サイバー犯罪学校はいかにして生まれたのか?西アフリカ「ハッスル・キングダム」の歴史と社会構造を読み解く

サイバー犯罪学校はいかにして運れたのか 犯罪学
サイバー犯罪学校はいかにして運れたのか
犯罪学論文解説

From Business Centres to Hustle Kingdoms: Historical Perspectives on Innovative Models of Deviant Education(ビジネスセンターからハッスル・キングダムへ:逸脱した教育の革新的モデルに関する歴史的視点) 
Suleman Lazarus,Adebayo Benedict Soares

要約

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のSuleman Lazarus先生とナイジェリア経済・金融犯罪委員会のAdebayo Benedict Soares先生による論文 ”From Business Centres to Hustle Kingdoms: Historical Perspectives on Innovative Models of Deviant Education” は、西アフリカで問題となっているハッスル・キングダム(サイバー犯罪の訓練アカデミー)の歴史的進化と背景を解明した研究です。本研究は、報道や既存資料の歴史的分析と社会学の「緊張理論」を用い、この非合法な学校がいかにして形成されたかを調査しました。結果として、これらが単なる犯罪組織ではなく、極度の貧困や教育的排除といった社会構造の歪みから生まれた適応戦略であることが明らかになりました。犯罪を個人のモラル低下として片付けず、不平等な社会構造が生み出した「逸脱した革新」として捉え直した点で、非常に特異かつ重要な意義を持つ論文です。

研究方法

この研究は、西アフリカ(特にナイジェリアやガーナ)に存在する「ハッスル・キングダム」と呼ばれるインターネット詐欺の訓練学校が、どのような歴史的・社会的な背景から生まれ、進化してきたのかを理解することを目的としています。

ハッスル・キングダムは地下組織であるため、従来のアカデミックな実地調査や統計データがほとんど存在しません。そこで著者らは、メディアの報道記録、政府機関(警察や汚職対策機関など)の報告書、そして関連する非学術的な文献(いわゆる「グレー文献」)を幅広く収集し、分析する歴史的アプローチを採用しました。

さらに、集められた情報を分析するための理論的な枠組みとして、社会学におけるマートンの「緊張理論」を用いています。緊張理論とは、社会が理想とする目標(例:経済的な成功)と、それを達成するための合法的な手段(例:質の高い教育や安定した雇用)との間に大きなギャップ(緊張状態)があるとき、人々は非合法な手段を用いて目標を達成しようとする、という考え方です。この理論を用いることで、若者たちがなぜ詐欺の訓練学校に集まるのかを、個人の性格のせいにするのではなく、社会構造の問題として論理的に読み解いています。

この研究でわかったこと

本研究では、ハッスル・キングダムの成り立ちと運営の実態について、いくつかの重要な知見が示されています。

ビジネスセンターからサイバー犯罪学校への歴史的進化

ハッスル・キングダムは突然現れたわけではありません。その起源は、1980年代から1990年代にかけてナイジェリアが経済危機に陥った際に登場した「ビジネスセンター」に遡ります。当時は手紙や電話、FAXを用いた詐欺(いわゆる419詐欺など)が行われていました。これがインターネットの普及という技術の進歩とともに高度化し、組織的な訓練カリキュラムを持つ現在の形へと進化を遂げたのです。

正規の教育と雇用の欠如が犯罪を「必要悪」にしている

ナイジェリアなどの国々では、教育費が高額であり、大学を卒業しても仕事がないという深刻な構造的問題があります。実際に逮捕されたサイバー犯罪者の中には、大学教育を受けた者がいないケースも多く報告されています。社会的な成功を夢見ても、合法的なルートが閉ざされている若者にとって、ハッスル・キングダムは短期間で稼ぐスキル(ハッキングやロマンス詐欺の手法など)を教えてくれる「代替的な教育機関」として機能してしまっているのです。

心理的・精神的な支配による組織運営

東南アジアなどで見られるサイバー犯罪組織は、人身売買や物理的な監禁(強制労働)によって成り立っていることが多いですが、ハッスル・キングダムの参加者は基本的に「自発的」です。しかし、物理的な暴力がないからといって自由なわけではありません。ここでは「ジュジュ」と呼ばれる地域の呪術や精神的な操作が用いられ、生徒の忠誠心を縛り、心理的な恐怖を植え付けることで、強力な支配と統制が行われていることが分かりました。

