なぜ詐欺被害者は警察に通報しないのか?最新データが明かす「行動の決定要因」と支援のあり方

詐欺被害者が警察に届け出ないのはなぜ 被害者学
詐欺被害者が警察に届け出ないのはなぜ
被害者学論文解説

Reporting fraud victimization to the police: factors that affect whether victims report (詐欺被害の警察への報告:被害者が報告するかどうかに影響する要因)
Luka Koning, Marianne Junger, Bernard Veldkamp

要約

オランダ・トゥウェンテ大学のLuka Koning先生らによる研究論文”Reporting fraud victimization to the police: factors that affect whether victims report”は、詐欺被害者が警察に通報する決定要因を明らかにした研究です。本研究では、オランダの代表的な人口調査パネルから抽出した608件の詐欺被害データを分析しました。その結果、被害者が警察に通報する割合はわずか約12%にとどまることがわかりました。多くの要因を検討した結果、通報行動に一貫して影響を与えていたのは「被害の深刻さ(失った金額や人生への影響)」「居住地の都市化の程度」の2点のみでした。詐欺被害の暗数(隠れた犯罪)の実態と、被害者の助けを求める行動の背景にあるメカニズムを網羅的かつ実証的に解明した点で、今後の被害者支援や政策立案に重要な示唆を与える独自性の高い論文です。

研究方法

この研究は、なぜ詐欺被害者は警察に通報するのか(あるいはしないのか)という疑問を解き明かすことを目的としています。

調査には、オランダ統計局のデータに基づく信頼性の高いLISSパネルというインターネット調査が用いられました。2021年に行われた調査では、2,864名の回答者のうち415名が何らかの詐欺被害を経験しており、合計608件の詐欺被害イベントが特定されました。

研究手法としては、被害者が警察に通報したかどうかを目的変数(予測したい結果)とし、詐欺の特性(失った金額、オンラインかオフラインか、犯人と面識があったか、自責の念など)と、被害者の特性(年齢、収入、居住地の都市化度、インターネット利用時間、性格、孤独感、警察への信頼など)の2つの側面から分析が行われました。

一人の人が複数の異なる詐欺被害に遭っているケースも含まれるため、一般的な統計ではデータに偏りが出てしまいます。そこで本研究では、一般化推定方程式(GEE)と呼ばれる、個人の重複データによる影響を適切に補正する高度な手法が用いられました。また、アンケートの無回答部分については多重代入法という処理を行い、欠損データを適切に補って結果の信頼性を高めています。

この研究でわかったこと

警察への届け出率は非常に低い

詐欺被害のうち、警察に被害を届け出たのは全体のわずか11.8%でした。これは、多くの被害者が警察という公的な支援機関に助けを求めておらず、表に出てこない被害が極めて多いことを示しています。

警察への届け出を左右する最大の要因は被害の深刻さ

被害者が警察に被害を届け出るかどうかを最も強力に決定づけていたのは、失った金額の大きさと被害が自分の人生に与えた影響の度合いでした。被害が大きければ大きいほど、お金を取り戻せるかもしれないという現実的な期待や、犯人を処罰してほしいという正義感が強まり、届け出につながりやすくなると考えられます。一方で、被害がオンラインで起きたかオフラインで起きたかは、警察への届け出行動に影響しませんでした。

都市部に住む人ほど届け出ない傾向

 被害者の属性の中で唯一、警察への届け出行動と明確な関連を示したのが居住地の都市化の程度です。都市部に住む被害者ほど、警察に届け出ない傾向がありました。論文では、都市部では地域のつながりが弱く他人が騙されないように警察に届け出ようという動機が働きにくい可能性や、都市部特有の犯罪の多さから被害届出への期待値が下がっている可能性が指摘されています。

自分を責める気持ちは通報の壁にはならない

一般的に、詐欺に遭うと騙された自分が悪いと強く自責の念を抱き、恥ずかしさから警察への届け出をためらうと考えられがちです。しかし本研究の結果は異なり、自責の念が通報を妨げることはありませんでした。むしろ、被害額が大きく人生への影響が深刻なケースほど自分を強く責めてしまう傾向があり、結果としてその深刻さが通報への背中を押していることがわかりました。被害に遭ってご自身を責めてしまうお気持ちは痛いほどわかりますが、それが支援を求める妨げにはなっていないという事実は、私たち支援者にとって非常に重要な視点です。

