More than Money: Examining the Potential Exposure of Romance Fraud Victims to Identity Crime(お金以上のもの:ロマンス詐欺被害者のアイデンティティ犯罪への潜在的曝露の調査)Cassandra Cross, Thomas J. Holt
要約
オーストラリア・クイーンズランド工科大学のCassandra Cross先生とアメリカ・ミシガン州立大学のThomas J. Holt先生による論文 ”More than Money: Examining the Potential Exposure of Romance Fraud Victims to Identity Crime” は、ロマンス詐欺の被害者が金銭的被害だけでなく、個人情報を悪用される「アイデンティティ犯罪」のリスクにどう晒されているかを調査したものです。オーストラリアの詐欺報告窓口に寄せられた2,699件のデータを統計的に分析した結果、詐欺師に個人情報(名前や住所、身分証など)を伝えてしまった人は、銀行情報の漏洩や実際の金銭的被害に遭う確率が有意に高いことが明らかになりました。本研究は、ロマンス詐欺を単なる金銭の詐取にとどまらず、個人情報悪用という複合的な犯罪の入り口として捉え直す点に特異性があり、被害者への実務的な支援や予防教育の新たな方向性を示しています。
研究方法
本研究の目的は、ロマンス詐欺の標的となった人々が、犯人とのやり取りのなかでどのように個人情報や銀行情報を喪失し、それが金銭的被害とどう結びついているのかを明らかにすることです。
分析のサンプルとして、オーストラリアのオンライン詐欺報告ポータル「Scamwatch」に2018年7月から2019年7月の間に寄せられた自己申告データのうち、分析に適した2,699件が使用されました。
研究手法には、「二項ロジスティック回帰分析」という量的研究(データを使った統計的な分析手法)が用いられました。これは、ある結果(この場合は「銀行情報を失ったか」「金銭的被害があったか」「その両方があったか」の3パターン)が起こる確率に対して、年齢、性別、経済的な困窮状態といった「被害者の個人的な特徴」や、SNSを通じて接触されたか、個人的な詳細情報を渡してしまったかなどの「行動的な特徴」がどのように影響を与えているかを計算する手法です。この手法によって、「どのような状況が重なると被害が深刻化しやすいのか」を客観的に浮き彫りにしています。
この研究でわかったこと
データ分析の結果から、ロマンス詐欺の裏側に潜むいくつかの重要な事実が明らかになりました。
個人情報の提供が、甚大な被害の「引き金」になる
名前、住所、生年月日、あるいは身分証明書のコピーなどの「個人情報」を相手に教えてしまった人は、銀行口座の情報を失ったり、実際に金銭を騙し取られたりするリスクが非常に高くなることがわかりました。恋愛関係を築き、相手を信頼していく過程で、自分を知ってもらおうと情報を共有することはごく自然な人間の感情です。詐欺師はそこに付け込み、巧妙に信頼関係を構築(グルーミング)した上で、聞き出した情報を悪用して金銭を奪い取ったり、さらなる犯罪へと利用したりしているのです。
被害を分けるのは「年齢や性別」ではない
「ロマンス詐欺に引っかかるのは特定のタイプの人(例えば高齢者など)だろう」という思い込みは間違いであることが示されました。年齢や性別といった人口統計学的な特徴は、被害に遭うかどうかの決定的な要因にはなりませんでした。つまり、オンラインで誰かとコミュニケーションを取る以上、誰しもが等しく標的になるリスクを持っているということです。
経済的に困難な状況にある人は、より深刻な被害に直面しやすい
報告時点で「経済的に困窮している」と答えた人は、銀行情報の喪失と金銭的被害の両方を経験するリスクが高いことが判明しました。これは、経済的な不安やストレスを抱えているところに、詐欺師が「未来を良くする」ような魅力的な言葉で近づき、その希望にすがりたくなってしまう心理が働いている可能性などが考えられます(ただし、被害に遭った結果として困窮したのか、因果関係についてはさらなる調査が必要とされています)。
SNSからの接触は金銭被害につながりやすい
ソーシャルネットワーキングサイト(SNS)やオンラインフォーラムをきっかけとして詐欺師と接触した場合、金銭的な損失を被る確率が高まることも示されました。現代の出会いの場として一般的なプラットフォームが、犯罪の温床になっている実態が浮かび上がっています。
この論文の社会への貢献
お金の問題から個人の尊厳と信用の問題へ
