添いの姿勢を示す必要があります。支援者やカウンセラー、医療関係者は、被害者が抱える孤立感や自責の念への心理的ケアの重要性を再認識できるはずです。そして私たち一般市民も、被害に遭った人を決して「自己責任だ」と非難するのではなく、システムや社会全体の課題として捉え、温かく支え合える社会を作っていく。本論文は、そのための確かな道標となるものです。
用語解説
- ビネット調査 (Vignette study):アンケートなどの調査手法の一つで、回答者に短い物語や架空の具体的な状況(シナリオ)を読んでもらい、「もし自分ならどうするか」といった判断を尋ねる方法です。
- 意図と行動のギャップ (Intention-behavior gap):「トラブルに遭ったら報告しよう」と頭では強く思っていても、実際の状況に直面した際にはその通りの行動を起こせる人は一部に過ぎない、という心理学や行動科学の概念です。
- サイバー依存型犯罪 (Cyber-dependent crimes):情報通信技術(IT)の存在が不可欠であり、ネットワークやシステム自体を標的とする新しいタイプの犯罪(ハッキングやマルウェア感染など)を指します。
- サイバー実現型犯罪 (Cyber-enabled crimes):詐欺やストーカーといった従来から存在する犯罪が、インターネットやIT技術の利用によって規模が拡大したり、手口が巧妙化したりしたものを指します。
| タイトル | Reporting cybercrime victimization: determinants, motives, and previous experiences(サイバー犯罪被害の報告:決定要因、動機、および過去の経験) |
| 論文の種類 | ジャーナル論文 |
| 論文の分野 | 犯罪学、被害者学、心理学 |
| 著者 | Steve van de Weijer (Netherlands Institute for the Study of Crime and Law Enforcement)Rutger Leukfeldt (Netherlands Institute for the Study of Crime and Law Enforcement / The Hague University of Applied Sciences)Sophie Van der Zee (Erasmus University Rotterdam) |
| 論文誌名・発行者 | Emerald Publishing Limited (Policing: An International Journal) |
| 発行日・巻数・ページ | 2020年発行(巻数・ページ表記なし) |
| 原著論文の言語 | 英語 |
| URL | https://www.emerald.com/insight/1363-951X.htm |
| Cite | van de Weijer, S., Leukfeldt, R., & Van der Zee, S. (2020). Reporting cybercrime victimization: determinants, motives, and previous experiences. Policing: An International Journal. https://doi.org/10.1108/PIJPSM-07-2019-0122 |


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