コロナ禍で詐欺はなぜ産業化したのか?~香港のデータが明かす詐欺激増の真実と人身売買の闇~

香港における詐欺の産業化とコロナ禍の犯罪変容 犯罪学
香港における詐欺の産業化とコロナ禍の犯罪変容
犯罪学論文解説

Shifting routines and the industrialisation of scams: the impact of Covid-19 on deception crimes in Hong Kong(日常活動の移行と詐欺の産業化:新型コロナウイルスが香港の欺瞞的犯罪に与えた影響)
Eray Arda Akartuna, Felix Sin Wai Yeung, Matthew Manning, Alexandre Bish

要約

香港城市大学のEray Arda Akartuna先生らによる研究論文「Shifting routines and the industrialisation of scams: the impact of Covid-19 on deception crimes in Hong Kong」は、新型コロナウイルスが香港の詐欺犯罪に与えた影響を明らかにしたものです。香港警察によると、2024年の1月から9月までの9か月間に記録された犯罪件数のうち、32,120件、約46%が詐欺犯罪で、香港でも詐欺は深刻な問題となっています。

本研究では、香港城市大学の研究チームが過去10年以上のデータに基づく時系列モデルを用いて予測値と実際の犯罪発生率を比較しました。その結果、パンデミック中に詐欺が激増しただけでなく、ロックダウンや渡航制限が緩和された時期にむしろ詐欺が有意に増加するという、これまでの定説を覆す特異な事実が判明しました。これは、被害者のネット利用増という日常の変化に加え、東南アジアの犯罪組織が人身売買で詐欺の実行役を大量に集め、詐欺を産業化させたためであると結論づけています。

研究方法

この研究の目的は、新型コロナウイルスのパンデミックとそれに伴う各種の政策(ロックダウンや隔離、渡航制限、現金給付など)が、香港における詐欺犯罪の発生率にどのような影響を与えたかを明らかにすることです。分析のサンプルとして、香港警察から提供された2010年1月から2023年6月までの香港16地区における月別の詐欺犯罪発生件数のデータが用いられました。

研究手法としては、Auto ARIMAと呼ばれる時系列分析の手法が採用されました。これは、パンデミック前(2010年〜2020年1月)の長期的なトレンドからもし新型コロナが起きていなかったら、詐欺はどのくらい発生していたはずかという予測値を算出するものです。そして、パンデミック期間中(2020年2月〜2023年6月)の実際の詐欺発生率と予測値を比較し、新型コロナがもたらした超過の詐欺件数を割り出しました。さらに、各政策が厳格だった時期と緩和されていた時期とで、詐欺の発生率にどのような違いがあるかを複数の統計的手法(マン・ホイットニーのU検定やブルンナー・ムンツェル検定など)を用いて比較・評価しています。

この研究でわかったこと

パンデミックによる詐欺の急増と制限緩和時のさらなる悪化

パンデミック期間中の香港の詐欺発生率は、パンデミック前の平均に比べて約3倍に激増し、事前の予測値を常に大きく上回っていました。そして意外にも、ソーシャルディスタンスや渡航制限などの規制が緩和された時期のほうが、厳格に制限されていた時期よりも詐欺の発生率が統計的に有意に高かったのです。これは、ロックダウンで家にいる時間が増えるため、オンラインでの犯罪被害に遭いやすくなるとしていた欧米の初期研究の結論とは異なる、非常に興味深い結果でした。

被害者側の新しい日常の定着

研究チームは、この現象を日常活動理論の観点から考察しています。パンデミックによって、人々はコミュニケーションのためにスマートフォンやSNSを頻繁に利用するようになりました。重要なのは、ロックダウンが終わっても、このデジタル機器やSNSへの依存という新しい日常行動が人々の間に定着したことです。これにより、詐欺師がターゲットと接点を持つ機会が恒常的に増大しました。

犯罪のオンラインへの転移と詐欺の産業化

一方で、犯罪者側の行動も変化しました。パンデミックによる渡航制限で麻薬密輸や違法カジノといった物理的な犯罪が困難になった東南アジアの組織犯罪グループは、豊富な資金源を背景に、オンライン詐欺へと活動の場を移しました(犯罪の転移)。彼らはミャンマーやカンボジアなどに巨大な詐欺団地を構築し、被害者と長期間にわたり恋愛や親密な関係を築いて暗号資産などを騙し取る、SNS型投資詐欺(中国語でいうところの杀猪盘(豚の屠殺)を大規模に展開したのです。

