暗号資産に詳しくても不安は減らない?大学生433人調査でわかった詐欺への恐怖と金融リテラシーの意外な関係

暗号資産に詳しくても不安は減らない 被害者学
暗号資産に詳しくても不安は減らない
被害者学論文解説

Afraid of the unknown: Crypto literacy and fear of online fraud(未知なるものへの恐れ:暗号資産リテラシーとオンライン詐欺への恐怖)
Timothy A. Engle, Cooper A. Maher,Michael Jones

要約

米国シンシナティ大学の博士候補生(論文発表当時)で同大学講師を務める Timothy A. Engle先生らによる研究論文「Afraid of the unknown: Crypto literacy and fear of online fraud(未知なるものへの恐れ:暗号資産リテラシーとオンライン詐欺への恐怖)」は、大学生433名を対象に、暗号資産(クリプトカレンシー)リテラシーと一般的な金融リテラシーが、金融詐欺への「恐怖」にどのような影響を与えるかを検証した研究です。本研究では、自分自身が被害に遭うことへの恐怖(個人的恐怖)と、家族や友人など大切な人が被害に遭うことへの恐怖(愛他的恐怖)の両方を区別して分析している点が特徴です。結果として、金融リテラシーの高さは個人的な恐怖を和らげる一方、暗号資産リテラシー自体は多くの場面で恐怖と明確な関連が見られませんでした。この知見は、暗号資産犯罪対策や被害予防教育のあり方を考えるうえで、重要な示唆を与えるものです。

研究方法

本研究は、米国中西部にある大学のビジネス学部に在籍する学部生を対象に、2024年秋学期に実施されたアンケート調査にもとづいています。倫理審査(IRB)の承認を得たうえで、大学の研究ラボを通じて調査が行われました。最終的に508名が回答を開始し、年齢要件を満たさない人や未完了の回答を除外した結果、433名分のデータが分析に用いられています。回答者の内訳は、女性が54.3%、非白人が18.7%、1年生が50.2%でした。

調査ではまず、恐怖を測定するために、5種類の金融犯罪(暗号資産がらみの詐欺、投資口座に関する詐欺、実在しない商品を買わされるネット詐欺、なりすまし、懸賞・宝くじ詐欺)について、「どの程度怖いと感じるか」を10段階で尋ねました。同じ質問を自分自身について聞いたものが個人的恐怖、家族や親しい友人について聞いたものが愛他的恐怖として集計されています。さらに、5種類の犯罪への回答を暗号資産がらみの詐欺とそれ以外の一般的な金融詐欺に分けて分析することで、暗号資産に特有の恐怖と、そうでない恐怖を区別しています。

暗号資産リテラシーの測定には、Jones先生らが開発・検証したQuick 5 暗号資産リテラシー尺度が用いられました。これは、ブロックチェーンの仕組みや暗号資産取引の基本原則に関する知識を問う5つの設問からなる尺度です(本研究では調査票の不具合により、実際には4問で構成される尺度として用いられています)。一方、一般的な金融リテラシーは、経済学分野で広く使われている「ビッグ5金融リテラシー尺度」(例:「100ドルを年利2%の普通預金口座に5年間預けたらいくらになるか」といった設問)によって測定されました。

これらに加え、性格特性(外向性・協調性・誠実性・神経症傾向・開放性のいわゆる「ビッグファイブ」)、一般的なストレイン(不満・不公平感などの心理的なひずみ)、過去の被害経験(本人および身近な人の被害経験)、ニュースの情報源、性別・人種・学年といった要因も統制変数として組み込み、統計的な分析(重回帰分析)が行われました。

この研究でわかったこと

金融リテラシーは「個人的な恐怖」を和らげる

分析の結果、一般的な金融リテラシーが高い人ほど、自分自身が金融詐欺の被害に遭うことへの恐怖が低いという、明確な負の関連が確認されました。とくに、暗号資産以外の一般的な金融詐欺(なりすましや偽ショッピングサイトなど)への恐怖において、この傾向が強く見られています。金融の知識がある人は、自分は詐欺を見抜ける、あるいは対処できるという自信を持ちやすく、それが恐怖の低減につながっていると考えられます。

