詐欺の事前警告はなぜ効かないのか?〜被害者を責めない心理学からのアプローチ〜

詐欺の事前警告はなぜ効かない 心理学
詐欺の事前警告はなぜ効かない
心理学論文解説

Effective forewarning requires central route processing: Theoretical improvements on the counterargumentation hypothesis and practical implications for scam prevention(効果的な事前警告には中心ルート処理が必要である:反論仮説の理論的改良と詐欺防止への実践的示唆)
Yasuhiro Daiku (大工 泰裕), Naoki Kugihara (釘原 直樹), Tsukasa Teraguchi (寺口 司), Eiichiro Watamura (綿村 英一郎)

要約 

大阪大学大学院の大工泰裕先生らによる研究論文「Effective forewarning requires central route processing: Theoretical improvements on the counterargumentation hypothesis and practical implications for scam prevention」は、詐欺被害の防止において事前の警告がなぜ効果を発揮しないことが多いのかを心理学的に解明したものです。本研究では、オンライン実験により、詐欺師が用いる感情への訴えかけが人々の周辺ルート処理(浅い思考)を引き起こし、事前警告の記憶を妨げることを実証しました。結果として、警告を効果的にするには中心ルート処理(深い思考)が不可欠であることが示されました。本論文は、警告を忘れてしまう被害者を責めるのではなく、詐欺師の巧妙な心理操作を浮き彫りにした点で、被害者支援と新たな防犯対策に独自の視点を提供する特異な研究です。

研究方法

本研究は、人々が事前に詐欺の手口を知らされていても、なぜ実際の被害に遭ってしまうのかを明らかにする目的で行われました。調査手法として、オンラインで募集した162名の一般参加者を対象に、量的研究(実験)を行っています。

参加者を以下の2つの条件を掛け合わせた4つのグループに分けました。 

事前の警告の有無:黒背景に白文字の広告は、人を信じ込みやすくさせる詐欺の手口であるという架空の警告を受けるグループと、受けないグループ。 

情報の処理ルート(思考の深さ)の違い:広告を注意深くじっくり読む(中心ルート処理)グループと、暗算などの別の課題をこなしながら、上の空で広告を読む(周辺ルート処理)グループ。

その後、参加者全員に黒背景に白文字で書かれた架空のミネラルウォーターの広告を見せました。そして、参加者がその広告に対して意図的に騙そうとしている(操作意図)とどの程度感じたかを測定し、騙されにくさを評価しました。複雑な心理状態を測定するため、広告を見た際の記憶や感情の動きを統計的に分析(分散分析および媒介分析)しています。

この研究でわかったこと

警告を思い出すには「深い思考」が必要である

本研究の最も重要な発見は、事前に警告を受けていても、広告を上の空(周辺ルート処理)で見ていた参加者は、警告を受けていない人と同じくらい広告に騙されやすかったということです。一方で、広告を注意深く(中心ルート処理)で見ていた参加者のみが、広告の怪しさに気づき、騙そうとしていると見抜くことができました。これは、人は深く情報を処理している状態でなければ、事前に与えられた警告の記憶を引き出すことができないということを意味しています。

詐欺師は意図的に「浅い思考」を作り出す

実際の詐欺被害者の67.4%は、被害に遭っている最中に詐欺かもしれないと疑うことすらしていませんでした。詐欺師は、不安を煽ったり、感情を揺さぶったりするテクニックを使って、ターゲットが冷静に深く考えること(中心ルート処理)を妨害します。つまり、詐欺師によって浅い思考に追い込まれてしまうため、せっかくの事前警告が頭から飛んでしまい、結果として騙されてしまうというメカニズムが実証されたのです。

この論文の社会への貢献

「なぜ騙されたのか」という被害者非難(自己責任論)の払拭

日本では詐欺被害者の7割以上が、事前に詐欺の手口を知っていた(警告されていた)というデータがあります。そのため、知っていたのになぜ騙されたのかと被害者を責める風潮が少なからず存在します。しかし本研究は、被害者が愚かだから騙されたのではなく、詐欺師の巧妙な手口によって警告を思い出せない心理状態に操作されていたことを科学的に証明しました。これは、カウンセラーや支援者が被害者の自責の念を和らげ、心に寄り添うための強力な理論的根拠となります。

新しい防犯・被害防止アプローチへの示唆

これまで行政や警察が行ってきた手口を教える(事前警告)という防犯対策だけでは不十分であることが示されました。今後の対策としては、警告を与えるだけでなく、「いかにして実際の詐欺の現場で冷静な思考(中心ルート処理)を取り戻させるか」、あるいは消費者が自身の身を守るための実践的なスキルトレーニングを導入することの重要性が提起されています。

結びのメッセージ

詐欺被害は決して他人事自己責任ではありません。警察や行政の皆様には、この知見を活かした一歩踏み込んだ防犯対策の構築を、そして支援者や医療関係者の皆様には、トラウマを抱えた被害者の回復に向けた心理教育としてこの視点を活用していただきたいと思います。また、私たち一般市民も、人間の認知の弱さを理解し、社会全体で被害者を温かく包み込む環境を作っていくことが求められています。

用語解説

  • 中心ルート処理(Central route processing):情報を論理的に、注意深く、時間をかけて吟味する脳の働きのこと。この状態にあると、説得に対して反論を思いついたり、過去の記憶を引き出したりしやすくなります。
  • 周辺ルート処理(Peripheral route processing):直感や感情、あるいは表面的な情報(専門家が言っているから、デザインが綺麗だからなど)に頼って、浅い思考で情報を処理する脳の働きのこと。
  • 操作意図の推論(Inference of manipulative intent):相手が自分を騙そうとしている、あるいは不当に操ろうとしている意図に気づくこと。これが高いほど、詐欺に対して抵抗力があると言えます。
  • 媒介分析(Mediation analysis):ある原因が、どのような「中間要因」を経て結果につながっているかを明らかにする統計手法。本研究では、「思考の深さ」が「警告の記憶」という中間要因を経て、「騙されにくさ」につながっていることを証明するために使われました。

タイトルEffective forewarning requires central route processing: Theoretical improvements on the counterargumentation hypothesis and practical implications for scam prevention(効果的な事前警告には中心ルート処理が必要である:反論仮説の理論的改良と詐欺防止への実践的示唆)
論文の種類ジャーナル
論文の分野心理学、犯罪学、行動経済学 
著者大工 泰裕 (大阪大学大学院人間科学研究科/日本学術振興会)釘原 直樹 (東筑紫短期大学)寺口 司 (大阪大学大学院人間科学研究科)綿村 英一郎 (大阪大学大学院人間科学研究科) 【所属先は論文発表当時】
論文誌名・発行者PLOS ONE
発行日・巻数・ページ2020年3月5日・15巻3号・e0229833 
原著論文の言語英語
URLhttps://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0229833
CiteDaiku, Y., Kugihara, N., Teraguchi, T., & Watamura, E. (2020). Effective forewarning requires central route processing: Theoretical improvements on the counterargumentation hypothesis and practical implications for scam prevention. PLoS ONE, 15(3), e0229833. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0229833

コメント

タイトルとURLをコピーしました