The Poorest Man in Babylon: A Longitudinal Study of Cryptocurrency Investment Scams(バビロンで一番貧しい男:暗号資産投資詐欺に関する長期研究)
Muhammad Muzammil, Abisheka Pitumpe, Xigao Li, Amir Rahmati, Nick Nikiforakis
要約
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のMuhammad Muzammil先生らによる論文「The Poorest Man in Babylon: A Longitudinal Study of Cryptocurrency Investment Scams(バビロンで最も貧しい男:暗号資産投資詐欺に関する長期研究)」は、日々新たに作成される投資詐欺サイトを自動検出するシステム「Crimson」を開発し、その実態を解明した研究です。
研究グループは2024年の最初の8ヶ月間で約60億のドメインを処理し、4万3,572件のユニークな詐欺サイトを特定しました。調査の結果、これらのサイトの多くが特定のサーバーに集中してホストされていることや、既存のブラウザのブロックリストではわずか1%程度しかカバーできていないという衝撃的な事実が判明しました。本研究は、高度な自動化技術を用いることで、従来のSNS分析では見えなかった詐欺の全体像と巨額の経済損失を浮き彫りにした点で極めて高い特異性を持っています。
研究方法
本研究では、詐欺師が被害者の信頼を得るためにウェブサイトに「TLS証明書(ブラウザで鍵マークが表示されるもの)」を導入することに着目しました。
- リアルタイム検出システム「Crimson」の構築: 証明書が発行されるたびに公開される「Certificate Transparency (CT) ログ」をリアルタイムで監視し、新規ドメインを網羅的に取得します。
- 多段階のフィルタリング: 取得したドメインから投資に関連するキーワードを抽出し、次にウェブサイトのスクリーンショットを撮影して画像内の文字を読み取るOCR(光学文字認識)技術で内容を解析します。
- AI(大規模言語モデル)による最終判定: 絞り込まれたサイトが本当に詐欺かどうかを判定するため、GPT-4などの高性能なAIを活用し、人間が介在することなく高精度で自動分類を行いました。
- 経済損失の算出: 検出したサイトに自動でアカウント作成を行い、ログイン後のページから詐欺師のウォレットアドレスを抽出して、ブロックチェーン上の取引履歴を分析しました。
この研究でわかったこと
この長期にわたる追跡調査により、投資詐欺の組織的かつしぶとい実態が明らかになりました。
インフラの集中と再利用
4万件以上の詐欺サイトのうち、半数以上がわずか10%のIPアドレス(サーバーの住所)に集中していました。これは、少数の業者が詐欺サイト用のインフラを提供している可能性を示唆しています。
驚くべき生存期間
調査期間の終了時点でも、検出されたサイトの約47%が依然として稼働中でした。ホスティング業者によって閉鎖されても、別の業者に移って再開する「いたちごっこ」の状態も確認されています。
専門性を装う巧妙なデザイン
多くのサイトで共通のテンプレートやJavaScriptライブラリ(JQueryなど)が使い回されており、リアルタイムの価格チャートや偽の「利益確定通知」を表示して、信頼できるプラットフォームを装っています。
既存の防御策の限界
一般的なブラウザやウォレットが使用しているブロックリストを調査したところ、本研究で発見された詐欺サイトのほとんどが登録されておらず、ユーザーに警告が表示されない無防備な状態にあることがわかりました。
莫大な被害額
分析できたわずか6.7%のサイトだけでも、約204万ドル(約3億円以上)の送金が確認されました。全サイトに当てはめると、被害額は数千万ドルから1億ドル以上に達すると推計されています。
この論文の社会への貢献
本研究は、暗号資産をめぐる犯罪対策のあり方に大きな一石を投じています。
技術的な対策への指針
開発された「Crimson」はオープンソースとして公開されており、セキュリティ企業やブラウザベンダーがこれを活用することで、詐欺サイトの検知速度を劇的に向上させることが期待されます。
行政・法執行機関への提言
詐欺サイトが特定のホスティングプロバイダーに集中しているという知見は、当局がどのインフラに焦点を当てて対策を講じるべきかの具体的な優先順位を提供します。
被害者支援と啓発
詐欺サイトが「TLS証明書(鍵マーク)」を備え、洗練されたデザインを持っているという事実は、「鍵マークがあるから安全」という従来の常識が通用しないことを示しています。
投資詐欺は、決して「騙される側が悪い」ものではありません。専門家ですら見まごうような高度な偽装が組織的に行われているのが現状です。支援者や医療関係者、そして一般の皆様には、被害者を責めることなく、こうした技術的な罠が張り巡らされている背景を正しく理解し、社会全体で防護壁を築いていくことが求められています。—–