渡航制限の緩和がもたらした実行役の大量動員

では、なぜ制限が緩和された時期に詐欺が最も増えたのでしょうか。それは、詐欺組織が求人詐欺を用いてアジア各国から人々を騙して誘い出し、人身売買によって詐欺の実行役(強制労働者)として自国の詐欺団地に監禁したからです。渡航制限が緩和されたことで、この人身売買が容易になり、詐欺組織の人員が大幅に補充され、結果として詐欺のオペレーション能力が産業レベルで拡大したと考えられています。

この論文の社会への貢献

日常の変化」から犯罪リスクを予測する新しい枠組みの提示

本論文は、新型コロナという未曾有の危機が、被害者と犯罪者の双方の日常行動をどう変え、それがどのように犯罪機会を生み出したかを見事に解き明かしました。特に、変化した日常が一時的なものか、持続・定着するものかを見極めることで、将来の新たな犯罪リスクを予測し、事前に対策を打つための重要な枠組みを提示しています。

詐欺被害の背後にあるもう一つの被害への理解

また、現在の世界的な詐欺の激増の背景に、求人詐欺に騙され、異国で監禁されて強制労働させられている人身売買の被害者たち(実行役)が存在するという構造を指摘したことは、非常に大きな意義を持ちます。詐欺の被害に遭われた方は自分が騙されたと自責の念に駆られがちですが、背後には高度に組織化・産業化された国際犯罪グループが存在しているのです。決して被害者の方の不注意や落ち度だけが原因ではありません。

社会全体で取り組むべき喫緊の課題

この論文は、現代の詐欺という犯罪が、もはや一個人の防犯意識や、一国の警察組織だけで対処できるレベルを超えていることを示唆しています。プラットフォーム企業によるSNSの監視強化、金融機関による資金洗浄対策、そして国際的な法執行機関の連携が不可欠です。行政や警察の方々には、国境を越えたマクロな視点での対策立案の助けとして。被害者支援団体や医療・心理関係者の方々には、組織的かつ心理的コントロールを駆使する現代の詐欺の悪質さを深く理解し、被害者の心に寄り添うための根拠として。そして一般市民の皆様には、私たちの定着した「デジタルの日常」が常にリスクと隣り合わせであることを認識し、ご自身や大切な人を守るための知識として、本研究の知見が広く活用されることを願っています。

用語解説

  • Auto ARIMA(自己回帰和分移動平均)モデル:過去のデータから規則性(トレンドや季節的な変動など)を見つけ出し、将来の数値を予測するための代表的な統計手法です。
  • 日常活動理論(Routine Activity Theory):犯罪は、「動機を持つ犯罪者」「適当なターゲット(被害者)」「犯罪を防ぐ管理者(警察やセキュリティなど)の不在」という3つの条件が時間と空間で重なった時に発生するという犯罪学の理論です。
  • 犯罪の転移(Crime Displacement):ある犯罪が取り締まりの強化や環境の変化によって難しくなった場合、犯罪者が別の場所、時間、あるいは別の種類の犯罪手法へと活動を移す現象を指します。
  • 杀猪盘(Pig butchering / 豚の屠殺):日本語でいうところのSNS型投資ロマンス詐欺。SNSやマッチングアプリでターゲットに接近し、時間をかけて恋愛感情や信頼関係を築いた上で、偽の投資サイトに誘導し、多額の資金(主に暗号資産)を騙し取る手口です。被害者を「豚」に見立て、時間をかけて太らせてから屠殺する(全財産を奪う)ことに由来する組織犯罪の隠語ですが、被害者を傷つける言葉であるため、近年は「ロマンス・ベイティング(Romance baiting)」と言い換えられることもあります。

タイトルShifting routines and the industrialisation of scams: the impact of Covid-19 on deception crimes in Hong Kong(日常活動の移行と詐欺の産業化:新型コロナウイルスが香港の欺瞞的犯罪に与えた影響)
論文の種類ジャーナル論文
論文の分野犯罪学、組織犯罪
著者Eray Arda Akartuna (香港城市大学)Felix Sin Wai Yeung (香港城市大学)Matthew Manning (香港城市大学)Alexandre Bish (ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)
論文誌名・発行者Trends in Organized Crime (Springer Nature)
発行日・巻数・ページ2025年2月8日(オンライン公開)
原著論文の言語英語
URLhttps://link.springer.com/article/10.1007/s12117-025-09557-5
CiteAkartuna, E. A., Yeung, F. S. W., Manning, M., & Bish, A. (2025). Shifting routines and the industrialisation of scams: the impact of Covid-19 on deception crimes in Hong Kong. Trends in Organized Crime. https://doi.org/10.1007/s12117-025-09557-5

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