詐欺の裏側に潜む人身取引の実態とは?~加害者にされた被害者を救う法制度の見直しと金銭的回復支援の重要性

SNS型詐欺の裏側に潜む人身取引の事態 犯罪学
SNS型詐欺の裏側に潜む人身取引の事態
犯罪学被害者学論文解説

Forced Fraud: The Financial Exploitation of Human Trafficking Victims(強制された詐欺:人身取引被害者の金銭的搾取)
Michael Schidlow

要約

アメリカ・ペース大学のMichael Schidlow先生による論文”Forced Fraud: The Financial Exploitation of Human Trafficking Victims”は、人身取引の被害者が詐欺や金融犯罪を強制される「強制された詐欺」の実態と、彼らの回復を支える制度のあり方を探求した研究です。本研究では、国際機関の報告書や被害者の証言などを対象に質的な文書分析を行いました。その結果、被害者は暴力や脅迫で犯罪の実行犯にさせられる上、自らの名義で莫大な借金を負わされる二重の搾取を受けていることが分かりました。本論文は、被害者を犯罪者として罰するのではなく、前科の抹消や信用情報の修復など、金銭的・法的な回復を支える被害者中心の制度設計を提言している点で極めて重要な意義を持ちます。

研究方法

本研究は、強制された詐欺(Forced Fraud)という比較的新しい搾取の形を解明し、被害者を適切に支援するための理論的な枠組みを構築することを目的としています。

研究手法としては、質的文書分析(ドキュメント分析)が用いられました。人身取引の被害者に直接インタビューを行うことは、倫理的なリスクや二次受傷(トラウマを呼び起こしてしまうこと)の懸念があるためです。そのため本研究では、国連薬物犯罪事務所(UNODC)やFBI(連邦捜査局)、ユーロポール(欧州刑事警察機構)、各国の金融規制当局が発行した信頼できる公的報告書に加え、ジャーナリストによる調査報道、そして被害者(サバイバー)自身の公開された証言などを調査対象のサンプルとして幅広く収集しました。

集められた膨大な資料は、構成主義的グラウンデッド・セオリーという質的研究のアプローチを用いて分析されました。これは、あらかじめ研究者が決めた仮説を証明するのではなく、多様な資料のなかに潜む共通のパターンやテーマを丁寧に拾い上げ、複雑な社会現象に対する新たな概念や理論を下から上へ組み立てていく手法です。統計データが十分に揃っていない新しい社会問題に対しても、既存の断片的な情報をつなぎ合わせることで、生々しい実態を論理的に浮き彫りにしています。

この研究でわかったこと

強制された詐欺という新たな搾取構造

近年、人身取引は過酷な肉体労働や性的搾取にとどまらず、金融犯罪の領域へと拡大しています。被害者は高収入で好条件の仕事といった嘘の求人で騙されて集められ、到着するやいなやパスポートなどの身分証明書を奪われます。その後は外部との連絡を絶たれた状態で、SNS型投資詐欺(いわゆる「豚の屠殺」詐欺、恋愛ありの同じ手口のものも含む)、不正な送金に関わるマネーミュールとして強制的に働かされます。言うことを聞かなければ、激しい暴力や家族に危害を加えるといった脅迫を受けるため、彼らは極限の恐怖のなかで意に反して犯罪に加担させられているのです。

身元情報の悪用と強制された借金による深い傷

被害者は詐欺の実行犯として利用されるだけでなく、自分自身の身元情報そのものを奪われ、多重に搾取されます。犯罪組織は被害者の名義を勝手に使ってクレジットカードを作ったり、ローンを組んだりして莫大な利益を得ます。これにより、被害者は心身に深いトラウマを負うだけでなく、自身の意思とは無関係に膨大な借金を背負わされてしまいます。救出された後であっても、信用情報が破壊されているために、家を借りることも新しい仕事に就くことも難しく、社会復帰への道が絶たれてしまうという絶望的な状況が明らかになりました。

