“The prevention of online romance scams using a crime script analysis from the victim’s perspective”(被害者の視点からの犯罪スクリプト分析を用いたオンラインロマンス詐欺の予防)
Fangzhou Wang, James D Kelsay
オンラインロマンス詐欺、日本ではしばしば国際ロマンス詐欺・SNS型ロマンス詐欺と呼ばれている犯罪は英国BBCのニュース記事”UK police in Nigerian scam haul“によると少なくとも2007年には存在していました。それがいまだに被害者を出し続けるのはなぜなのか。
被害者がどのような意思決定を下していくのかを時系列で可視化した被害者スクリプトを開発した画期的な論文です。この研究で扱ったオンラインロマンス詐欺は前払金型詐欺(従来型の2007年頃から確認されている前払金型(ミリタリー詐欺や事故・トラブルの偽装)ロマンス詐欺と、投資と恋愛のハイブリッド型の詐欺(いわゆるSNS型投資詐欺の恋愛あり)を含んでいます。
要約
米国テキサス大学のWang先生とKelsay先生(2025)による本研究は、オンラインロマンス詐欺(ORS)の被害を防ぐため、被害者の視点から詐欺の進行プロセスを可視化する被害者スクリプトを初めて開発した画期的な論文です。研究の目的は、詐欺師の手口に対して被害者がどのように意思決定を行うかを解明し、被害を防ぐための具体的な介入ポイントを見出すことです。過去に検証された52件の被害者体験談を質的手法で再分析した結果、詐欺は初期の出会いから真実の瞬間までの5つの段階を経て進行し、それぞれの段階で被害を防ぐ分岐点があることが明らかになりました。本研究は、被害者を非難するのではなく、社会全体やプラットフォームがどのように被害者を守り、支援すべきかという具体的な対策を提言している点に大きな特異性と意義があります。
研究方法
本研究は、被害者が詐欺に巻き込まれていく過程での意思決定を理解し、どこで外部からの介入や支援があれば被害を防げるかを特定することを目的に行われました。
調査サンプルとして、以前の研究で収集された52件の詳細な被害者体験談(女性32名、男性20名)のデータセットが使用されています。これらの体験談は、詐欺被害者が自身の経験を共有するために設けられた、信頼性の高い複数の支援ウェブサイトから収集されたものです。
研究手法としては、質的データ分析というアプローチが採られています。これは、アンケートのような数値データを集めるのではなく、被害者が語るエピソードや感情の動き、詐欺師とのやり取りといった言葉を深く丁寧に読み解く手法です。個々の被害者の体験談を、犯罪スクリプト分析という枠組みを用いて分析しました。被害者が詐欺師と出会ってから金銭を奪われ、最後に詐欺だと気づくまでの心理的な動きや行動パターンを時系列で整理し、共通するプロセスを抽出しています。専門的な統計や難しい用語を極力排し、被害者のリアルな声に寄り添いながら、詐欺の構造を紐解いているのが特徴です。
この研究でわかったこと
この研究では、オンラインロマンス詐欺の進行プロセスが5つの段階(ステージ)に分けられ、それぞれの段階で被害者の行動がどのように詐欺の進行に関わるか、またどこで防ぐことができるかが明らかになりました。
ステージ1:初期の出会い(Initial Encounter)
詐欺師はSNSやマッチングアプリを通じてターゲットに接触し、すぐにアプリ外のプライベートなメッセージツール(WhatsAppなど。補足:日本人ねらいの詐欺ではLINE、韓国人狙いではKakao Talkなどが使われる。)に、やり取りを移そうとします。監視の目を逃れるためです。研究では、ここで通信ツールの移行を拒否することや相手のプロフィール写真を画像検索で確認することが、最初の強力な防衛線になることがわかりました。
ステージ2:関係の絶頂期(Peak of Relationship)
詐欺師は甘い言葉や架空の社会的地位(医師や軍人、経営者など)を用いて、被害者との間に急速に深い精神的・感情的なつながりを築き上げます。ここで被害者は、相手を全面的に信じるか、それとも提供された情報を少し立ち止まって調査するかの選択に直面します。違和感に気づきながらも、巧妙な心理操作によって相手を信じ込まされてしまうことが多いと指摘されています。
ステージ3:転換点(Turning Point)
信頼関係が頂点に達すると、詐欺師は突発的な事故やビジネスのトラブルなどを理由に、突然の金銭援助を求めてきます。この段階が最も重要な分岐点となります。送金を拒否した場合、詐欺師は被害者を脅迫したり、事前に送らせたプライベートな画像を使って脅す(セクストーション)行動に出ることも明らかになりました。
ステージ4:再発(The Relapse)
被害者が詐欺かもしれないと疑い始めた後でも、強い感情的な結びつきや心理的な依存から、再び詐欺師に連絡を取ったり金銭を送ってしまったりする段階です。これは薬物依存や虐待関係の構造に似ており、被害者個人の意思の力だけで抜け出すことは難しく、家族や友人、専門家による強力な外部介入が必要不可欠であることがわかりました。
ステージ5:真実の瞬間(Moment of Truth)
