Denying victim status to online fraud victims: the challenges of being a ‘non-ideal victim’(オンライン詐欺の被害者から被害者としての地位を剥奪すること:「非理想的な被害者」であることの課題)
Cassandra Cross
要約
オーストラリア・クィーンズランド工科大学のCassandra Cross先生による本論文は、著名な犯罪学者Nils Christieの理想的な被害者(Ideal Victim)という概念をオンライン詐欺に適用し、詐欺被害者がなぜ社会から同情や支援を得られにくいのかを考察した研究で、Ideal Victimという本の第13章に掲載されているものです。著者は過去のインタビュー調査などの質的データに基づき、詐欺の手口や被害者の行動を分析しました。その結果、被害者は欲深かった、自業自得だといった偏見に晒され、社会が求める理想的な被害者像から逸脱する非理想的な被害者として扱われていることが明らかになりました。これにより、被害者は正当な支援を絶たれ、警察や周囲からの無理解という深刻な二次被害に苦しんでいると結論づけ、被害者非難(自己責任論)への強い警鐘を鳴らしています。
研究方法
本研究は、社会学的な理論的枠組みを実際のオンライン詐欺(投資詐欺、ロマンス詐欺、宝くじ・遺産詐欺など、日本語でいうSNS型詐欺に相当する)のケースに当てはめる手法で進められました。具体的には、Christieが1986年に提唱した世間から同情され、支援されるに値すると見なされる『理想的な被害者』の5つの条件を評価軸として用いています。そして、著者がこれまでに実施してきたオンライン詐欺被害者へのインタビュー調査(質的研究)で得られた当事者の生々しい証言やケーススタディ(妻を亡くした直後に狙われた高齢男性の事例や、巧妙な偽の投資サイトの事例など)をサンプルとして参照しています。被害者の語りという質的データを深く読み解くことで、目に見える経済的損失だけでなく、被害者が社会や司法システムとやり取りする中でどのような扱いを受け、どのような心理的ダメージを負っているのかという、数字(量的データ)だけでは測れない社会的差別の構造を浮き彫りにしています。
この研究でわかったこと
本研究により、オンライン詐欺の被害者が社会から本当の被害者として認められず、極めて理不尽な状況に置かれている理由が明らかになりました。
Christieの理想的な被害者の条件に照らし合わせると、詐欺被害者は弱く脆弱である(高齢者や孤独な状況にある等)、加害者が大きく悪質な存在である(高度な心理的操作や脅迫を用いる等)という点では条件を満たしています。しかし、以下の点で世間の冷たい偏見に直面します。
- 被害に遭った時の行動がまっとうであるか: 世間は詐欺被害者をうまい儲け話に乗った強欲な人やネット恋愛にうつつを抜かした愚かな人とみなしがちです。加害者がどれほど巧妙に騙したかという事実は無視され、被害者自身の落ち度ばかりが責められます。
- 非難されるはずのない場所にいたか: インターネットやオンラインデートの利用には未だに社会的な偏見があり、そんなサイトを利用しているから自業自得だと見なされてしまいます。
このように非理想的な被害者というレッテルを貼られた結果、被害者には3つの残酷な結末がもたらされることが分かりました。
第一に、被害の矮小化と否定です。警察に相談しても「あなたが自分からお金を振り込んだのでしょう」と自発的な行為として処理され、犯罪被害としてまともに取り合ってもらえないことがあります。
第二に、支援からの排除です。「同情に値しない」と判断されることで、経済的な補償や心理的な回復を助けるサポートシステムへのアクセスが絶たれてしまいます。
第三に、二次被害の発生です。家族や友人からの非難、司法機関の冷たい対応によって、詐欺そのもののショックに加えて、さらに深い絶望とトラウマを負うことになります。
この論文の社会への貢献
この論文の最大の社会的意義は、オンライン詐欺における自己責任論の残酷さを学術的に証明し、被害者に寄り添う視点を提供したことです。詐欺被害は、被害者の不注意や強欲さが原因ではなく、加害者が人間の心理的な隙や優しさを意図的に搾取する悪質な犯罪です。
行政や警察、金融機関などの当局者は、被害者を自らお金を渡した人として事務的に処理するのではなく、高度な心理的操縦を受けた被害者として保護し、支援の網に繋ぐようシステムを見直す必要があります。また、家族や友人、そして一般市民である私たちも、被害者を騙される方が悪いと非難するのをやめなければなりません。誰にでも起こり得るという当事者意識を持ち、恥じることなく助けを求められる温かい社会の土壌を作ることこそが、詐欺被害からの回復と、新たな被害を防ぐための最も強力な防波堤となるのです。
用語解説
- 理想的な被害者(Ideal Victim):ノルウェーの社会学者Nils Christieが提唱した概念。社会や司法システムから「同情され、支援されるにふさわしい」と無条件に認められる被害者の典型的なイメージ(例:昼間に見知らぬ人から突然襲われた、か弱く善良な高齢者など)を指します。現実の複雑な被害実態とは乖離があるものの、社会の偏見を測る指標として現在も用いられています。
- 二次被害:犯罪そのものによる直接的な被害(一次被害)の後、警察の心ない対応や、家族・友人からの非難、メディアの報道など、社会や周囲の人々の無理解な反応によって被害者が新たに受ける精神的・心理的なダメージのことです。(ここで論じている二次被害の他に、一度被害に遭った詐欺被害者が被害者からお金を巻き上げる目的の業者や詐欺グループなどからお金を取られる二次被害とは別のものです。)
| タイトル | Denying victim status to online fraud victims: the challenges of being a ‘non-ideal victim’(オンライン詐欺の被害者から被害者としての地位を剥奪すること:「非理想的な被害者」であることの課題) |
| 論文の種類 | 書籍の分担執筆(Book Chapter / 専門書の一章) |
| 論文の分野 | 被害者学、犯罪学 |
| 著者 | Cassandra Cross (Queensland University of Technology、犯罪学者) |
| 論文誌名・発行者 | Policy Press 『Revisiting the ‘Ideal Victim’: Developments in Critical Victimology』編者: Marian Duggan 等 収録) |
| 発行日・巻数・ページ | 2018年、243–262ページ |
| 原著論文の言語 | 英語 |
| URL | https://doi.org/10.46692/9781447339151.017 |
| Cite | Cross, C. (2018). Denying victim status to online fraud victims: The challenges of being a “non-ideal victim.” In M. Duggan (Ed.), Revisiting the “ideal victim”: Developments in critical victimology (pp. 243–262). Policy Press. https://doi.org/10.46692/9781447339151.017 |

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