被害者を責めてしまうのはなぜ?「自由意志」の信念と被害者非難の意外な関係

自由意志の信念と被害者非難 心理学
自由意志の信念と被害者非難
心理学論文解説

Free to blame? Belief in free will is related to victim blaming(非難する自由?自由意志への信念は被害者非難に関連する)
Oliver Genschow, Benjamin Vehlow

要約

ドイツ・ケルン大学のOliver Genschow先生とBenjamin Vehlow先生による論文”Free to blame? Belief in free will is related to victim blaming”は、人々が「人には自由意志がある」と信じる度合いが、「被害者が被害に遭ったのは自己責任だ」と責める心理(被害者非難)にどう影響するかを明らかにした画期的な研究です。これまで自由意志の信念は、犯罪者の処罰感情を高める要因として注目されてきましたが、本研究は初めて被害者側へと視点を向けました。3つの調査の結果、自由意志を強く信じる人ほど、被害者をより強く非難する傾向があることが判明しました。さらにこの関連性は、政治的保守性や宗教観、公正世界信念などの他の要因を除外しても一貫して確認されており、被害者が二次受傷に苦しむ背景にある心理メカニズムに新たな光を当てています。

研究方法

本研究は、人間が自らの行動を自由に選択できるという「自由意志」への信念と、被害者非難との関連性を調べることを目的としています。インターネットを通じて募集した一般の成人を対象に、3つの量的研究(アンケートや心理実験による統計調査)を実施しました。

Study 1(実験的研究)

アメリカの参加者480名を対象に、脳科学に関する実験ビデオを視聴してもらいました。これにより「人間には自由意志はない」という考えを一時的に植え付けるグループと、「自由意志はある」という考えを補強するグループの2つに分けました。その後、強盗、交通事故、HIV感染などの架空の被害ストーリーを読んでもらい、被害者をどれくらい責めるかを7段階で評価してもらいました。

Study 2(相関研究)

ドイツの参加者312名に対して、ビデオ等による実験的な操作は行わず、個人がもともと持っている「自由意志への信念の強さ」と「被害者非難の傾向」の関連(相関関係)を純粋に調査しました。

Study 3(要因を統制した大規模相関研究)

アメリカの参加者628名という大規模なサンプルを用いました。ここでは、人が持つ「世界は公正であるべきだ」という信念(公正世界信念)や、宗教観、政治的なイデオロギー(保守主義)といった、これまで被害者非難と関連するとされてきた他の要因も同時に測定しました。これにより、他の要因の影響を統計的(回帰分析という手法)に差し引いたとしても、自由意志への信念が独自に被害者非難を引き起こしているかを確認しました。

この研究でわかったこと

自由意志を強く信じるほど、被害者を責めてしまう

3つの研究すべてを通して一貫して見られたのは、人間は自分の行動を完全にコントロールできるという自由意志の信念が強い人ほど、犯罪や事故の被害者に対して「自業自得だ」「被害者にも落ち度があった」と責める傾向が強いということでした。自由意志を信じる人は、他者の行動の背景に明確な「意図」や「責任」を見出しやすいため、結果として被害者のちょっとした不注意すらも過大に評価してしまうのだと考えられます。

世界は公正であるという信念やイデオロギーとは独立した要因である

被害者非難については、これまで「悪いことをすれば悪いことが起きるはずだ(世界は公正である)」と信じたい心理(公正世界信念)や、宗教的な考え方、保守的な政治イデオロギーが原因になると言われてきました。Study 3ではこれらを同時に測定しましたが、自由意志への信念はこれらの要因とは別に、独自に被害者非難を強める力を持っていることが統計的に証明されました。つまり、被害者を責める心理は単なる偏見やイデオロギーだけでなく、「人間観」そのものに深く根ざしているのです。

人間の信念を一時的に変えることの難しさ

興味深いことに、Study 1の実験においてビデオで人為的に「自由意志はない」と思い込ませようとした試みでは、被害者非難の度合いを劇的に下げることには繋がりませんでした。これは、人間の長年培われた自由意志への信念や他者への評価プロセスが、一時的な情報のインプットだけでは簡単に覆らないほど強固であることを示唆しています。