司法制度による加害者扱いという二次被害

さらに深刻なのは、強制されて犯罪を行わされた被害者が、司法機関から詐欺の加害者として逮捕・起訴されてしまうリスクです。言葉の壁や法執行機関への不信感、そして犯罪に関わってしまったという強い恐怖から、自分が脅されていた事実をうまく説明できない被害者が多く存在します。その結果、本来であれば保護されるべき被害者が犯罪者としてのレッテルを貼られ、前科がついてしまうことで、より一層社会から孤立してしまうという法制度の大きな構造的課題が指摘されています。

この論文の社会への貢献

不処罰の原則と法制度の見直しの提言

本研究は、暴力や脅迫の下で強制的に行わされた犯罪行為について、被害者を罰しない不処罰の原則の重要性を強く訴えています。さらに、被害者が背負わされた不当な犯罪記録(前科)を抹消し、強制的な借金や契約を無効にできる法的な枠組みの必要性を提示しました。これは、今後の各国の政策や法整備において、被害者の人権を守るための大きな指針となります。

金銭的な回復を支える包括的な支援モデルの構築

被害者が真の自立を取り戻すためには、心理的・身体的なケアに加えて、金銭的な回復が不可欠です。本論文では、毀損された信用情報を修復するための法的手続きのサポートや、安全な銀行口座への優先的なアクセス、そして自立に向けた金融リテラシー教育を提供するなど、社会全体で被害者を支える具体的な支援モデルを提言しています。

私たち全員が自分事として向き合うために

この論文が浮き彫りにしたのは、私たちの身近にあるデジタル社会や金融システムの隙間が、人身取引のツールとして悪用されているという現実です。行政や警察・司法に関わる方々は、表面的な犯罪の裏にある支配と強制の構造を見抜く視点を持つ必要があります。また、支援者や医療・福祉関係者の皆様には、被害者が抱える金銭的な絶望感にも寄り添った包括的なケアの重要性が伝わるはずです。 そして、一般市民の皆様に知っていただきたいのは、世間を騒がせる詐欺事件の加害者とされる人々の中に、助けを求められず絶望の淵にいる被害者が含まれているかもしれないということです。被害者を自己責任だと非難するのではなく、背後にある深刻な人権侵害に目を向けること。それが、この理不尽な搾取の連鎖を断ち切り、傷ついた人々が再び希望を持って歩み出せる社会を作るための第一歩となります。

用語解説

  • 強制された詐欺(Forced Fraud):暴力や脅迫、借金などを理由に、被害者が自らの意思に反して、ロマンス詐欺や投資詐欺などの犯罪行為の実行犯として強制的に働かされること。
  • 豚の屠殺詐欺(Pig Butchering Scam):SNSやマッチングアプリ等で時間をかけて被害者との信頼関係(または恋愛関係)を築き、最終的に偽の投資話などに誘い込んで巨額の資金を騙し取る詐欺の手法。「獲物を十分に太らせてから屠殺する」という手口から名付けられました。
  • マネーミュール(Money Mule):犯罪で得た不正な資金を、自らの銀行口座を使ったり、別の口座へ送金したりすることで資金の出所を隠す「運び屋」のこと。人身取引の被害者が脅されて口座を使わされるケースが増加しています。
  • 構成主義的グラウンデッド・セオリー:質的研究の手法の一つ。あらかじめ仮説を立てるのではなく、集めたデータ(資料や証言など)を丹念に読み解きながら、社会現象の意味やパターンを見出し、新たな理論を下から上へ組み立てていく手法。
  • 不処罰の原則(Non-punishment principle):人身取引の被害者が、その被害の直接的な結果として、または脅迫されて強制的に行わされた違法行為について、処罰されないように保護すべきであるという国際的な人権の原則。

タイトルForced Fraud: The Financial Exploitation of Human Trafficking Victims(強制された詐欺:人身取引被害者の金銭的搾取)
論文の種類ジャーナル
論文の分野犯罪学、被害者学
著者Michael Schidlow(米国・ペース大学 刑事司法・セキュリティ学部)
論文誌名・発行者MDPI(Social Sciences)
発行日・巻数・ページ2025年6月23日, 第14巻, 398ページ
原著論文の言語英語
URLhttps://www.mdpi.com/2076-0760/14/7/398
CiteSchidlow, M. (2025). Forced Fraud: The Financial Exploitation of Human Trafficking Victims. Social Sciences, 14, 398. https://doi.org/10.3390/socsci14070398

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