最終的に被害者が詐欺の全貌に気づき、警察や金融機関に助けを求める段階です。しかし、勇気を出して通報しても、警察が犯罪として扱ってくれないなど、公的機関から適切な支援を受けられず、さらなる絶望感や二次的なトラウマを抱える被害者が多いという深刻な実態が浮き彫りになりました。
この論文の社会への貢献
本論文は、詐欺被害の構造を個人の責任に帰するのではなく、社会的なシステムと支援のあり方を見直すための重要な知見を提供しています。
被害者非難からの脱却とシステム的予防の提唱
詐欺被害にあうと、なぜそんな手口に騙されたのかという自己責任論や被害者非難に晒されがちです。しかし本研究は、詐欺師の極めて巧妙な心理操作のプロセスを明らかにすることで、被害者の行動が人間の心理的弱点(孤独感や愛情への渇望など)を突かれた結果であることを論理的に証明しました。また、プラットフォーム企業に対して、身分証明の義務化や、アプリ外への誘導時に警告を出すといった「システム側での対策」の重要性を強く訴えかけています。
支援体制と公的機関の意識改革の必要性
被害者が助けを求めた際、警察等の公的機関がそれを軽視してしまう現状に対して、警鐘を鳴らしています。被害者の精神的・経済的ダメージの大きさを組織全体で理解し、専門の対応部隊の設置や、迅速な被害回復・心理的ケアに向けた体制構築の必要性を論理的に提示しました。
私たちが「自分事」として取り組むために
この論文が提示するプロセスは、誰もが直面し得る脅威です。行政や警察には、より被害者に寄り添った迅速な捜査・支援体制の構築を。支援団体や医療・心理関係者には、被害者の心境が「依存」や「トラウマ」に近い状態であることを理解した専門的なケアを。そして一般市民の皆様には、この犯罪の巧妙な手口を知ることで、ご自身や大切な人を守るための知識を。本研究は、社会全体がオンラインロマンス詐欺という犯罪に対して連携し、被害者を孤立から救い出すための道標となる、極めて社会的意義の深い一編です。
用語解説
- 犯罪スクリプト分析(Crime Script Analysis)もともとは認知心理学の概念を犯罪学に応用したもので、犯罪の準備から実行、事後処理に至るまでの一連の行動や意思決定のステップを「台本(スクリプト)」のように分解して分析する手法です。犯罪のどの段階で介入すれば被害を防げるかを特定するために使われます。
- 質的データ分析数字や統計を用いたデータ分析(量的研究)ではなく、人々の言葉、体験談、インタビューなどの文章(テキストデータ)を深く読み解き、共通のテーマや心理的なメカニズムを見つけ出す研究手法です。
- オンラインロマンス詐欺(ORS: Online Romance Scams)SNSやマッチングアプリを通じて、相手に恋愛感情や親近感を抱かせ、信頼関係を築いた上で金銭を騙し取る詐欺行為のことです。日本語では国際ロマンス詐欺、SNS型ロマンス詐欺などと言われていますが同じものです。
- セクストーション(Sextortion)性的(Sexual)と脅迫(Extortion)を組み合わせた造語です。相手から送らせた私的な裸の画像や動画などを「ネット上にばらまく」と脅して、金銭を要求したり、さらに行動を支配したりする犯罪行為を指します。
- トラウマ・ボンディング(Trauma bonding)虐待や搾取を繰り返す加害者に対して、被害者が恐怖や混乱の中で時折与えられる優しさにすがりつき、心理的に強い依存や愛着を感じてしまう現象です。ロマンス詐欺の「再発」段階でも同様の心理状態に陥ることが指摘されています。
| タイトル | “The prevention of online romance scams using a crime script analysis from the victim’s perspective”(被害者の視点からの犯罪スクリプト分析を用いたオンラインロマンス詐欺の予防) |
| 論文の種類 | ジャーナル論文 |
| 論文の分野 | 被害者学、犯罪学、サイバー犯罪学 |
| 著者 | Fangzhou Wang, James D Kelsay (The University of Texas at Arlington) |
| 論文誌名・発行者 | International Review of Victimology (Sage) |
| 発行日・巻数・ページ | 2025年、1–24ページ |
| 原著論文の言語 | 英語 |
| URL | URL: https://journals.sagepub.com/home/irvDOI: 10.1177/02697580251377100 |
| Cite | Wang, F., & Kelsay, J. D. (2025). The prevention of online romance scams using a crime script analysis from the victim’s perspective. International Review of Victimology, 1-24. https://doi.org/10.1177/02697580251377100 |


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