暗号資産リテラシーは、恐怖とはっきり結びつかなかった

一方で、暗号資産リテラシーについては、想定に反して、恐怖との関連がほとんどの分析で統計的に有意ではありませんでした。唯一、暗号資産以外の一般的な金融詐欺に対する「愛他的な恐怖(家族や友人を心配する気持ち)」については、暗号資産リテラシーが高い人ほど、その恐怖がやや低い傾向が見られましたが、これも統計的な確からしさとしては控えめなレベルにとどまりました。研究チームは、この結果について、暗号資産に詳しくない人はそもそも「何を恐れるべきかがわからない」状態にある可能性や、逆に詳しい人は自分の対処能力を過信してしまう可能性など、単純な「知れば知るほど怖くなくなる」という関係ではない、より複雑な構造があるかもしれないと考察しています。

「自分ごと」の恐怖と「大切な人を思う」恐怖は別物

本研究のもう一つの重要な発見は、個人的な恐怖と愛他的な恐怖とでは、影響する要因が異なるという点です。たとえば、金融リテラシーは自分自身への恐怖は和らげましたが、家族や友人への恐怖(愛他的恐怖)には有意な関連が見られませんでした。研究チームは、愛他的な恐怖は「自分の知識」よりも「大切な人がどれくらい金融に詳しいか」という、いわば他者の脆弱性への想像によって左右されているのではないかと解釈しています。つまり、家族の金融リテラシーが低いと感じているからこそ、その人のことを心配する、という構図です。

性別・過去の被害経験・心理的ストレスの影響

そのほか、多くのモデルに共通して見られた頑健な結果として、女性は男性よりも恐怖のレベルが高いこと、過去に自分自身または身近な人が被害に遭った経験があると恐怖が高まること、そして日常生活における心理的な不満・ストレイン(「もっとお金があるべきなのに」といった感覚)が強い人ほど恐怖が高いことが挙げられます。これらは、既存の犯罪不安研究の知見とも一致する結果です。

大学生でも、暗号資産リテラシーは総じて低かった

興味深いことに、調査対象となった大学生全体の暗号資産リテラシーの平均点は、4点満点中0.58点と非常に低い水準にとどまりました。満点を取った学生は一人もいませんでした。研究チームは、この背景として、CoinbaseやBinanceのような使いやすい取引アプリの普及により、ブロックチェーンや秘密鍵の仕組みを深く理解しなくても暗号資産を売買できるようになったことや、暗号資産への関心・アクセスに社会経済的な格差が存在する可能性を指摘しています。

この論文の社会への貢献

政策立案者・行政機関への示唆

本研究は、「金融リテラシー教育を広げれば詐欺被害への不安を軽減できる」という、これまで漠然と信じられてきた政策的な発想に、実証的な裏付けを与えるものです。同時に、「恐怖が減ること」が必ずしも「安全になること」を意味しない可能性にも警鐘を鳴らしています。もし過度な自信が油断を生み、かえって被害リスクを高めるとすれば、詐欺被害防止のための啓発活動は、単に「怖がらなくていい」というメッセージではなく、適切な警戒心を保ちながら知識を深めてもらうという、バランスの取れた設計が必要になります。

被害者支援団体・カウンセラーへの示唆

本研究が明らかにした「個人的恐怖」と「愛他的恐怖」の違いは、被害者支援や相談の現場においても重要な視点を提供します。相談者が「自分は大丈夫だが、親や配偶者が心配だ」と話すとき、それは単なる過保護ではなく、実際に大切な人の金融・暗号資産リテラシーの低さを敏感に察知していることの表れかもしれません。支援者は、本人だけでなく、その家族や身近な人への教育的介入も視野に入れることで、より効果的な支援ができる可能性があります。