その他の要因は意外にも影響しない

インターネットの利用頻度やデジタルスキル、警察を信頼しているかどうか、さらには外向性や自制心といった個人の性格特性、孤独感などは、警察に被害を届け出るかどうかに影響を与えていませんでした。

この論文の社会への貢献

被害者支援と行政への示唆:潜在的な被害者へのアウトリーチ

本研究は、被害額が比較的小さい場合や、都市部に住む人々が、声を上げずに被害を抱え込んでしまう傾向があることを浮き彫りにしました。行政や支援団体は、大きな被害を受けた方だけでなく、少額だから・都会で誰にも言えなくてと諦めている方々に対しても、被害届け出や相談が心理的な回復や二次被害の防止につながることを積極的に啓発していく必要があります。

警察機関への貢献:犯罪統計の解釈と役割の変化への対応

警察に届け出る詐欺被害は氷山の一角であり、しかも被害が深刻なケースに偏っていることが明らかになりました。当局者が犯罪統計を読み解き防犯政策を立案する際には、この偏りを理解しておくことが不可欠です。また近年、被害者は警察ではなく銀行などの民間機関に被害を報告するケースが増えています。警察は自らの役割の変化を認識し、民間機関と連携しながら被害の全容を把握していくことが求められます。

社会全体で被害者に寄り添うために

詐欺は、社会のデジタル化に伴い誰もが被害に遭い得る日常的な脅威です。被害者は恥ずかしさから被害を届け出ないという思い込みを捨て、実際には被害の深刻さこそが行動の引き金になっているという事実を認識する必要があります。もしご自身や周りの方が被害に遭われた際は、被害の大小に関わらず専門機関に相談してよいのだということを、ぜひ心に留めておいてください。そして警察機関や被害者支援団体、カウンセラーや医療関係者の皆様には、強い自責の念を抱えながらも勇気を出して声を上げた被害者の方々に、よりいっそう温かく寄り添う支援をお願いできればと願っています。

用語解説

  • LISSパネル(Longitudinal Internet Studies for the Social Sciences panel):オランダ統計局の人口登録簿から無作為に抽出された人々で構成される、学術研究用の信頼性が高いインターネット調査対象者の集団です。インターネット環境がない世帯には機材が提供されるため、国民の縮図として非常に精度の高いデータが得られます。
  • 一般化推定方程式(GEE:Generalized Estimating Equations):同じ人が複数回アンケートに答えるなど、データの中に「関連性のある(独立していない)データ」が含まれている場合に、その影響を調整して正しい結果を導き出すための統計モデルです。
  • 多重代入法(Multiple Imputation):アンケート調査などで無回答(欠損値)があった場合に、他の回答データから予測される複数の数値を代入して複数の完全なデータセットを作成し、それらを統合して偏りのない分析結果を得る高度な統計手法です。
  • 暗数(Dark figure of crime):実際には犯罪が発生しているにもかかわらず、警察などの公的機関に認知・報告されていない犯罪の件数のことを指します。

タイトルReporting fraud victimization to the police: factors that affect whether victims report (詐欺被害の警察への報告:被害者が報告するかどうかに影響する要因)
論文の種類ジャーナル
論文の分野犯罪学、被害者学、心理学
著者Luka Koning(オランダ・トゥウェンテ大学 インダストリアルエンジニアリング&ビジネス情報システム部門)Marianne Junger(オランダ・トゥウェンテ大学 インダストリアルエンジニアリング&ビジネス情報システム部門)Bernard Veldkamp(オランダ・トゥウェンテ大学 認知・データ・教育部門)
論文誌名・発行者Routledge, Taylor & Francis Group (掲載ジャーナル: Psychology, Crime & Law)
発行日・巻数・ページ2025年3月14日発行, 巻数表記なし(オンライン公開), 1-29ページ
原著論文の言語英語
URLhttps://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/1068316X.2025.2468347
CiteKoning, L., Junger, M., & Veldkamp, B. (2025). Reporting fraud victimization to the police: factors that affect whether victims report. Psychology, Crime & Law, 1-29. https://doi.org/10.1080/1068316X.2025.2468347

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