用語解説
- Certificate Transparency (CT) ログ: 不正な証明書の発行を監視するために、すべてのTLS証明書の発行記録を公開・保存する仕組みです。
- TLS証明書: ウェブサイトとの通信を暗号化し、運営者の身元を証明するデジタル証明書です。ブラウザのURL欄に鍵マークが表示される要因となります。
- OCR (光学文字認識): 画像やスクリーンショットの中に含まれる文字をデジタルデータとして読み取る技術です。
- ウォレットアドレス: 暗号資産を送受信するための、銀行の口座番号のような役割を果たす文字列です。
- ブロックリスト: セキュリティソフトやブラウザが、アクセスの遮断や警告を出すために保持している悪質なサイトのリストです。
| タイトル | The Poorest Man in Babylon: A Longitudinal Study of Cryptocurrency Investment Scams(バビロンで一番貧しい男:暗号資産投資詐欺に関する長期研究) |
| 論文の種類 | カンファレンス論文(ACM Web Conference 2025 採択) |
| 論文の分野 | コンピュータセキュリティ、ソーシャルエンジニアリング |
| 著者 | Muhammad Muzammil, Abisheka Pitumpe, Xigao Li, Amir Rahmati, Nick Nikiforakis(ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校) |
| 論文誌名・発行者 | Association for Computing Machinery (Proceedings of the ACM Web Conference 2025) |
| 発行日・巻数・ページ | 2025年4月28日-5月2日、12ページ |
| 原著論文の言語 | 英語 |
| URL | https://dl.acm.org/doi/10.1145/3696410.3714588 |
| Cite | Muzammil, M., Pitumpe, A., Li, X., Rahmati, A., & Nikiforakis, N. (2025). The Poorest Man in Babylon: A Longitudinal Study of Cryptocurrency Investment Scams. In Proceedings of the ACM Web Conference 2025 (WWW ’25). ACM. |
おまけ:この原著論文のタイトルの解説
タイトル”The Poorest Man In Babylon”の原典
- 原題: The Richest Man in Babylon(バビロンの大富豪)
- 著者: ジョージ・S・クレイソン(George Samuel Clason)
- 初版刊行年: 1926年
誕生の背景: もともとは書籍ではなく、アメリカの銀行や保険会社が顧客向けに配った「貯蓄と経済的成功を促すためのパンフレット(寓話集)」でした。それが非常に好評だったため、1926年に1冊の書籍としてまとめられたものです。
「Poorest(最も貧しい)」ではなく「Richest(最も富裕な)」が正しいタイトルです。物語の主人公アルカドが、もともと「バビロンで最も貧しい(あるいは平凡な)書き写し職人」からスタートして大富豪へと登り詰めていくため、記憶の中で「Poorest」と混ざってしまったものと考えられます。
現代の主な日本語訳・関連書籍
日本でも複数の翻訳や、分かりやすくアレンジされた本が出版されています。
- 漫画版(ベストセラー)
- 『漫画 バビロン大富豪の教え 「お金」と「幸せ」を生み出す五つの黄金法則』(文響社)
- ストーリー形式で最も読みやすく、現在日本で広く知られているフックとなっています。
- ビジネス書・翻訳版
- 『バビロンの大金持ち』(大島豊 訳/実務教育出版)
- クレイソンの原典の文章をしっかり読みたい場合におすすめの定番翻訳本
The Poorest Man in Babylonというパロディ本もあります
THE POOREST MAN IN BABYLONバビロンで最も貧しい男
2025年2月20日 発売・自費出版
著者:ロドリゴ・B・サントス
富が溢れる古代都市バビロンで、際立つ無一文の男がいた。便利屋アルカドと、実存主義的なニワトリのペネロペだ。アルカドが金貸しに助言を求めたことで、動物の美人コンテストや女王の圧政、ニワトリの反乱を巻き込む大騒動が幕を開ける。アルカドとペネロペの旅は、ユーモアを交えながら富と幸福の本質を問いかける。スープにされる危うさを乗り越え、彼らが掴む真実とは。


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