この研究の最大の貢献は、ロマンス詐欺を単なる「お金を騙し取られる犯罪」としてではなく、「アイデンティティ(個人の信用や個人情報)が盗まれる犯罪」の入り口として再定義したことです。被害者は、お金と恋人を同時に失う「二重の打撃(ダブル・ヒット)」に苦しむだけでなく、自分名義で勝手にクレジットカードを作られたり借金をされたりする恐怖と戦い続けなければならない可能性があります。
被害者支援のあり方のアップデート
支援者や医療関係者、カウンセラーの方々にとって、この知見は極めて重要です。被害に遭われた方の深い心の傷(トラウマや恥の感情、喪失感)に寄り添う心理的ケアはもちろんのこと、それと同時に「銀行口座の凍結」や「信用情報機関への照会・登録」といった、二次被害を防ぐための迅速で具体的な実務支援をセットで行う必要性があることを強く訴えかけています。
社会全体へのメッセージ
行政や警察が発信する予防啓発のメッセージも、「見知らぬ人にお金を送らないで」という従来のものだけでは不十分です。「どんなに親密になっても、オンラインで出会った相手に身分証や些細な個人情報を渡さないで」という、情報の取り扱いそのものに対する注意喚起が必要です。
ロマンス詐欺の被害者は、決して「騙された本人が悪い」わけではありません。相手の優しさや愛情を信じたいという純粋な気持ちを、プロの犯罪者が組織的かつ巧妙な手口で搾取しているのです。もしご自身や大切な人が被害に遭ってしまったら、決して自分を責めず、一人で抱え込まずに、警察や専門の支援機関(日本では消費生活センターやサイバー犯罪相談窓口など)に助けを求めてください。社会全体で手口への理解を深め、被害者を温かく守り、包み込む環境を作っていくことが今、強く求められています。
用語解説
- アイデンティティ犯罪 (Identity Crime):他人の名前、生年月日、住所、クレジットカード番号などの個人情報(アイデンティティ)を不正に取得し、それを使って勝手に借金をしたり、商品を購入したり、別のアカウントを開設したりするなりすまし犯罪の総称です。
- 二項ロジスティック回帰分析 (Binary Logistic Regression):統計学の分析手法の一つです。ある出来事が「起こるか(1)」「起こらないか(0)」という2つの結果に対して、複数の要因(年齢、性別、特定の行動など)がそれぞれどの程度影響を与えているのかを確率として予測・評価するために使われます。
- Scamwatch:オーストラリア競争・消費者委員会(ACCC)が運営する、国民から詐欺の被害報告を受け付けるオンラインポータルサイトです。ここで集められたデータは、新たな詐欺の手口の分析や、一般市民への注意喚起のために活用されています。
- グルーミング (Grooming):本来は動物の毛繕いを意味しますが、犯罪心理学においては、加害者が標的となる人物(被害者)に優しく接したり、共感を示したりすることで心理的な境界線を下げ、信頼関係を築き上げて操作・支配しやすい状態を作り出す準備工作のことを指します。
| タイトル | More than Money: Examining the Potential Exposure of Romance Fraud Victims to Identity Crime(お金以上のもの:ロマンス詐欺被害者のアイデンティティ犯罪への潜在的曝露の調査) |
| 論文の種類 | ジャーナル論文 |
| 論文の分野 | 犯罪学、サイバー犯罪学、被害者学 |
| 著者 | Cassandra Cross(オーストラリア・クイーンズランド工科大学), Thomas J. Holt(米国・ミシガン州立大学) |
| 論文誌名・発行者 | Routledge (Taylor & Francis Group) |
| 発行日・巻数・ページ | 2023年(オンライン公開日: 2023年3月5日)、Volume 24, Issue 2、107-121ページ |
| 原著論文の言語 | 英語 |
| URL | https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/17440572.2023.2185607 |
| Cite | Cross, C., & Holt, T. J. (2023). More than money: Examining the potential exposure of romance fraud victims to identity crime. Global Crime, 24(2), 107-121. https://doi.org/10.1080/17440572.2023.2185607 |
1) メタディスクリプション:
2) メタキーワード:


コメント