歴史的被害を口実にした犯罪の正当化

 詐欺を行う若者たちは、自分たちの行為を「犯罪」ではなく「歴史的な賠償」だと正当化する文化的ナラティブ(物語)を持っています。過去の奴隷貿易や植民地支配によって西洋諸国に奪われた富を、インターネットを通じて「取り返しているだけだ」と思い込むことで、罪悪感を消し去り、犯罪を正当な行為として美化しているのです。一部のポピュラー音楽もこの価値観を後押ししてしまっています。

この論文の社会への貢献

サイバー犯罪対策への抜本的なパラダイムシフト

これまで、サイバー犯罪対策は「警察による取り締まり」や「技術的なセキュリティの向上」に重きが置かれがちでした。しかし本論文は、根本的な原因が「教育機会の不平等」や「若者の失業」にあることを明確に示しました。対策として、奨学金の拡充や職業訓練の導入など、若者が合法的に経済的自立を目指せるルートを社会が提供することの重要性を提唱しています。これは、行政や政府当局に対して、より包括的な政策立案の必要性を強く訴えるものです。

詐欺ビジネスの構造理解による被害防止と支援への応用

被害者支援団体やカウンセラー、一般の皆様にとって、犯罪者がどのような組織的背景や心理的統制のもとで動いているかを知ることは非常に有益です。加害者が組織的に洗練されたマニュアルを持ち、時には心理的な強制のもとで詐欺を働いているという事実は、「騙された人が悪い」という誤った自己責任論を打ち砕きます。相手は「訓練された犯罪のプロフェッショナル集団」なのです。被害に遭われた方が自分を責める必要は一切ないことを、この研究は裏付けています。

最後に、この問題は決して遠いアフリカの一部の地域の出来事ではありません。彼らが狙うターゲットは、日本を含む世界中の一般市民です。本論文をきっかけに、行政や警察機関は国際的な連携を深め、支援者は被害者の心のケアに寄り添い、そして一般市民の皆様には「手口の背景」を知ることでご自身や身近な人を守るための知識として、ぜひ自分事として受け止めていただきたいと思います。

用語解説

  • ハッスル・キングダム(Hustle Kingdoms): 主に西アフリカ(ナイジェリアやガーナなど)に存在する、インターネット詐欺(ロマンス詐欺、ビジネスメール詐欺など)の手法を教える非合法な訓練学校・組織のこと。
  • 緊張理論(Strain Theory): アメリカの社会学者ロバート・K・マートンが提唱した理論。社会が人々に求める「成功の目標」と、それを達成するための「合法的な手段(教育や職業)」の間に乖離(緊張)があるとき、人々が犯罪などの非合法な手段に走る仕組みを説明するもの。
  • グレー文献(Grey Literature): 学術的な査読付き論文や商業出版物として正式に流通していない文献のこと。政府の報告書、警察の報道発表、メディアの記事などが含まれます。
  • ジュジュ(Juju): 西アフリカに伝わる伝統的な呪術や民間信仰。現代の犯罪においては、被害者を精神的にコントロールしたり、組織内の裏切りを防ぎ、構成員に恐怖心と忠誠心を植え付けるための心理的操作の道具として悪用されています。
  • 419詐欺(419 Scams): 1980年代以降にナイジェリアを起点として世界中に広がった国際的詐欺の手口。ナイジェリア刑法第419条(詐欺罪)に由来します。当初は手紙やFAXで「秘密の資金の受け取りに協力してほしい」と持ちかけ、手数料を騙し取るものでした。
タイトルFrom Business Centres to Hustle Kingdoms: Historical Perspectives on Innovative Models of Deviant Education(ビジネスセンターからハッスル・キングダムへ:逸脱した教育の革新的モデルに関する歴史的視点)
論文の種類ジャーナル
論文の分野犯罪学、社会学
著者Suleman Lazarus(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、サリー大学、西ケープ大学)、Adebayo Benedict Soares(ナイジェリア経済・金融犯罪委員会)
論文誌名・発行者International Society of Criminology
発行日・巻数・ページ2025年オンライン発行(第62巻)、449–468ページ
原著論文の言語英語
URLhttps://www.cambridge.org/core/journals/international-annals-of-criminology/article/from-business-centres-to-hustle-kingdoms-historical-perspectives-on-innovative-models-of-deviant-education/B103B4F174764BCA6F5949A24ADD8FBA
CiteLazarus, S., & Soares, A. B. (2025). From Business Centres to Hustle Kingdoms: Historical Perspectives on Innovative Models of Deviant Education. International Annals of Criminology, 62, 449–468. https://doi.org/10.1017/cri.2025.1

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