この論文の社会への貢献

被害者非難の心理的背景の理解と二次受傷の防止

被害に遭った方々が最も苦しむのは、直接の被害そのものだけでなく、周囲からの「あなたにも隙があったのでは?」という心ない言葉(二次受傷)です。本研究は、そうした言葉を発する人々が必ずしも悪意を持っているわけではなく、「人間には自由意志があり、自分の身は自分で守れるはずだ」という強い信念(人間への過剰な信頼)から無意識に被害者を責めてしまっている構造を明らかにしました。

支援者や専門家自身の無意識のバイアスの見直し

私たち支援者や、警察、医療関係者、カウンセラーといった専門家も、日々「自立」や「自己決定」を重んじるがゆえに、自由意志の信念を強く持っている可能性があります。この研究は、専門家自身が「私は無意識のうちに被害者の責任を過大に見積もっていないだろうか」と自己点検するための重要な鏡となります。

誰もが安心して生きられる「責めない社会」へ向けて

本研究の成果は、被害者非難の深層に横たわる「自由意志」の信念が持つ影響を浮き彫りにしただけでなく、その価値観が極めて強固で容易には揺るがない性質を持つことを示唆しています。これは決して「だから被害者非難は仕方がないのだ」ということを意味しているのではありません。自らの意思で行動を決定できるという確信が、いかにして他者の振る舞いに対する「意図的である」という認識を歪め、最終的に非難へと結びついていくのか、そのより詳細な心理プロセスを直接的に解明していくことが求められるでしょう。

私たちはしばしば、自分自身が理不尽な被害に遭う可能性を否認し、心の平穏を保とうとするあまり、「被害者側に油断があったのではないか」という思考に陥りがちです。しかし現実には、個人の自由な選択や努力の及ばない不条理な暴力や災難が厳然として存在します。行政や法執行機関、支援の現場に携わる人々、そして社会を構成する一人ひとりがこの心理的バイアスを自らの課題として認識することは、被害に遭った方々を孤独から救い出し、真に共感的な社会を築くための重要な契機となるでしょう。

用語解説

自由意志 (Free will) 人間が外部からの強制やあらかじめ決まった運命に縛られず、自分自身の意思で考え、行動を選択できるという信念のことです。社会の道徳や法律の根幹をなす考え方ですが、強すぎると「すべて自己責任である」という思考に結びつくことがあります。

被害者非難 (Victim blaming) 犯罪や事故の被害に遭った人に対して、「夜遅く出歩いていたからだ」「服装が派手だったからだ」などと、被害者側にも責任や落ち度があったとして非難する行為や心理傾向を指します。

公正世界信念 (Belief in a just world) 「世界は公正であり、善い人には善いことが、悪い人には悪いことが起きる」と信じたい心理のことです。この信念を持つ人は、無実の人が理不尽な被害に遭う現実を受け入れがたく、心のバランスを保つために「被害者にも何か悪いところがあったはずだ」と思い込んでしまう傾向があります。

量的研究 / 回帰分析 量的研究とは、アンケート等で得られた回答を数値化し、統計的に分析する研究手法のことです。その中で使われる「回帰分析」は、ある結果(今回は「被害者非難」)に対して、複数の原因(自由意志、宗教観、イデオロギーなど)がそれぞれどのくらい影響を与えているかを個別に割り出すための計算手法です。

決定論・二元論 本論文の尺度で扱われている概念です。「決定論」は人間の行動は過去の出来事や環境によってあらかじめ決まっているという考え方。「二元論」は人間の心(魂)と身体(脳)は別々のものであるという考え方を指します。


タイトルFree to blame? Belief in free will is related to victim blaming(非難する自由?自由意志への信念は被害者非難に関連する)
論文の種類ジャーナル論文
論文の分野心理学・社会心理学・犯罪心理学
著者Oliver Genschow, Benjamin Vehlow (University of Cologne / ドイツ・ケルン大学)
論文誌名・発行者Elsevier (Consciousness and Cognition誌)
発行日・巻数・ページ2021年 (記事番号 103074)
原著論文の言語英語
URLhttps://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1053810020305419
CiteGenschow, O., & Vehlow, B. (2021). Free to blame? Belief in free will is related to victim blaming. Consciousness and Cognition, 103074. https://doi.org/10.1016/j.concog.2020.103074

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