被害者は「理想的」でなければ警察から共感されないのか?〜手続き的公正と被害者支援〜

被害者は理想の被害者でなければ警察から共感されない? 犯罪学
被害者は理想の被害者でなければ警察から共感されない?
犯罪学論文解説

The significance of victim ideality in interactions between crime victims and police officers(犯罪被害者と警察官の相互作用における被害者の理想性の意義)
Miguel Inzunza

本研究は、詐欺被害に特化したものではなく、あらゆる犯罪の被害者を対象とした包括的な調査です。しかし、そこから導き出された知見は、警察や相談窓口における詐欺被害者への接し方はもちろん、巧妙に騙されて図らずも加害者に仕立て上げられた人々がいかにして無実を証明すべきかといった、現代的な課題に対しても重要な示唆を与えてくれます。

要約

スウェーデン・ウメオ大学のMiguel Inzunza先生による本論文は、犯罪被害者が警察と初めて接触する際の対応において、理想の被害者という像がどのような影響を及ぼすかを検証したものです。南米コロンビアの犯罪被害者約300名を対象としたアンケート結果を統計的に分析したところ、社会が抱く「理想の被害者」のイメージに近い人物ほど、警察官からの共感をより強く実感していることが判明しました。反対に、このステレオタイプから外れる被害者は共感を得にくく、結果として必要な支援情報の提供も受けにくいという実態が浮き彫りになっています。研究の多くが欧米圏に偏る中で、南米という文脈から被害者支援と手続き的公正の課題を実証した、極めて重要な研究といえます。

研究方法

Inzunza先生は、警察との初期のやり取りを客観的に評価するため、過去5年以内に被害を経験し警察と接触したコロンビアの都市部および農村部の被害者323名を対象にデジタル調査を行いました。分析にあたっては、理想の被害者度警察から受けた共感度を測定する独自の尺度を開発し、目に見えない心理的要因の相関を解明する構造方程式モデリングという統計手法を用いています。さらに、年齢、性別、発生曜日、地域の治安といった多様な背景要因をモデルに組み込むことで、警察の対応や被害者の受け止め方に影響を与える要素を多角的に検証しました。

この研究でわかったこと

理想の被害者ほど警察から共感されやすい

分析の結果、被害者が社会的に認知されやすい理想の被害者の特徴を強く持っているほど、警察からより共感的な対応を受けたと感じていることがわかりました。これは、被害者に落ち度がないかのように見えるステレオタイプに当てはまらない被害者に対しては、警察官が無意識のうちに共感や配慮を欠いた対応をしてしまう傾向があることを示唆しています。

警察の共感が支援へのアクセスを左右する

警察官が共感的な対応をとったと被害者が感じたケースでは、被害者がその後の心理的・法的な支援に関する情報を提供される確率が1.7倍も高まることが判明しました。つまり、警察の初期対応における共感の有無は、被害者が適切な支援に繋がれるかどうかという重要な結果に直結しているのです。また、電話よりも対面での接触のほうが情報提供を受けやすいことも分かりました。

被害後の人生への影響と地域の治安

被害者が受けた犯罪のダメージは、理想の被害者の特性を持つ人や、治安が悪いと感じている地域に住む人ほど、その後の人生に深刻な影響を及ぼしていることも示されました。安全な環境が日常的に保障されていないことへの不安や格差が、トラウマからの回復をより困難にしている可能性が指摘されています。

この論文の社会への貢献

警察実務における手続き的公正の重要性の再確認

本研究は、警察官が被害者の状況や背景によって態度を変えてしまう、あるいはそう受け取られてしまうリスクをデータで可視化しました。被害者がどのような背景を持つ方であっても、中立で敬意を持った対応をするという手続き的公正の原則が、実務においていかに重要であるかを物語っています。警察の教育研修にこの知見を取り入れることで、バイアスを自覚した公平な対応を促進することが期待されます。

被害者支援の構造的な見直しへの貢献

被害者が社会の求める理想的な姿でないからといって、苦しんでいないわけではありません。しかし、現実のシステムでは共感や支援へのアクセスに差が生じてしまっています。支援団体や行政は、警察経由のルートに頼るだけでなく、多様な背景を持つ被害者が等しく支援情報にたどり着けるような包括的な仕組みづくりが求められます。

誰もが自分事として考える社会へ

犯罪被害は突然、誰にでも起こり得ます。被害に遭ったとき、周囲や警察から「あなたにも隙があったのではないか」と疑念を持たれ、共感されないことは、被害者にとって深い傷となる二次的被害をもたらしかねません。被害者を決して責めず、一人ひとりの痛みに寄り添う社会を作るために、私たち一般市民も「理想の被害者像」という偏見を無意識に持っていないか、自らの認識を問い直すきっかけとなる素晴らしい論文です。

用語解説

理想の被害者 (Ideal victim) ノルウェーの犯罪学者ニルス・クリスティが提唱した概念です。社会が同情しやすい典型的な被害者のイメージを指します。例えば、「全く落ち度がなく、善良な生活をしており、力の弱い人が、見知らぬ凶悪な加害者に襲われた」といったケースです。現実の被害はこのイメージにきれいに当てはまらないことも多く、そのギャップが被害者に対する偏見や「被害者非難(Victim blaming)」を生む原因になっています。

手続き的公正 (Procedural justice) 警察などの司法・行政機関が決定を下す際、結果だけでなく、その過程(手続き)が公平かつ公正であるべきだという考え方です。具体的には、当事者の意見をしっかり聞くこと(発言権)、偏見なく中立であること、尊厳を持って敬意を払うこと、そして信頼できる動機で行動していることが重要視されます。

構造方程式モデリング (Structural Equation Modeling: SEM) 心理学や社会科学の研究でよく使われる統計分析の手法です。アンケートなどで得られたデータを使って、「共感」や「理想の被害者度」といった直接目で見たり測ったりできない抽象的な概念(潜在変数)の間の関係性や影響の大きさを、数式やモデル図を用いて明らかにする方法です。


タイトルThe significance of victim ideality in interactions between crime victims and police officers(犯罪被害者と警察官の相互作用における被害者の理想性の意義)
論文の種類ジャーナル論文
論文の分野犯罪学、被害者学、心理学
著者Miguel Inzunza (スウェーデン・ウメオ大学 警察教育・研究ユニット)
論文誌名・発行者Elsevier (International Journal of Law, Crime and Justice)
発行日・巻数・ページ2021年12月29日 (オンライン公開), Volume 68 (2022), 100522
原著論文の言語英語
URLhttps://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1756061621000677?via%3Dihub
CiteInzunza, M. (2022). The significance of victim ideality in interactions between crime victims and police officers. International Journal of Law, Crime and Justice, 68, 100522. https://doi.org/10.1016/j.ijlcj.2021.100522

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