なぜ賢い人も騙されるのか?オンライン詐欺に狙われる人間の感情の罠を解説!

感情が判断を狂わせる仕組み 被害者学
感情が判断を狂わせる仕組み
被害者学論文解説

Personality, emotion, and individual differences in response to online fraud(オンライン詐欺に対する反応におけるパーソナリティ、感情、個人差)
Gareth Norris, Alexandra Brookes

要約

ウェールズ・アベリストウィス大学 心理学部のNorris先生とBrookes先生による本論文は、オンライン詐欺における被害者の脆弱性を、性格などの個人的属性だけでなく、感情と情報処理のメカニズムの観点から解き明かそうとした論文です。研究目的は、被害者の意思決定において感情がどのような役割を果たすのかを理解することです。本研究は、既存の心理学の知見を応用し、メッセージに組み込まれた感情(恐怖や報酬)や、メールを受け取った際の被害者のたまたまの気分が、いかに冷静な判断能力を奪うかを理論的に示しました。従来の研究が騙されやすい特定の人がいることに焦点を当てていたのに対し、特定の感情状態においては誰もが騙される可能性があるという普遍的なメカニズムを明らかにした点に、本論文の特異性があります。

研究方法

本論文は、特定のサンプル(参加者)を集めて新たにアンケート調査や実験を行う実証研究ではなく、過去の膨大な心理学・犯罪学の研究論文を統合して、新しい理論的な枠組みを提案するレビュー論文という手法を用いています。

著者らは人間の意思決定に関する有名な心理学の理論である精査可能性モデルなどを、オンライン詐欺の文脈に応用しました。私たちが情報を処理する際には、物事を深く論理的に考えるルートと、感情や直感などの表面的な手がかりで素早く判断してしまうルートの2つがあります。この論文では、詐欺師がいかにして被害者の論理的な思考を停止させ、直感的な判断ルートへと誘導しているのかを、感情の側面から論理的に考察しています。

この研究でわかったこと

本研究からは、詐欺被害は決して本人が不注意だからではなく、人間の心理メカニズムの隙を突かれた結果であることが明らかになりました。主な知見は以下の通りです。

詐欺メッセージが引き起こす感情の罠

詐欺師は、メールの中に口座が凍結されます・今すぐ手続きをといった強い恐怖や焦りを煽る言葉(本質的感情の喚起)を巧みに組み込みます。このようなメッセージを受け取ると、人は考えるモードからすぐに行動しなければというモードに切り替わってしまいます。その結果、メールアドレスの不自然さや言語的にありえないような誤字など、本来なら気づくはずの嘘のサインを見落としやすくなるのです。

被害者のその時の気分が引き金になる

詐欺メールを受け取ったその瞬間に、被害者がたまたまどんな気分だったか(付随的感情)も騙されやすさに大きく影響します。例えば、ポジティブで気分の良い時は、心がリラックスしているため警戒心が薄れ、メールの内容を疑わずに信用してしまう傾向があります。一方で、疲れていたり気分が落ち込んでいる時(認知的な余裕がない時)は、その不快な状態から逃れるために、手っ取り早く判断を下してしまうことが分かっています。

気分と詐欺メッセージの恐ろしい相互作用

著者は、今の気分を維持したい、あるいは回復したいという人間の自然な欲求が詐欺への耐性を変えてしまう可能性を指摘しています。例えば、仕事などでひどく落ち込んでいる時、人は無意識に気分を晴らそうとします。そこに高額当選しましたという甘い言葉(ポジティブな詐欺メッセージ)が届くと、それに飛びついてしまう危険性があります。逆に、現在幸せで良い気分の人は、今の良い状態を失いたくないという思いが強いため、放置すると大切なアカウントを失うといった損失を強調するメッセージに過剰に反応してしまうことが示唆されています。

この論文の社会への貢献

被害者非難(自己責任論)からの脱却

これまで、詐欺に遭うのは高齢だから・騙されやすい性格だからといった偏見が存在していましたが、本論文は詐欺のターゲットはほぼすべての人であり、誰もが被害者になり得ることを示しています。詐欺被害は個人の性格や知能のせいではなく、誰もが持つ自然な感情の働きが利用された結果です。この事実は、被害者を責める風潮を和らげ、自責の念に苦しむ被害者の心を救う大きな意義を持っています。

支援と予防への新しいアプローチ

行政や警察、セキュリティ担当者にとっては、単に怪しいメールに注意と呼びかけるだけでなく、利用者が焦っている時や疲れている時にこそアラートを出すなど、感情に配慮した新しい予防策の必要性を示しています。また、カウンセラーや被害者支援団体にとっては、被害当時の感情状態を理解し、より深い共感を持ってケアにあたるための理論的支柱となります。

自分事としての気づき

詐欺の被害に遭うのは愚かだからでも注意が足りないからでもありません。私たちの誰もが持つ自然な感情が、スクリーン越しに狙われているのです。この研究は、被害者を温かく見守り、社会全体で詐欺という悪意ある罠に立ち向かうための大きな武器となります。私たち一人ひとりが、この心理的メカニズムを自分事として理解し、身近な人を守り合う力に変えていきましょう。

用語解説

  • 精査可能性モデル(Elaboration Likelihood Model: ELM)人が情報を受け取ったときに、どのように心が動かされ、態度を変えるかを説明する心理学のモデルです。情報を深く読み込んで論理的に考える「中心ルート」と、雰囲気や直感、感情などに流されて素早く判断する「周辺ルート」の2つの情報処理プロセスがあるとしています。
  • 本質的感情(Integral emotion)と付随的感情(Incidental emotion)「本質的感情」とは、目にした詐欺メッセージそのもの(「口座が危ない!」などの言葉)によって直接引き起こされる恐怖や興奮のことです。一方、「付随的感情」とは、メッセージの内容とは関係なく、その人がたまたま抱えていた気分(仕事で疲れている、良いことがあって嬉しいなど)を指します。
  • 気分維持・修復の視点(Mood maintenance/mood-repair view)人間には、現在の気分をコントロールしようとする本能があるという考え方です。良い気分の時は「この状態を保ちたい(気分維持)」と願い、悪い気分の時は「早く立ち直りたい、気分を良くしたい(気分修復)」と無意識に行動してしまう心理メカニズムを指します。
  • ヒューリスティック(Heuristics)複雑な問題を解決したり判断を下したりする際に、過去の経験や直感に基づいて「手っ取り早く」答えを出す思考パターンのことです。普段は役立つ便利な脳の仕組みですが、詐欺師はこの「深く考えずに直感で決めてしまう」仕組みを悪用します。
タイトルPersonality, emotion, and individual differences in response to online fraud(オンライン詐欺に対する反応におけるパーソナリティ、感情、個人差)
論文の種類レビュー論文
論文の分野心理学、犯罪学、被害者学
著者Gareth Norris, Alexandra Brookes(Aberystwyth University, Department of Psychology / アベリストウィス大学 心理学部)
論文誌名・発行者Elsevier (Personality and Individual Differences)
発行日・巻数・ページ2021年・Volume 169・Article 109847
原著論文の言語英語
URLhttps://doi.org/10.1016/j.paid.2020.109847
CiteNorris, G., & Brookes, A. (2021). Personality, emotion, and individual differences in response to online fraud. Personality and Individual Differences, 169, Article 109847. https://doi.org/10.1016/j.paid.2020.109847

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