一般市民・暗号資産利用者への示唆

暗号資産に詳しくないことへの漠然とした不安から、投資や新しい金融サービスの利用そのものを避けてしまう人は少なくありません。しかし本研究は、暗号資産の知識そのものが恐怖の直接的な軽減にはつながりにくいことを示しており、「知識があれば怖くなくなる」という単純な図式ではないことを教えてくれます。むしろ重要なのは、暗号資産固有の知識だけでなく、家計管理や資産形成に関わる基礎的な金融リテラシー全般を身につけることかもしれません。これは、経済的に不利な立場にある人々(女性・高齢者・有色人種など)が、恐怖ゆえに資産形成の機会そのものを遠ざけてしまい、経済格差がさらに広がってしまうという問題意識にもつながる、重要な社会的テーマです。

研究者・学術コミュニティへの示唆

本研究は、これまで個別に研究されてきた「サイバー犯罪への恐怖」研究と「暗号資産リテラシー」研究とを初めて接続させた点に、学術的な独自性があります。今後、より代表性の高い全国サンプルを用いた追試や、暗号資産リテラシーと恐怖との間に非線形(曲線的)な関係があるかどうかの検証など、さらなる研究の発展が期待されます。


用語解説

暗号資産(クリプトカレンシー)リテラシー ブロックチェーンの仕組み、シードフレーズやウォレット(暗号資産を保管するデジタル財布)の使い方、暗号資産の取引の仕組みなど、暗号資産に関する基礎知識のこと。本研究では、専門家によって検証済みの尺度(Quick 5 暗号資産リテラシー尺度)を用いて測定されています。

金融リテラシー 利子や貯蓄、投資といった、お金に関する基本的な知識を活用し、生涯にわたって自分の家計や資産を適切に管理していく能力のこと。本研究では、経済学分野で標準的に用いられる「ビッグ5金融リテラシー尺度」によって測定されています。

個人的恐怖(Personal Fear) 自分自身が犯罪や詐欺の被害に遭うことに対して感じる恐怖のこと。

愛他的恐怖(Altruistic Fear) 自分自身ではなく、家族や親しい友人など、大切な人が犯罪や詐欺の被害に遭うことを心配して感じる恐怖のこと。研究によれば、人は自分自身への恐怖よりも、大切な人への恐怖のほうをより強く、より頻繁に感じる傾向があるとされています。

一般ストレイン理論(General Strain Theory) 社会学者ロバート・アグニューが提唱した理論で、人が経験する不満やストレス、不公平感(ストレイン)が、犯罪行動だけでなく、不安や恐怖といった心理状態にも影響を与えるとする考え方。

ビクティマイゼーション(Victimization) 犯罪や詐欺の被害に遭うこと。本研究では「本人が直接被害に遭った経験」と、「身近な人が被害に遭った経験(二次的・代理的な被害経験)」の両方が扱われています。

ブロックチェーン 暗号資産の取引記録を、特定の管理者に頼らず、多数の参加者のコンピューター間で分散して共有・記録する技術のこと。取引の改ざんが難しく、透明性が高いとされています。

なりすまし詐欺(アイデンティティ・シアト) 他人の個人情報(氏名、クレジットカード情報など)を不正に取得・利用して、金銭的な利益を得たり、なりすましによって被害をもたらしたりする犯罪のこと。


タイトルAfraid of the unknown: Crypto literacy and fear of online fraud(未知なるものへの恐れ:暗号資産リテラシーとオンライン詐欺への恐怖)
論文の種類ジャーナル論文(学術雑誌掲載論文)
論文の分野経済犯罪学、被害者学、金融リテラシー研究、サイバー犯罪学
著者Timothy A. Engle(米国・シンシナティ大学 刑事司法学部)Cooper A. Maher(米国・ミシガン州立大学 刑事司法学部)Michael Jones(米国・シンシナティ大学 経済学部 Kautz-Uible暗号経済学ラボ)
論文誌名・発行者Journal of Economic Criminology(Elsevier社発行の学術誌)
発行日・巻数・ページ2025年、第7巻、論文番号100135(受理日:2025年2月13日)
原著論文の言語英語
URLhttps://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2949791425000119?via%3Dihub
CiteEngle, T. A., Maher, C. A., & Jones, M. (2025). Afraid of the unknown: Crypto literacy and fear of online fraud. Journal of Economic Criminology, 7, Article 100135. https://doi.org/10.1016/j.jeconc.2025.100135

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